鮎の膏薬(こうやく)
毎年、鮎が捕れる季節になると、思い出すことがある。それは膏薬のことである。鮎の貼り薬には、炎症・化膿(かのう)を防いだり、痛みを和らげたりする効能があるそうである。
小学校の低学年の冬のある夜、祖母が五右衛門風呂の縁でわき腹をしたたか打ち、うずくまってしまった。私は大声を出して家族に連絡し、父母が助けに来た。床を敷いて横にならせても、あぶら汗を流して苦しんでいた。
「あきら、お前、直江に行って鮎を貰ってきてごすか」。やっと上体を起こすことができるようになった祖母は、私にそう言った。訳を聞くと、鮎の乾燥させたものを米粒で練って、貼り薬にすると言う。私は、平生可愛がってくれる祖母の言葉に逆らうことはできなかった。日曜日だし、四キロくらいの道のりは、なんともなかった。しかし、空を見上げると、今にも雪が降ってきそうな感じだった。
不安を押し殺して、貰ったお金をポケットにねじ込むと、新建川沿いに西に向って歩き始めた。すると、空が真っ暗になった。続いて恐れていたことが起こった。雷とともに猛烈な勢いで霰(あられ)が降り始めた。負けてなるものか! おばあちゃんを助けるんだ! しかし、二キロくらい歩いて、佐支多神社のあたりまで進むと、雷が激しくなり、霰が頭や顔に叩きつけるように降り出し、とうとう私は引き返した。
「お前は弱虫だのー」。すぶ濡れで帰ったら、祖母にそう言われた。私は、ひどく落ち込んでしまった。大事な祖母を助けることが出来なかったんだ……。この挫折感は初老の今でも胸の奥底に淀んでいる。 (2007年投稿)
毎年、鮎が捕れる季節になると、思い出すことがある。それは膏薬のことである。鮎の貼り薬には、炎症・化膿(かのう)を防いだり、痛みを和らげたりする効能があるそうである。
小学校の低学年の冬のある夜、祖母が五右衛門風呂の縁でわき腹をしたたか打ち、うずくまってしまった。私は大声を出して家族に連絡し、父母が助けに来た。床を敷いて横にならせても、あぶら汗を流して苦しんでいた。
「あきら、お前、直江に行って鮎を貰ってきてごすか」。やっと上体を起こすことができるようになった祖母は、私にそう言った。訳を聞くと、鮎の乾燥させたものを米粒で練って、貼り薬にすると言う。私は、平生可愛がってくれる祖母の言葉に逆らうことはできなかった。日曜日だし、四キロくらいの道のりは、なんともなかった。しかし、空を見上げると、今にも雪が降ってきそうな感じだった。
不安を押し殺して、貰ったお金をポケットにねじ込むと、新建川沿いに西に向って歩き始めた。すると、空が真っ暗になった。続いて恐れていたことが起こった。雷とともに猛烈な勢いで霰(あられ)が降り始めた。負けてなるものか! おばあちゃんを助けるんだ! しかし、二キロくらい歩いて、佐支多神社のあたりまで進むと、雷が激しくなり、霰が頭や顔に叩きつけるように降り出し、とうとう私は引き返した。
「お前は弱虫だのー」。すぶ濡れで帰ったら、祖母にそう言われた。私は、ひどく落ち込んでしまった。大事な祖母を助けることが出来なかったんだ……。この挫折感は初老の今でも胸の奥底に淀んでいる。 (2007年投稿)