あ、どうも朴です。
プロローグ
私、52歳ですから、もう30年も働き続けてるんですねぇ。そりゃ草臥れるわけですわ。
そんな私が入社した某証券会社での最初の配属先が池袋支店でした。新人の営業マンは精神力を鍛え肚を練るために毎日ひたすら飛び込み営業を繰り返すことが仕事です。バブル前夜とはいえ、早々に取引など出来るわけがありません。その理不尽さとハードさ故に同僚はどんどん辞めていくわけです。体育会系のノリなんです。
私自身はと言うと、他にすることもないし、また就職先探すのも面倒だし、支店の稼いでる先輩達や先輩達のお客様から可愛がられて、毎晩毎夜宴席やおねーちゃんがいる場所を奢られまくっていましたので、結構楽しくてへらへら過ごしてました。カバン持ちのたいこ持ちなわけですよ。これはこれで楽しいんですよ。いや~ 大らかで良い時代でした。
しかしながら、証券会社は数字が全てですから、へらへらしながらも人に見えないところで種を蒔いて置かなければなりません。
そんな中での2年目、夢にまで見た念願の風呂付マンションに引っ越すことができました。場所は北区、新築2Kで家賃は確か7万円、新築マンションは4階建て20世帯ほど入居していました。
そして大家さんはその裏手の広大な敷地にお住まいでした。「どんな金持ちが住んでいるんだろう? 客になってくれねえかな~ 」などと妄想を膨らませながら、銀行振込みで支払う家賃を最初だけはと、挨拶がてら邸宅を持って行ったのです。
その大邸宅はもう、門塀から金持ちオーラが放たれており、駆け出し証券マンに容赦無くプレッシャーをかけてきます。しかしながらよくよく考えると、客は私の方でして、店子として大家に家賃を払いに来ただけですので、緊張する必要がないことに気づき、インターフォンから用向きを伝えると、お手伝いさんがふたり出てきてくれました。
が、がですよ。
お手伝いさんの後ろには、デカいオスのボクサー犬が2頭、それよりデカいジャーマンシェパードが2頭、計4頭の軍用犬がいたいけな店子の私に向かってグルグルと唸り続けてるんですよ。
お手伝いさんの非力ではいつリードが解けて、軍用犬に食い殺されるかハラハラドキドキもんです。「こりゃあ、下心完全に読まれてるなあ~」心で舌打ちしながら、お手伝いさんとやりとりを終えました。
聞くところによれば、旦那様は某上場自動車会社の会長であること。軍用犬は旦那様の趣味、無類の犬好き、奥様は猫が好きで邸宅には猫多数とのこと。
そうか、う~んと考え、取引成約に向けて「大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然作戦」(要は情に訴えかけるだけ)を決行するしかありません!作戦の骨子は
1. 家賃は必ず直接手渡し話をする。
2. 猫好きの奥様に気に入られる。
3. 恐怖を克服し4頭の軍用犬を手なづける
4. 下心は決して悟られてはならず。
作戦1
その後8ヶ月ほど、銀行振込みと言われてるのに、直接手渡しに行きました。段々と慣れてくるとお手伝いさんや奥様は、
「別に振込みでいいのに。大変でしょう、わざわざ。」
「いえ、こちらこそすみません。私、犬が大好きで小さい頃、シェパード飼ってたから会いたいんですよお。」
「グルルルルル、ウゥゥ~」
「主人が好きだから番犬として飼っているけどバカ犬で困るわあ。ゴメンなさいね、いつも吠えたり唸ったりして。」
「いえ、賢い顔付きしてるじゃないっすか、目は優しいし。」(と言って頭を撫でるがびびって腰は引けている)
「グルルルルル、グルルルルル、ウゥゥ~」
「じゃあまた、来月この子達に会いにきます!失礼しました。」
作戦2
「あら、今月はまだ早いんじゃないかしら?」
「いえ、実家、あ、北海道なんすけど帰省してたんす。お袋に大家さんの話をしたら、これ持っていけと言われたんで、お袋からのお土産です。」
「あらあら、申し訳ないわね。主人にも伝えときますね。どうもありがとう。」
「あ、それから、これ知り合いがペットショップやっていて貰ったものですが、いつものご飯以外あげちゃいけないんでしょうかね?
とりあえず、置いていきますんで。」
「あらあら、本当にありがとう。ウチのバカ息子に比べたら朴さんはホント優しいししっかりしてるわね~」
「(心の声)優しくもなければしっかりもしてないんだよなあ、これがさあ」
当然ながらお土産やエサは自分で買ったもの。これを2回やったかなあ~
作戦3
お土産や家賃を届けるたびに、お手伝いさんや奥様に分からないように、リーダー的存在のバカ犬にソーセージやフライドチキンなどバカ犬が一口で食べれるようなものをコッソリあげていたところ、ウゥゥグルルルルルはなくなり、3度目くらいからはシッポを振ってきました。リーダーが落ちたらあとの下っ端は容易かったです。
作戦4
「こんにちわ、家賃お持ちしましたあ。」
「あ、朴さんわざわざどうも!今日は主人がいるからちょっと待っててね~。お父さん、ほらお父さん、朴さんよお土産貰ったりしてる。」
「あ~ 朴さん初めまして。いつも気を遣って頂いてすみませんね。なんだか家内も犬達も朴さんのファンみたいですよ」
「いえ、こちらこそ厚かましくてすみません。子供の頃にシェパード飼っていたんで懐かしくて。奥様も母と同い年くらいと伺ってまして。」
「いやいや、朴さんは好青年ですね。仕事は何してるんですか?」
「私ですか? (キタキター!)私は某証券会社の池袋支店で勤務しています。(さりげなく)」
「証券マンですか? 今のこの相場どう思います?」
「まだ2年目なので勉強中ですが・・・・だと考えたほうがいいかなあ。あ、すみませんまだ勉強なんで、あ、失礼します。」
「いやいや、引き止めてすみませんでしたね。またいらしてくださいな。」
エピローグ
それから暫くしまして、極々自然な形でご本人と奥様が口座を開いて下さり取引が開始致しました。頻繁に売買をされるわけではありませんが、まとまったご資金を預けてくださいました。
また、私の結婚に伴いマンションを引き払う際には夕食に招いて下さりました。結婚式では私にハクが付くようにと、◯◯自動車会長名で祝電をくださり同僚上司に「なんでや?」と問い詰められ「大家さんです。」と。
最初は下心と功名心みたいなものからアプローチしていましたが、親しくなってくるとそんなのはどうでもよくなるんですね。やはり、人はコミュニケーション、分かろう分かりたいと思う気持ちが大切なんですね。
あ、シェパード飼ってたのはウソです。ウソついてごめんなさい。
(写真はGoogleより)