チヨ(仮称)さんは元々は佐藤先輩のお客様でした。でも、先輩のいい加減さにほとほと愛想を尽かし、取引を止めるところで私に引継ぎとりあえず様子見で私とお付き合いして下さることになりました。
どういい加減なのかはいずれ全10話のシリーズで纏めてお話ししますけれど。
例えばチヨさんに対しての電話では
「あ、チヨさん?◯◯証券の佐藤ですぅ。どうもどうも。チヨさん、今度新しい有利な貯蓄商品を募集することになりましてね。まずはいい話ですから、チヨさんにと思いまして。はい、大変有利な貯蓄商品なんですよ~。」
と言う具合で、中味は「日本株式に投資する3年間解約不可の単位型投資信託」なんです。
ですので、「有利」「貯蓄商品」の説明は明らかに金融商品取引法および証券取引法違反行為です。詐欺と言っても過言じゃありません。今ならそれは懲戒免職ものです。
「師匠ぉ?今の完全に虚偽の勧誘に当たりますよ。キチンともう一度説明すべきです。後で訴えられますよ!」と詰め寄っても
「またまた朴ちゃん、堅い事ばかり言うと嫌われちゃうよん。え?何?貯蓄商品じゃない?違うの?え~?まっいいか。チヨさん金あるし。」
「師匠ぉ~ 頼んますよ。まっいいかじゃないでしょう?何にも知らないで何売ってたつもりで電話してたんすか~。」
「あのね朴君。君は営業の神様であり、トップセールスマンの私に何説教してるのかね?いつから偉くなったんだろうね~。」
「師匠ぉ、トップセールスマンとか偉いとかが問題じゃなくて、虚偽の勧誘は違法だと言ってるんですよ!」
「あ~煩いな。単なる勘違いでしょうが。もういいや。奢ってやろうと思ってたけど、今日は割り勘だぞ!」
「師匠ぉ!チヨさんは師匠のお母さんと同い年ですよ。師匠のお母さんがアホな営業マンに騙されたら腹立つでしょ?師匠は同じことしてるんですよ。」
「・・・・・」
「キチンともう一度電話しましょうよ!」
「朴君!君はいいこと言うね!こりゃ一本取られました!私が間違ってました。」と素直。
師匠のお母さんは女手ひとつで師匠を育て上げた方。師匠はお母さんの話が出ると直ぐに真面目な息子に戻るのです。
当時、投資信託は「受益証券説明書」と言うペラペラのものがあるくらいで、現在のように「交付目論見書」を投資家に渡す義務はありませんでした。買う方も売る方もなんと牧歌的だったのでしょうかね。
それでも、それ以前に買って頂いていた「貯蓄商品実は株式投資信託」の3年の満期期間が明けて実は貯蓄商品じゃなかったと云う事が分かってしまい揉めるに至るのでした。
とはいえバブルでしたので損をすることはなかったのですが、短期金利が4%以上あった当時、株式のリスクを取ってまで「貯蓄商品」に「投資」しなくても良いのです。
チヨさんの怒りに師匠は
「チヨさん!こいつは俺の大切な後輩です。右も左も分からない新人です!どうかチヨさんの豊富な経験でこいつを鍛えて一人前の証券マンにしてやって下さい!」
そう言われれば人の良いチヨさん、満更でもなく私に無事に引き継がれることにあっさり同意されたのです。
その後、私がした仕事。それは師匠の勘違いで買って頂いた「貯蓄商品」の中身を全部調べ上げて、損切るものは損切る、買い足すものは買い足すと説明しながら理解して頂き、徐々に仲良くなっていきました。
そうして、チヨさんが働く池袋の旅館の女将さんである「久美子さん」を紹介して頂くことになるのでした。
で、師匠と言えば「ま、俺がチヨさんを引き継いだから久美子がお前の客になったわけだな。まあ、朴ちゃん。私に感謝しなさい!」
とやはり師匠は師匠なのでした。