獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

藤圭子へのインタビュー その5

2024-01-20 01:34:28 | 藤圭子

というわけで、沢木耕太郎『流星ひとつ』(新潮社、2013年)を読んでみました。

(目次)
□一杯目の火酒
■二杯目の火酒
□三杯目の火酒
□四杯目の火酒
□五杯目の火酒
□六杯目の火酒
□七杯目の火酒
□最後の火酒
□後記

 


二杯目の火酒


   2

__しかし、ある一時期を除くと、だいたい浪曲師として興行して歩いていたんですよね、あなたのお父さんは。

「うん、だいたいね」

__お母さんがお父さんと一緒に旅に出てしまうと、あなたたち子供だけで留守番することになったのかな?

「うん、3人でね」

__そんな、七つ、八つの子供たちだけで、どうやって生活してたんだろう。

「ほんの一時期は、近所のおばさんみたいな人が、ごはんを作りにきてくれたけど……そのときはひどかったな。鳥の餌みたいな、なんて言うの、あれ、丸い、つぶつぶの……」

__粟とか、ヒエとか、そんなのかな。

「ポロポロでまずかった。お母さんが作ってくれていたときには食べたことがなかったから。すぐに、そのおばさんは来なくなったけど」

__それ以後は、あなたたちで作って、自分たちだけで食べてたわけ?

「そう。一日分の御飯代をいくらって、旅に出る前にお母さんにもらっておくんだけど、予定の日になっても帰ってこないことがあるんだ。行った先で、また新しい巡業先なんかが見つかって、そうすれば稼げるから、そのままそっちへ行っちゃうわけ。お金がなくなって……子供たちだけでしょ、とても困ったことがある」

__どうしたの、そんなときは。

「お米だけ食べてたり……一度なんかは納豆売りをしたこともある」

__アルバイトして手間賃を稼いだわけか。

「そうじゃなくて、少しだけ残ったお金で、近くの豆腐屋さんで納豆を分けてもらって、朝、売ったの」

__仕入れて売ったのか。少しは儲かった?

「それを続けて、生活してた」

__そう……お母さんやお父さんがいなくても 結構、健気にやっていたわけですね。

「それでも、やっぱり、寂しかったよ」

__そうか、やっぱり寂しかったのか。

「それはそうだよ。特に、あたしは、お母さん子だったから、お母さんが一日でもいないのは、とっても寂しかった」

__そんなにお母さん子だったの?

「小さいとき、昼寝をしていて、目が覚めたらお母さんが傍にいなくて、泣きながら探しに行ったことがある。ワンワン泣きながら……」

__お母さんの傍から、少しでも離れたくなかったんだね。

「ずいぶん大きくなるまで、一緒にくっついて寝てた。小学校の4年生くらいまで、お母さんの蒲団にもぐりこんでたな」

__乳離れしてなかったのかな。

「実際にね、かなり大きくなるまで、お母さんのオッパイを吸ってたらしいから」

__さっき、あなたの記憶がはっきりするのは、神居町に引っ越した小学校5年の頃からだって言っていたよね。しかし、どうして、旭町から神居町へ行くことになったの。

「家を建てたんだ。昔のお金で50万くらいじゃないのかな、借金して……」

__どこから?

「お母さんの実家だと思う」

__昔といったって、ずいぶん安いね。

「土台だけ知り合いの大工さんに作ってもらって、あとは家族のみんなで作ったんだ。その頃、やっぱり仕事がなくて、一年くらい左官をやってたの、うちのお父さん。だから、そんな程度の金で作れたんだと思う」

__5年の、いつ頃、神居に転校したの?

「夏、かな」

__どうして夏だと記憶しているの?

「それはね、子供たちもみんなで家を作るのを手伝ったから。セメントと砂を買ってきて、お父さんが壁をぬったりしたんだけど、子供たちが水を運ぶ役をやったり、こねる役をやったり、混ざったやつをお父さんのところに持っていったりしたんだ。そのとき、とても暑かったことを覚えている。暑いさかりで、ほんとにカンカン照りでね」

