安倍元首相の襲撃事件で旧統一教会の2世問題が注目を集めています。
テレビには教会側の主張を伝えるために勅使河原秀行(テッシー)氏が、会見に臨んだりしていますね。
教会の中ではマスコミ対応が良い方だと判断されて起用されたポストでしょうが、どうもテッシーのやることなすこと、被害者の気持ちを逆なでしているようです。
テッシーは、かつて合同結婚式で新体操選手だった山崎浩子さんと結婚するはずだった人です。
当時の、入信、合同結婚式、教えへの懐疑、そして棄教へといたる体験を記録として残した、山崎浩子さんの手記『愛が偽りに終わるとき』を図書館で借りて読みました。
山崎さんは自ら入信した1世ですが、あのままテッシーと結婚していれば2世が生まれるわけですね。
2世問題を考える際に、1世の問題はぜひ理解しておく必要があるでしょう。
そのためには、うってつけの1冊です。
以下の文章は、山崎浩子『愛が偽りに終わるとき』(文藝春秋1994年3月)
より、引用しました。
著作権上、問題があればすぐに削除する用意がありますが、できるだけ多くの人に読んでいただく価値がある本だと思いますので、できるだけ本の内容を忠実に再現しています。
なお、漢数字などは読みやすいように数字に直しました。
(目次)
■第1章 「神の子」になる
□第2章 盲信者
□第3章 神が選んだ伴侶
□第4章 暴かれた嘘
□第5章 悪夢は消えた
□あとがき
■第1章 「神の子」になる
終わりの始まり
「大変長い間、ご心配とご迷惑をおかけして申しわけありませんでした。昨年6月25日に、私は統一原理を真理として信じるということを、皆様の前でお話ししたわけなんですけれども、……すべてが間違いであったとわかりましたので、世界基督教統一神霊協会より脱会することを決意しました。私の本当に軽率な言動で、たくさんの方々にご迷惑をおかけして、そして多くの人々の人生をも狂わせてしまったことを、本当に申しわけなく思っております。すみませんでした」
__言えた……。
これで終わりなのか、何が始まろうとしているのか、私にはもう考える力は残されていなかった。
ただ、ありのままの現実を、受けとめていくしかなかった。
私がその宗教に足を踏み入れたのは5年前、1989年1月のことだった。
その日、私は高価な印鑑を手にしていた。薄緑色のひすいで作ったというそれは、高いだけのことはあって、ずっしりとした重量感があった。
3本セット、120万円。
高い買い物だと思った。しかし、これで私の下降気味だという運勢を、上昇させることができるという。もしこのまま落ちていくとするならば、やっとの想いで始めた新体操スクールは、きっとタメになるのた。
(だまされてもいいや)
私は、120万円の大金と引き換えに、とてつもなく重い運命を手にすることになった。
手相を見たいと言った訪問者
“こと”の始まりはこうであった。
88年の夏、私の友人T子の家に、女性二人の訪問者が現れた。
一人暮らしを始めたばかりの彼女は、初めての来客にうれしくなり、インターホンをとる前にドアをあけていた。
「アンケートをとらせてください」
たわいない話のあと、客は彼女をしげしげと見てこう言った。
「モデルさんでいらっしゃいますか?」
その頃、彼女は前髪をゴールドに染めていた。
「いえ、そんなんじゃないですけど、仕事はしています」
「仕事は順調ですか」
「まあ、ボチボチです」
「そうですか。ちょっと手相を見せていただけます?」
そう言って彼女の手をとった。
「まあ、いい手相をしてらっしゃいますねえ。先祖の功労が高いんですね。それで今まで順調に上り調子でやってこられたんですよ。お仕事の方はこのままの調子で行けばいいと思ってらっしゃいますか。それとももっと向上すればいいと思われます?」
「そりゃあまあ、向上した方が……」
「そうですよねえ」
訪問者は、しきりに手相や顔をながめる。
「でも、今が転換期ですよ。眉間のあたりにそれが出てます。先祖の功労はもう使い果していますから、これから向上させるには、もっと自分で努力して切り開いていかなくちゃなりませんねえ」
彼女は小さい頃から手相とか霊界の話が好きだった。小学校で大流行したマンガの『うしろの百太郎』や「心霊写真集」などが、おもちゃ代わりになったほどだから、大人になった今でも、見えない世界の話に興味を持っていた。
何よりも“転換期”という言葉が、彼女を刺激した。
