オペレッタ『メリーウィドウ』の中に、主人公の未亡人ハンナが歌う『ヴィリアの歌』がある…。
ある朝、若い狩人が森の中で、美しい妖精ヴィリアを見かけた。
狩人はヴィリアの神々しい奇跡的な美しさと、魂を溶かす妖しい魅力に心を奪われる…。
森が静かにお喋りを始めた朝。
光がこぼれる木々の間を、白いレースがふわりとすり抜けたように見えた。
きっとヴィリアだろう。
人間の時間を持たないヴィリアは、いつも、時よりも素早い速度で動く。
なかなかその美しい肢体をじっくりと眺めるのは、難しい。
ヴィリアに魂を奪われたあの日から、生け垣のハイミストは5回花をつけたはずだ。
もうそんなに経つのだな…。
私はヴィリアのすべてを手にいれたはずだった。
美しいヴィリアを青いツタで自分に縛りつけ、常に隣で過ごし、ヴィリアのすべては自分のものだと思った…。
なのに、この空虚はなんだろうか。
それは、やはりヴィリアが妖精で、禁じられた恋だからか…。
私は今、空虚の出処がもっと恐ろしい物であることに気づきかけている…。
ヴィリアは、幾夜も幾夜も私に縛りつけておいても、私の身体に溶け込むことはなく、ヴィリアはヴィリアのままだった。
私はヴィリアのすべてを欲しかった。
身体や心だけでなく、ヴィリアの時間も思考も視線も纏う香りに至るまで、私の物にしたいと思うようになっていた…。
近くにいればいるほど、二人がお互いに違う生命を生きていることを痛感した。
ヴィリア、私は欲張りすぎたようだ…。
少なくとも空虚と言う言葉は撤回しよう。
そんな言葉を出したことの方が空虚だった。
あなたを森で見かけたこと、そして恋に落ちたこと、そしてあなたがまだ私の前で微笑んでいること。
それらの事実が私の持つ事実であり、おそらく幸せと呼ばれるものだ。
心が落ち着いたら、ヴィリアへの花を摘みに渓谷へ出かけよう…。
《おわり》