とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

神名火山

2010-09-06 16:27:58 | 日記
神名火山




 母校斐川町立荘原小学校の校歌の歌詞を不意に思い出すときがある。「神名火」という
名前が出てくるのである。何のことだろうか、と小学生の私は当時歌いながら不思議に思っ
ていた。「出雲国風土記」の「出雲郷」の項に出てくる神の天降る「神名火山」を指し、
今の仏経山のことだと分かったのはずっと後のことであった。偶然だが、今その山裾で私
は仕事をしているのである。神の御縁をひしひしと感じている。
 御縁と言えば、仏経山を西に仰ぐ荒神谷からは昭和五十九年大量の銅剣が発掘され、翌
年には銅鐸・銅矛が見つかったことを先ず挙げねばならない。それを受けて周辺が整備さ
れた。古代ハス・赤米が植栽され、史跡公園も開設された。現在記念館の建設が進んでい
る。ただ、国宝に指定された銅剣などがこの記念館に常時展示されないかもしれないので、
地元民の一人として残念至極に思っている。
 先日古代ハスの観賞に妻と出かけた。もう時季が遅く、花の数は少なかった。しかし、
遠くの神名火山を背景に一億年もの生命を維持してきたハスの花を眺めながら遺跡に佇ん
でいると、古代の出雲の国の真実の姿は、我々現代人が想像している以上に強大であった
のではないか、という思いが自然に湧いてきた。神名火山は人間の栄枯盛衰の真実のドラ
マを語っているようだったし、また、古代ハスが自然の神秘ははかり知れないと私に囁い
ているような気がした。(2004年投稿)

自転車散歩

2010-09-06 16:22:51 | 日記
自転車散歩

             
 勤めをしているときは、自然と直接触れ合う機会がごくまれであった。車窓という額縁
を通して季節の移り変わりを見ている毎日であった。
 退職して一番初めにしたことは、自転車乗りであった。近くの用事はもちろん散歩も自
転車を利用した。今のところ、夕方走る場所は斐川町出東地区の水田の路を選んでいる。
 「こんにちは」。農家の庭先に居た若い母親が軽やかな言葉を私に贈ってくれた。見る
と、小さい子ども連れだった。私は慌てて返事をした。公民館で遊んでいた子どもたちも
声を揃えて「こんにちは」。学校が近づくと、部活帰りの中学生が「こんにちは」と、やや
恥ずかしげに挨拶した。白髪交じりの見ず知らずの中年の男をこんなにまで信頼し、爽や
かな挨拶をしてくれる。ありがたいことだ。
 自動車に乗って毎日あくせくと通勤していた頃には、こういう触れ合いはなかった。私
の第二の人生も捨てたものではない、と心底思った。近年、子どもたちの暗い話題が毎日
のように報じられている。しかし、私は信じたい。子どもたち、いや人間の純粋な心を。
 シラサギの羽の色が株を張った稲の緑と映り合って見事だった。時折風に乗ってタマネ
ギの匂いがしてきた。あちらこちらの畑では、きちんと束ねられたタマネギが行儀よく並ん
でいた。蛙の声、風の音、水の音……。すべてが私を包んでくれ、体全体で初夏の田園を
感じることができた。         (2004年投稿)