(今がどんな転換期だというのだろう。もう少し詳しく話を聞きたいな)
訪問者が言う。
「私たちよりもう少し上の先生がいらっしゃるんですけどね。会ってお話しませんか?」
その時、時間がなかった彼女は、次回にゆっくりと会う機会をもった。
「体調が悪いのは先祖のせいだ」
__都内の喫茶店。
T子は、先日の訪問者と、そしてO氏という男性と対面することになった。
手相や字画、顔相などを見ながら話は進められる。
O氏の話は興味深く、彼女はなるほど、なるほど、と聞き入っていた。
先日の訪問者も、「ウン、ウン」とうなずきながら、時には「まあ、そうですかあ」と驚きながら、話に耳を傾けている。そして、
「このO先生は、いろんな分野で研究されてるんですよ。どんなことでも親身になって答えてくださいますから、ご相談されたらいいです。それに霊眼も開けていらっしゃいますし、お若いのに素晴らしい先生なんですよォ」
と、にこやかに語りかける。
O氏が言う。
「すごい話があるんですよ。吉展ちゃん事件ってご存知ですか?」
「はい」
1963年、吉展ちゃんという男の子が誘拐されて殺された事件だ。
「あの事件を、あるジャーナリストが調べたんです。いろいろな角度から調べていって、どうにか七代前の先祖までいきついたんですね。そうしたら、なんと、七代前では、吉展ちゃんの先祖の方が、犯人の先祖を殺していたということがわかったんです。不思議なことがあるんですねえ」
因縁話が大好きな彼女は、思わず引き込まれた。自分の知らない人の話ではなく、テレビや雑誌で何度となく取り上げられた事件の話だったからだ。
ジャーナリストというのは、とかくしつこく取材するものだし、あり得ない話ではないな、と彼女は思った。
先祖の因縁は後孫へと受け継がれていく。悪い因縁を清算するためには、その家系で誰か一人が立って、運勢を切り開いていかなければならない、とO氏はいう。
「それが、あなたなんですね」
その言葉を聞きながら、彼女は漠然とした不安に襲われた。頭の中に、自分の母親、父親、家族の姿が浮かんできた。
「家の人たち、みんな、あんまり身体の調子がよくないんです」
彼女がボソッと言うと、O氏は、
「それは、すでにシグナルが出ていますね。現代人は霊眼がにごっているので、そういう現象も見すごしてしまうんですけど、身体の調子が悪いとか、そういったことにもそれぞれに深い意味があるんですよ」
もし自分の家系に変な因縁があるとすれば、ほうってはおけない。
「じゃあ、どうしたらいいんですか」
「そうですねえ。あなたの先祖の想いを晴らさなきゃいけないから、やることはいっぱいあるんですけどね。人間に心と身体があるように、内面的な部分と外面的な部分と、両方からやっていかないといけません。内面的な方は、いろいろ勉強されていったらいいと思いますけど、外面的な方は、まあ、そうですねえ……。ちょっとあなたの名前は強すぎるから、でもそれは、先祖の強い期待の表れでもあるし……。まあ、名前を変えるのは大変だし、内面が名前に追いつくまで、印鑑を変えられたらどうですか? 印鑑は今日お持ちですか?」
彼女は持ち歩いていた印鑑をカバンの中から取り出し、O氏に見せた。
「ああ、これはちょっと短すぎますね。短いと短命になりますから。それとここ、この上下をわかりやすくするためのこの印、こうやって印鑑を傷つけちゃあいけないんですよ。それは、身体を傷つけてるのと同じですからね。それから、この印鑑の縁(ふち)と彫りの間が、あんまりスペースがあいてちゃいけないんです。思いきって印鑑を変えて、お守りとしても、持ち歩かれたらいいですね」
そこでO氏は、ひとつの具体例を話しだした。
「同じように私が相談にのっているスチュワーデスの人が、この印鑑をお守りとしていつも持っていたんですよ。それがある時、飛行機事故にあいましてね。大変な惨事だったんですけど、その人は奇跡的にかすり傷ですんだんです。それでね、これはあとでわかったんですけど、その人が荷物を開けてみると、お守りの印鑑が、真っ二つに割れていたというんです。それでその人は、また新しくつくって、それ以来どこに行くにも肌身離さず持っていらっしゃるんです。印鑑というのは、本当にすごいパワーがあるんですね」
彼女は印鑑を買った……。
(つづく)
【解説】
第1章では、山崎浩子さんが旧統一教会と出会い、入信するまでがていねいに描かれています。
ずばり、霊感商法の実態ですね。
獅子風蓮