それでは、今回は、EF58の7回目、大宮つながりで、154号機をお届けします。
優等列車を65P、そして65PFに追われたEF58は、長距離客車急行、及び荷物列車に活路を見出します。その関係か、多くは広島や下関に移籍しました。しかし、まさか勾配線区用のEF62が、それを追い立てるなど、誰が思いついたのか?多くは壇ノ浦で無念の最期を遂げます。しかしその62も、荷レ廃止で、故郷碓氷峠に戻ること無く、無念の最期を遂げます。速度確保のため、弱め界磁多用で、トラブルも多発であったとのことです。
一部の、運の良い58は、それ以外の場所で余生を送りました。154号機も、青大将色に戻され、カットモデルとしてJR東日本大宮車両センター本所の片隅に保存されます(写真)。
同所の正門から続く中央通路に、同機の動輪がモニュメントとして保存されます(写真)。これは、昔カットモデルもこの並びにあったからで、この位置が手狭となったため、EF15共々移転したのでした。
かつては東海道本線の雄として君臨したEF58も、新型機に追われ、次々撤退していった、それが歴史です。遂に、現役機も無くなり、寂しい感じはします。
それでは、次回をお楽しみに。