紫陽花の季節

2010-09-06 12:02:29 | 日記
紫陽花の季節



 紫陽花やはなだにかはるきのふけふ  子規


 アジサイの花にふさわしい季節を迎えた。わが家の狭い庭にも、七種類の花が色づき始
めている。意識して集めたわけではないが、苗木を買ったり、枝を貰って挿し木したりし
て自然に増えていったものである。今年は少し早い入梅となったので、雨を浴びながら心
なし身づくろいを急いでいるように見える。
 あじさい寺というと全国的にあるようで、そう珍しくはないが、県内では松江市の月照
寺が特に有名である。私は妻と何度か訪れた。歴代の松江藩主の墓所のたたずまいのもの哀
しさとアジサイの丸い藍色の光が響き合って、いつも心休まる空間を醸し出していた。
 ……やはり、アジサイの淡い藍色は胸の深いところまで染み込んでくる、と私はいつも
梅雨の季節になると感じてしみじみとした気持ちになっていた。
 ところが、よくよく調べてみると、アジサイの種類は数え切れないほどあることが分か
った。また、その色とりどりの花を植物園のように集めて一般に公開しているところが全
国各地にあることも分かった。真紅、緑、虹色、ワインレッド、群青色……。目くるめく色彩の競演。
百花繚乱といってもいいその眺めは、私の青色系に拘るセンチメンタリズムを打ち崩した。
それはあたかも来世の花園めいていて、私を幻惑した。
 やはり花の世界も奥は深い。私は、生命の神秘にまた巡り会えたような気持ちになった。
              (2004年投稿)


 

三種の神器

2010-09-06 11:53:10 | 日記
三種の神器



 ベイゴマ、メンコ、ビー玉。これは、「内閣メルマガ」58号で小泉首相が子どもの頃の
「遊びの三種の神器」として挙げているものである。ちなみに首相が最も好きなのはベイ
ゴマだったそうだ。
 皇位継承の三種の神器というと、正式名称は省略するが、鏡・剣・玉
である。これにまつわる話はいろいろあるが、私は『大鏡』の中の悲話、花山帝の御出家の
ことをすぐ思い出す。藤原氏の策略によって三種の神器を奪われてしまうあの帝の悲しみ
が身内に蘇ってくるのである。だから、三種の神器というと、私は神聖なるものというイ
メージに繋げる。
 しかし、世の推移につれてそれも日常用語になった。一九五〇年代に家
庭電化製品の三種の神器として、テレビ・冷蔵庫・洗濯機が挙げられた。時代とともに大
衆化していく言葉のいい例である。最近、ある放送局があなたの三種の神器は何ですか、
というアンケートをしていた。結果をまとめたものを読んでいておもしろかった。まさに
十人十色である。では、私自身のそれは? と問われると有りすぎて絞りきれないが、眼
鏡・ケイタイ・パソコンとしておきたい。平凡だが、これには深い訳がある。しかし、こ
こでは述べる余裕がない。
 視点を変えて、現代の三種の神器は? と問われると、平和・環境・食糧と即座に答えたい。
このコラムが世界の人の目に触れることはないだろうが、私は声を大にして世界のトップに尋ねたい。
今世界に必要なものを三つ挙げてください。(2004年投稿) 

芸道の花

2010-09-06 11:48:16 | 日記
芸道の花



 海外に住んでいる下の娘から今年も母の日にフラワーアレンジメントが届いた。玄関に
飾って毎日眺め、娘が元気で仕事をしてくれるように、妻と祈っている。
 花を贈るという習慣は諸外国でも一般的に行われているが、花という言葉自体の器の広
さ、深さは他国にあまり類を見ない。『大辞林』によると、20項目にものぼる。手許の英
和辞典(『ヴィクトリー・アンカー』)を調べると、花そのものの意味のほかに、「精華、
もっともすぐれたもの」という語義が記してあるだけである。北京で発行された『現代漢
語小詞典』には、さすがに19項目が記してある。ただ日本のような象徴的な意味はない。
 渡部淳一著『秘すれば花』を読んだ。恥ずかしながらいわゆる目から鱗であった。私は
『風姿花伝』の中名言「秘すれば花」は、何事も控えめしているのが美に繋がる、という
意味に考えていた。ところが、観客に見せ所を気取られない状態にしておいて、突如取っ
て置きの演技を見せると花になる、ということだそうである。世阿弥の父観阿弥は、常に
勝つことを考えていた。他の座や演技者に負けては我が芸道は廃る。だから、戦場として
舞台を認識していたという。
 この「花」という言葉であるが、分かりやすく説明せよ、と言われると、はたと口をつ
ぐんでしまう。日本語の器の大きさを示す一例として挙げておきたい。 (2004年投稿)