__そうすると、二学期から神居の小学校に転校したことになるのかな。

「そうなるね」

__でも、どうしてそんなに、記憶が鮮明なんだろう。ただ引っ越したっていうにすぎないのに。

「どうしてかなあ……きっと、あたしが変ったからだろうな」

__変った?

「明るくなったし、勉強もできるようになったし……」

__それはまた、どうしてなんだろう。

「さあ、どうしてなのかなあ」

__理由はわからない?

「うん……」

__環境が変って、そのときから目覚めたということなのかもしれないね。ぼくもね、小学校の3年生くらいまで、ポケッとしていてね。ところが、3年の夏休みに野球がとても上達したんだ。そうしたら、そのときを境にして、いっぱしの餓鬼大将になり、同時に勉強も少しできるようになったんだ。そういう契機があったなあ……。

「あっ、そう言えば、あたしも同じだな。旭町にいた頃は、学校に友達はひとりもいなかったし、ひとりで静かにしているだけだったの。友達と口をきくなんてしなかったし、むろん、こっちから話しかけるなんて、恥ずかしくてできないわけ。ところがね、転校したでしょ。その最初のとき、黒板の前に立たされて、先生に紹介されるわけなんだけど、その授業の時間が終った、次の休み時間にね、友達がワッとあたしの席を取り囲んで、みんなで話しかけてきてくれたの。そのうちの、特に元気のいい子なんかが、どこから来たのとか、お父さんは何をしてるのとか訊いてきて……びっくりしたの。そして、その日から明るくなった」

__それって、よくわかるような気がするな。で、嬉しかった?

「びっくりして、嬉しかった。それからかな、友達ができて、学校へ行ってもハキハキするようになって……そうするうちに勉強ができるようになって自分で、自分の気持とか、そういうのを表わせるようになったんだ」

__旭町から神居町って、どのくらい離れているの?

「車に乗って、2、30分かな。子供のときはずいぶん離れていると思っていたけど……まるで よその国に行くみたいに」

__いや、車で30分なら、もう外国かもしれないね、子供の感覚なら。その遠さも、あなたを変える一因だったんだろうな。成績は全般的によかったの? 学校の科目はみんな好きだった?

「好きも嫌いも、あんなの習ったことを丸暗記しちゃえばいいんだから、簡単だよ」

__そう?

「そうだよ」

__そういうのを暗記するのは、不得意じゃなかったわけ?

「うん」

__音楽はどうだった?

「ペーパー・テストなんかよかったよ」

__歌は?

「駄目だった、全然」

__へえ、それはまた、どうして。

「高すぎるんだよ、キーが」

__あなたのキーが?

「違うの。みんなのキーが高すぎて、声が出ないの。だから、仕方がないから、口を開けてパクパクしてるだけだった、いつも」

__それじゃあ、唱歌は歌わなかったのか……。

「唱歌なんて、恥ずかしくて歌えないよ」

__どうして?

「唱歌を歌ったり、みんなで遊戯したり、そんなの絶対に恥ずかしかった」

__変な子ですね、それは。

「学芸会で選ばれて芝居するのなんか、絶対にいやだった」

__なるほどね。あるいは、あなたなら、そうだったかもしれないな。

「うん……」

__体育はどうだった?

「体育はまるで駄目だった。でも、体育も、普通の紙の試験があるでしょ、だから成績はよかったんだけど」

__跳んだりはねたり、っていうのが上手じゃなかったんだね。

「跳び箱とか、そういうのが駄目だった」

__そういえば、テレビのドリフターズの番組で、よくやらされていたよね。

「フフフッ。うまくない代表だもんね、あたしは」

__いや、あれはうまくない方が、見てる方は面白いし、可愛らしく感じられるものだから。

「そうかな」

__それは、そうですよ。

「うん……」

__子供のとき、別にそういったことで困らなかった?

「別に困らなかったけど、駆けっこしても、いちばん遅い方だった」

__細い体だから、一見、速そうに感じられるんだけどね。

「やっぱり、そう思う? 自分でもそう思うわけ。ところが、運動会の徒競走なんかで6人で走ると、たいてい6番か、最高にうまくいって5番なんだ。自分じゃ、すごく速く走れているような気がするんだ、軽いから。でも、ほかの人の方がもっと速く走ってるんだよね」

