新年おめでとうございます。
今年も、誰にも忖度することなく、自由につぶやいていきたいと思います。
どうか、目くじら立てずにお付き合いお願いできればと思いますので、よろしくお願いいたします。
■の文章は、シニフィエさんの対話ブログからの引用です。
■池田氏がいちばん知っている創価のインチキ 投稿日: 2014年5月19日
おかげさまで新たにコメントくださる方がどんどん増えてきました。ほんとうにありがとうございます。お一人おひとりにお返事できなくて申し訳ありません。アクセス数も毎日2000以上で増える一方です。これだけのみなさんの心からの声を、活動家の学会員さんはどのように思われているのでしょう。
創価のインチキを一番知っているのは池田氏でしょう。なにしろ自分でつくったインチキ団体ですから疑う余地などありません。だから本人は勤行も唱題もしない。教学も勉強しない。創価学会員としては一番の劣等生です。それは勤行唱題をしても何の意味もないことを本人がよく知っているからです。ただ会員の手前、会員を騙すためにかたちだけやっている素振りを見せてきました。池田氏の本当の姿を知っているのは側近だけです。だから見るに見かねた側近がどんどん辞めています。ただお金に目の眩んだ側近だけはいまだに池田氏にいい顔をしてしがみついている。池田氏はそのこともよくわかっていた。それもこれもみんな会員にお金を出させるために考えた詐欺のテクニックです。
側近にはいつも恫喝して言うことを聞かせ、自分は潤沢な財務の金で贅沢三昧をする毎日。執筆活動もろくにせず、みんな他人に書かせて自分をベタ褒めさせます。さぞいい気持ちだったでしょう。この世の春を謳歌していたのかもしれません。しかし、所詮人を騙して得られた金と権力ですから、池田氏自身は誰も信用することなどできない人生だったと思います。だから自分に少しでも逆らうものがいたら、会長でも理事長でも公明党の委員長でもバンバン切り捨ててきました。なんとも哀れです。きっと誰も信じられない日々を送っていたと思います。まさに裸の王様ですね。
そんな池田氏を人生の師匠と教え込まされて、今も疑うことを知らずにお金をまきあげられている多くの学会員がいます。こんな簡単なカラクリは、いったん気づけば一気に真実が見えるのですが、日々の活動や会合によって思考停止を強化され続けている学会員は、なかなか気づくことができません。「創価学会は宗教ではない」この一点にさえ気がつくことができれば、大切な人生を無駄に終わらせなくてもすむのにと思います。
学会の信心をしても功徳もなければ罰もありません。組織はただ単にあなたのお金と票を欲しいだけのために大きなウソをつき続けているだけです。大きなウソだけに、実質的に池田氏がいなくなった今でも、後戻りができないまま、ウソの上塗りを続けています。どうか自分は自分で考えてください。自分の人生を他人任せにしないでください。学会員さん同士の心のふれあいと、組織の思惑を混同しないでください。人と人との暖かい絆は、創価でなくてもいくらでもあります。東北の被災地に寄せられた多くの思いはまさにそれを証明しています。
もちろんそこには折伏や新聞啓蒙や選挙活動のノルマなんてありません。そもそも宗教に新聞購読数や得票数のノルマが課せられることに何の疑問ももたない何百万人もの宗教団体があること自体が恐ろしいことなのです。このブログには、その恐ろしさ愚かさに気がついた方の真実の声がたくさん寄せられています。そんな声を「正法を阻む魔のはたらきだ」などと上から言われたことしか信じられないような方には、何も言うことはありませんが、もし少しでも自分の人生について自分で考えてみようかなと思うならば、自らの学会員としての体験に耳を傾けていただけると嬉しいです。
創価の矛盾に気づいたからといっても、そのことをここで話しても何の得にもなりません。でも皆さんがこうして自分の体験をもとに、いかに創価がインチキ宗教であったかを語ってくれるのは、ひとりでも自分のような辛い思いをしてほしくないとの心からの叫びだと思います。
何の利害関係もないこの場所で、もう一度自分が歩んでいる信仰の実態について考えてみてください。そして何かしら感じることが少しでもありましたら、ひとことでもいいですから、このブログにコメントを寄せてください。お待ちしています。
【解説】
対話ブログが非公開になったため、これら以外のコメントを参照することはできません。
詳細を書けず、残念です。
是非、シニフィエさんには、対話ブログを再開していただけることを望みます。
獅子風蓮