落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(112)メロン記念日⑦

2020-06-14 17:55:31 | 現代小説
北へふたり旅(112)


 「次は立ち呑みっしょ」


 すすきのにも立ち飲み屋がある。
繁華街からちょっとはずれた路地に何軒もある。
立ち飲みには作法がある。


 少人数で訪れること。
ほとんどの立ち飲み屋はスペースが限られており、大人数は入れない。
ひとつのグループでカウンターを占拠することは、お店の側からも
他のお客さんからも嫌がられる。
多くても3人程度で行くのがいい。
客が増えたときは一人でも多く入れるように、客同士が斜めになり、
スペースを詰めることもある。


 つまみは少しずつ頼む。
ひとりずつのスペースが限られているのでつまみの注文は、
人数×2くらいにする。
もちろん、無くなったら追加で頼めばOKだ。


 支払いにも独特のシステムがある。
それがキャッシュオンデリバリー。ほとんどの店が採用している
帰り際に代金を支払うのではなく、料理と引き替えにその都度支払う。
「いちいち面倒くさい」と思うかもしれない。
しかしカウンターにお金を置いておけば、スタッフが代金を取り、
お釣りを置いていく。


 客にとっては明朗会計。店側としてはツケや食い逃げの心配がない。
少しだけ飲みたいと思った時は、1000円だけ手元のカウンターに置けばいい。
1000円がなくなればその日はお開き。それ以上飲みすぎることもない。


 サッと飲み、キリっと帰るのも立ち飲み屋のマナー。
1杯飲んで帰るもよし、30分と時間を決めて帰るもよし。
人気店になると入れないお客さんが出てくる。
表で待っているお客さんのために、速やかに楽しみ、そして帰る。


 立ち飲み屋で見る常連さんの、綺麗な飲み方。
1日の仕事を終え、つ~っと店に来て、く~っと飲み、サッと帰る。
ザラ銭をカウンターへ置く。
何も言わなくても、いつもの酒と肴が出てくる。
すっと呑む。パクっと肴をあじわい、コップが空になると席を起つ。
客も早いが店も早い。
なんともいえないスピード感が心地よい。
スマートな振る舞いの中に立ち飲み店ならではの醍醐味がある。


 「乾杯しましょ」


 となりの店からジェニファとアイルトンがやって来た。
往来のどまん中。しかしそんなことを気にする素振りは微塵もない。


 「なにに乾杯する?」


 「そうですね。わたしたちの奇跡の再会に乾杯しましょう!」


 「呑みすぎにも乾杯しておこう」


 「今日はメロン記念日です。ユキちゃんとメロンに乾杯しましょ」


 「メロン記念日?。なんじゃそりや」


 「アイルトンには分からない。
 ユキちゃんとわれわれだけの記念日だからね」


 「それじゃもうひとつ。
 5人で呑んだ記念に、すすきの記念日を追加しましょう」


 「メロン記念日にすすきの記念日か。賑やかな日だね、今日は」


 「世界には記念日がごまんと溢れています。
 いまさら記念日がひとつやふたつ増えたところで、困る人はひとりもいない。
 ということで乾杯しましょう。
 メロン記念日とすすきの記念日に!」


 「かんぱ~い!!」


 すすきのの路地。雑踏のど真ん中。
70歳を前にしたシニアの夫婦と、英語名を持つ中国人カップルと
北海道大学で学ぶ21歳が、道路の真ん中で「乾杯!」の大声を上げる。
いいんだろうか・・・こんなことで・・・




(113)へつづく


北へふたり旅(111)メロン記念日⑥

2020-06-09 17:24:14 | 現代小説
北へふたり旅(111)


 「2次会は、断然すすきの!」


 ジェニファが多数決で、行き先を決めましょうと手をあげる。
しかも「女子優先で」と片目をつぶる。
どうやら勝算があるらしい。


 数分後。「わたしも混ぜて」と、仕事を終えたユキちゃんがやって来た。
女子はユキちゃんをふくめて3人。
男子はわたしとアイルトンだけ。最初から勝ち目はない。


 すすきのは札幌を代表する繁華街。同時に全国に名をはせた歓楽街でもある。
すすきのの歴史は古い。
明治2年。開拓使がおかれ、札幌の建設が始まった時期までさかのぼる。
定住者わずか13人だった札幌へ、労務者1万人が集まった。


 街づくりがおおいな活気を見せた。
しかし彼らのほとんどは一稼ぎすると、本州へ戻ってしまう。
開拓使判官・岩村通俊が労務者たちの足止め対策を考える。
「金があれば男は遊ぶ。カギは女だ」
官営の遊郭設置に動きはじめる。


