子供づれの親子が今日は目立ちました。絵本の中の新幹線と実際の新幹線を見せてあげようと若いお母さんと2,3歳の子供がホームを歩きまわっています。駅のアナウンスはお子様の手をつないで見守ってください。危険です…と、何回も放送しているのが聞こえています。
私がバッグからカメラを取り出す頃には、近くでふらふら、ちょこちょこしていた何組かの親子連れはもう帰ってしまいましたが、若者が3人列車を熱心に観ている姿が写っていました。
これはのぞみ号700形。
のぞみ号とひかり号が並びました。
最後尾の乗務員が見えます。止まる位置や時計を見たり、チェックには指さしをして確認していました。もう帰ってしっまったけれど、小さい男の子は憧れの目で見つめて、さらに乗務員の行動が非日常の「指さし」を恰好よく見えたのでしょう。指を立てて真似をしていました。
息子が小さかった頃に、走って来たパトカーを、高い位置で見せてあげたくて思わず抱っこしました。
たまたまパトカーは緊急な用事ではなくパトロールしていたのか、ちょうど赤信号で止まった時だったか? ちょっと小さくサイレンを鳴らしてくれました。
「サイレンは子供へのサービスで鳴らしたんだよ」とサインするかのように、乗務する警察官がにこやかな顔を、子供へ投げかけて行き過ぎました。私たち親子は何だかホットな心になりました。
そんな思い出がよみがえりましたけれど、新幹線の乗務員は小さい子供には目もくれず、ただ安全第一に真剣に確認を繰り返していました。
世の中はずいぶん変わったことを感じました。
ちょうどこの辺は富士山が見える辺りですが、残念ながら梅雨空のどんよりと重い雲に覆われていました。
新幹線自由席、1号車。私が乗る頃の列車はいつも適当に座席も選べるくらいに空いています。
だんだん東京に近づいています。辺りの風景が違って見えます。
ゴーギャンの絵ではないけれど、“我々はどこから来てどこへ行って、そして行きつくところはどこなのだろうか?”
ここまで移動してきた私が、生きているってことは…? こんな日常を繰り返していることであり、喜ぶべきことなのだと思います。
昔、父か母かが切り抜いた新聞記事が時々記憶に鮮やかによぎっていくことがあります。
記事には、そのころ100歳か100歳を少し超えていた頃だったかの、清水寺のお住職、大西良慶(1875-1983)さんの言葉が記されていました。多分お経の解説をしていたような言葉だったかも知れません。
「人間が生きて行くこと、それは川の流れの水のごとく(歌詩は、ことによると、これからヒントを得て作詞されたのかも?)、一時も同じ所には留まっていない。大きな道を歩く人の流れと水の流れは同じように見えると思います。
生きているこの一瞬一瞬が流れているのです。今の今は今しかない。全て過去へと流されているのです。永遠は“無(む)”なのです。無いのが永遠で今有る“これ”は奇跡と思えば、間違いないでしょう。」
多分こんな内容だったので、般若心経を説いていたのですね。こんなことを言われるお釈迦様はやっぱりただ者では無い、偉人なんだ(当然過ぎて今さら言うのも変かと思いますが。)と、感じます。
仏教を、特に深く学んでも居ないので、間違っているかもしれませんが…?
上記のようなことをいつも思いだしては気をつけたいと思うばかりで……。
“明日があるさ!”と後へ後へと延ばしているだけの“反省”を繰り返しています。
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