__ハハハッ。まあ、そういうことなんだろうけど、しかし、おかしいなあ、当人は結構速く走ってるつもりだっていうのが、ね。

「ほんと、面白いね」

__あなたは、神居小学校から、そのまま神居中学校へ進んだわけでしょ?

「そう」

__神居中のとき、成績はクラスでいえば何番くらいだった?

「いつも、3番には入っていたな」

__それは凄いなあ。得意、不得意はなかった?

「あたしたちのときって、五段階評価っていうの、それだったから……」

__ぼくのときだってそうですよ。別に、甲乙丙丁なんてことはなかった。

「そうか、そうだよね」

__で、その五段階のうち?

「どの科目も、3というのをもらったことがなかったから」

__それは優秀ですね。特に好きだった科目はあるの?

「数学」

__それは意外な……」

「そうかな? 意外かなあ。あたし、珠算の免状も持っているんだよ」

__ほんと?

「二級を持ってる」

__へえ、またまた意外なことを聞く。

「半年くらい通って、パッと塾をやめてしまったけど、すぐ取れたんだ」

__どうして珠算なんか習おうとしたの。

「お母さんが無理に行けって言ったから」

__そうか、お母さんは、あなたに何か特殊技能のようなものを身につけさせようとしたんだろうな、きっと。

「二級の検定試験、一回で通っちゃった。塾の先生には、まだ無理だから三級を受けなさいと言われたんだけど、いいんだ面倒だから、なんてやったら受かっちゃった。運がいいんだよね、何でも、最初は」

__そう……かな?

「そのあとが駄目なんだよね。飽きっぽいのかな、あたし」

__さあ、どうなんだろう。持って生まれた勘のよさで、行くとこまではすぐ行けるんだろうけど。

「そのあと、なぜか突き詰めていけないようになるんだよね、不思議と」

__学校以外に、家で勉強なんかした?

「しない。けど、試験の前にはチョコチョコって、した。丸暗記して、それをそのまま試験のときに書けばいいんだから、簡単だった」

__それで3番くらいに軽く入ることができたのか。かなりなもんですね。頭がよかったんだろうけど、要領もよかったのかな?

「どうだろう。寝床に入って、ノートを見てたっていう記憶はあるな」

__遊びの方はどうだった? 小さい頃は何をして遊びました?

「うんと小さい頃は、ビー玉、パッチ……」

__パッチ?

「紙でできた……こういうのを……はたいてやる……」

__ああ、メンコ。

「メンコっていうの。そんなの男の子と一緒にやってたな」

__少し大きくなってからは?

「縄跳びとか……女の子らしいのになったのかな」

__旭川の小学校とか中学校では、どんなところへ遠足に行くの?

「スキー遠足?」

__スキー遠足、って?

「おにぎり持って、近くの山に行くわけ。スキーで滑って、学校の全員でね。でも、あたし、スキーを持っていなかったから……。みんなは、兄さんや姉さんのお古くらいはあるんだけど、うちにはひとつもなくて……だから、北海道で育ったくせに、いまだに滑れないんだ、あたし。スキーなんて、もう恐くて、できなくなってるし……」

__そうか……。

「うん、そうなんだ」

__スキー遠足、か……。

 


解説
名インタビュアーによって、藤圭子さんの子ども時代が鮮やかに語られていきます。


獅子風蓮