 明治4年。
南4条から南5条の西3丁目-4丁目の二町四方に、官許の薄野遊郭を設置する。
当時の記録によると散在していた女郎屋 7 軒を、現在の南4条~5条、
西3丁目~4丁目の2町四方4ブロックに集めたとある。
周囲に高さ 4 尺の壁を巡らせた。出入りの大門も設置した。
こうして大規模な遊郭が完成した。


 現在の呼び名になっている[すすきの]の由来は、
「辺り一面が茅(芦や薄の類)におおわれていたため」という説が一般的。
「遊郭の完成に奔走した薄井竜之の功を称えるため、岩村判官がその姓から
一文字をとってつけた」という説もある。


 明治5年。岩村判官は、官営の巨大妓楼(女郎屋)開業へ動き出す。
(最終的には民間に払い下げる形となる)建坪 193 坪の「東京楼」を
現在の南 6 西3に開業 。
榎本武揚をはじめ多くの高官接待に使われたという。


 しかし。いま近代ビルが林立するすすきのに、当時の遊郭の面影は
まったく残っていない。


 「最初の女子会は、寿司の立ち食いに決まりました」


 こちらですとジェニファーが指をさす。


 「繁華街のすすきのに、立ち食いの鮨屋なんか有るの。
 へぇぇ・・・驚いたなぁ・・・」


 「一軒だけではないしょ。
 このあたりにあと3軒、立ち食いの鮨屋さんがあるっしょ」


 すすきののど真ん中で、朝4時まで営業している立ち食い寿司。
となりにニッカおじさんで有名なビルが建っている。
いちばん安いネタが69円!。
早い!旨い!安い!とくれば、入らないわけにはいかない。


 店内は立ち喰い専門とあって、カウンターのみ。
9名ほどがラクに入れる。奥に3人。われわれが5人。これで店は満員。
ちゃんと板前さんが握ってくれる。


 「わたしは痛風三貫セット。それからおすすめの日本酒を一杯」


 「ぼくは、ホッ貝三貫セットと生ビール」


 アイルトンとジェニファーが早速、オーダーを出す。
痛風三貫セットは、うに、ますこ(鱒の筋子)の盛り合わせ。
美味しいのはあたりまえ。しかしネーミング通り、たしかに身体に悪そうだ。
アイルトンの真ツブ、ホタテ、ホッキは、北海道三大うまい貝。
おすすめを聞く。
するとこれを食べなきゃはじまらないと、ボタンエビをすすめられた。


 「じゃ俺はそのボタンエビと、旭川の地酒・大雪の蔵」


 矢継ぎ早の注文に板前さんが、電光石火の早業でつぎつぎこたえていく。


 「さすがに速いね」


 「長年の修練のたまものです。
 9席しかありませんからね、長居されると困りますから。あはは」


 こわもて顏の板前さんが、「はい。お待ち。鮮度抜群のボタンエビ」と、
甘エビの4倍ほどもあるプリップリのボタンエビを握ってくれた。
確かにでかい。エビに隠れてシャリがどこにあるのかわからない・・・
 


(112)へつづく


北へふたり旅(110)メロン記念日⑤

2020-06-06 16:04:06 | 現代小説
北へふたり旅(110)


 「呆れたぁ~。また来たの2人して。いったい何を考えてんのさ。
 忙しいって言ったっしょ、今夜は」


 店の一番奥へ通された瞬間。ユキちゃんが飛んできた。
額に汗がうかんでいる。ほんとに今夜は忙しそうだ。


 「札幌へ2泊して、2晩ともウチで呑むなんて。
 バカじゃないの。2人とも。
 もうすこしまともなところで、最後の夜を楽しめばいいのに」


 「いや・・・味噌ラーメンを食べに行こうと思ってホテルを出たんだが、
 気がついたら足が勝手に、こっちへあるいていた。
 悪いね。とりあえず生ビールを2つ」


 「団体客で今夜はてんてこまいっしょ。
 つまみは途中で適当にくすねてくるから、それでいいかしら?」


 「くすねてくる?。ただ事じゃないね」


 「もっかのところ、厨房は戦争騒ぎです。
 オーダーを出してもたぶん、出てくるまで1時間はかかるっしょ」


 店はたしかに満杯だ。
いちばん奥の席が空いていたのは、きせきといえる。
それにしても混んでいる。
すき間なく人が並んでいる、と書いたほうがあっている。


 「日本語が聞こえてきませんね・・・」妻が周囲を見回す。


 (あっ・・・)ようやく店の違和感に気がついた。


 昨夜と違うのは混んでいるせいだと思っていたが、それだけではない。
店を占有しているのは外国からの観光客たち。
どこの国の人たちだろう。
黄色の肌から見ると、たぶん、東南アジアのどこかの国だ。


