Virtual Realityを仮想現実といいますよ。
30年ぐらい前には知っていた言葉です。
バーチャファイターとかありましたからね。
私としては、バブル景気そのものが夢想であって、現実離れしていたわけで。
実生活は親という資金援助体制など全くなく、自分で自分の生活をなんとかしなければならない、24時間繁忙期であったわけです。
かといって遊び回る人たちや、彼女彼氏の悩みを話したりとか、羨ましいわけでもなく、むしろ生活の上でリスクであったので遠ざけまくっていた。
そのぶん、仮想世界というか、想像の世界はノーリスクなので、漫画や絵などの創作活動には身が入るというものです。
とにかく創作するために必要な道具は、紙とペンで済むわけで、必要投資額は少なくて済む。
本格的な創作活動をしようと思うと、トーンやデジタル作業などの道具の投資は必要だけど、芸術というのは基礎訓練が物を言うので、そのための練習には紙は広告の裏でも良いし、ペンは鉛筆でもあればなんとかなる。
紙と鉛筆があるだけ幸せとも言える。
それさえもない文化もあるのだから。
今は現実世界のほうが厳しくて、一般的な人たちにとっては仮想世界の話であったことが現実にやってきた感じなのかなとは思う。
「未知のウイルスの蔓延による、人類の危機なんて、ゲームかよ(笑)」
それが現実なのだから。
そんな現実がゲームや創作物のような人生を送ると、ドラマとか嘘くさくて見ません。
夜間救急病院の受付をやっていると、「救急病棟24時」なんか見ないですよ。
そんなの現実の一部しか切り取ってないのだから。
逆にもっと創作物然とした夢想世界の方が面白みを感じます。
そんなこと現実には全くありえないファンタジーレベルの話。
宮崎駿さんはそんな世界を知って創作創造しているとは思っていて、「風の谷のナウシカ」のマスクがすべての人に必要な状況が現実にやってくるなんて、普通の人には思いつかないレベルだと感心する。
そこまで行くともう感服ですね。
ナウシカを作ったのは、だいたい今の私と同じぐらいの年だったわけですが。
メディアもVTuberというジャンルが伸びていて、例に漏れずそれにハマっている自分もいるのですが、彼ら彼女らのプロ意識に感服することもあります。
現実が厳しいからこそ、仮想世界のアイドルとして振る舞う。
そもそもアイドルは偶像という意味なので、虚構の彼氏彼女になりうるわけで、現実世界での付き合いが本当に難しくなった今、確かに流行りそうではある。
かといって、メディアの向こう側の人も同じ肉体と精神を持った人なので、人では無いと勘違いしてぶっ叩くSNSというコミュニケーション手法の扱いも考えなくてはいけないのだけれど。
他言語の言葉でも、簡単に翻訳できる世の中になっているのですよ。
うかつな一言が現実になってしまう世界です。
それさえも一昔前には仮想世界の出来事であったわけですが。
そんな中、「Ahoy!!我ら宝鐘海賊団☆」が頭の中でヘビロテして、「うーん。この曲調やコードの変化の移行が素晴らしい」とは反芻するのだけど、厳しい現実をいかにして改善していくかという、リアルな問題とも対峙し続ける毎日です。
実際は女性が海賊になるのはご法度だったというリアルな考証もありますが。
それこそあまり見てないONE PIECEで既出かもしれませんが。
しんどい事この上ないですが、やっていきましょう。
かといって現実社会が理不尽であっても、どんな理不尽な行為がまかり通るわけではないということも、歴史は証明しております。
こんなときの振る舞いが人としての真価を見極められるということも、考えながら行動したほうがいいと思いますねぇ。