 (ベトナム語のように聞こえます・・・)


 (そうかな。俺には中国語のように聞こえるが・・・)


 「香港航空の特別便でやってきた人たちです」
ユキちゃんが刺身の皿をもってやってきた。


 「香港から北海道へ直行便があるの?」


 「遅れていますねぇお客さん。
 香港から新千歳まで、たった5時間。
 群馬から10時間かけてやってくる人とは、大違いです。うふ」
 
 「5時間で亜熱帯から、亜寒帯まで来られるのか。
 速いな。たしかに飛行機は」


 「ホテルで食べれば簡単なのに、こんな路地裏まで押し寄せるなんて、
 いったいなにを考えているんでしょ。この人たちは?」


 「うふ。おじさまとおばさまといっしょです。
 北海道らしい食をもとめて、わざわざ路地裏へ押しかけてくるっしょ。
 同じでしょ。昨夜のお2人さまも」


 厨房で大将が呼んでいる。
「いっけねぇ・・・大将が呼んでます。ということで今夜はわたしを呼ばないで。
忙しいんですから。のんきに油を売ってる暇などありません」
皿を置き、ユキちゃんが大股で厨房へ戻っていく。


 たしかに忙しそうだ。
厨房からひっきりなしに料理が出ていく。
「お待ちどうさま」と置かれた皿が、あっというまに空になる。
 
 「あ・・・」妻が何かをまた見つけた。


 「どうした?。なにか有った?」


 「函館でご一緒した、ジェニファとアイルトンです」


 「えっ・・・」


 人ごみの中に、知った顔を探し始める。
居た!。中国人カップルのジェニファとアイルトンの笑顔が見えた。


 


(111)へつづく


北へふたり旅(109)メロン記念日④  

2020-06-03 14:21:29 | 現代小説
北へふたり旅(109)  


 ホテルへ戻ったのは午後6時。
とりあえず部屋へはいる。窓の外、まだ陽は高い。
夕食の予約はしていない。
したがって今夜もどこかで札幌の食を楽しむことになる。


 「なにが食べたい?」


 「そうねぇ。最後はやっぱり札幌の味噌ラーメンかしら」


 「どうせ行くなら、地元のおすすめがいいね」


 「フロントのお姉さんに聞いてみましょう」


 「すこし呑みたいけどね」


 「駄目です。明日は長旅になります。
 無理して途中で調子がわるくなったら大変です。
 今夜は自重して、はやく寝ましょう」


 「旅の最終日は早寝か・・・味気ないな」


 「なに言ってんの。
 不整脈が悪化したらそれどころではありません。
 ラーメンを食べた後、すこしでいいのなら特別にユキちゃんのお店で
 ビールくらい、許可します」


 「ユキちゃんお店に出るの?。休みのはずだけど」


 「きゅうな予約が入り、忙しくなったと店長さんから電話が有りました」


 「混んでるのか・・・
 となるとまた、放っておかれるな、ユキちゃんに」
 
 「それがあの娘との出会いですもの。
 2度あることは3度ある。
 今夜も放っておかれるかもしれません。
 有ればそれもまた運命です。うふっ」


 フロントのお姉さんは地元のおすすめ店を、ていねいに教えてくれた。
「すこし解りにくいので」と地図まで添えてくれた。


 ホテルを出て、時計台通りを南へくだる。


 教えてくれたラーメン屋は、さいしょの交差点を左へまがる。
その交差点を右へ曲がると、ユキちゃんの居酒屋へつうじる路地が有る。
どうしょうか・・・思わず立ち止まってしまった。


 「どうしたのあなた。いまなら渡れます」


 「いや。ちょっと気になってね」


 「なにが?」


 「地元の人がおすすめの店は、たぶん、味が濃すぎると思う」


 「濃厚なラーメンが食べたくて、
 わざわざ、地元の人おすすめのお店へ行くんでしょ?」
 
 「君の高血圧に良くないぜ。それに・・・」


 「それに?」


 「収まりかけた俺の不整脈が、また暴れはじめるかもしれない。
 濃すぎる札幌の味噌ラーメンのせいで」


 「言いたいことはわかりました。
 ラーメン屋さんのある左ではなく、右へ行きたいという事ですね」


 「そうは言ってない」


 「停まったままのあなたの足が、そんな風につぶやいています」


 行きましょうと妻が、ユキちゃんの居酒屋が有るビルの谷間を指さす。




(110)へつづく