素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

お得な蘭の花をゲット

2009年12月21日 | 日記
 28日に志摩に帰る予定。いつも玄関に置く花を持って行くことにしている。大阪市内にある園芸センターだと市価の半額程度で購入できるので出かけた。先日、蘭の花大暴落のはがきが届いていたので、結構売約済の札が貼られていたが、胡蝶蘭の階に少し品種の違うなかなか良いものを見つけた。市価の3分の1ぐらいの値段で購入できた。いいお土産になる。

 近所の人も一緒に行って、シンピジュウムとかパンジー、切花などを格安で購入でき喜ばれた。背の高い花を積むのに今度の新車は最適である。

 この夏、田舎に帰った時、今、中高年に支持されている「ラジオ深夜便」関係のカタログがあった。私はまだこの番組は聴いたことはないが、おもしろそうな本があったのでメモをしておいた。興味がわいてきたので取り寄せてみた。『誕生日の花と短歌365日』と『季語で日本語を旅する』である。

 1つめは、1日1花。その花言葉と花を織り込んだ鳥海昭子(とりのうみ・あきこ)さんの短歌とひとことで構成されている。 2つめは、俳人鷹羽狩行さんが季語の話題を通じて俳句の楽しさを語ったものをまとめたもの。聞き手の宇田川清江アンカーとのやりとりも掲載されている。

 いずれも、自然の中で育まれてきた文化というものを感じる。季節に沿ってゆっくり味わっていきたい本である。

 ちなみに、今日買ってきた胡蝶蘭は、1月11日の花。花言葉は“幸福が飛んでくる”短歌は「真っ白な花を連ねる胡蝶蘭 鏡びらきの今日を浄(きよ)める」とある。

 
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今日もまたクリスマス気分を

2009年12月20日 | 日記
 守口市生涯学習情報センター(ムーブ21)でのコンサートの招待券をもらったので出かけてきた。

  趣向をこらしたコンサートで、プラネタリウムドームの会場で、星空を眺めながら、ローズマリー・ジュ二パー・パチュリのブレンドされたオイル“Silver star"の香りに包まれ、森下奈美さんのピアノを楽しんだ。

 視覚・臭覚・聴覚に心地よい刺激があり、とてもゆったりとした気分になり、しばし浮世を忘れることができた。

 惜しいのは、ピアノが電子ピアノであったこと。会場の都合で仕方がないとは思うが、グランドピアノであれば、彼女の技術がもっと発揮できたのではと思った。ピアノ本来の音(特に低音部)が出ていなかったことが残念。

 “ハッピークリスマス”“Xmasメドレー”“戦場のメリークリスマス”などもあり、昨日とはまた違うクリスマス気分を味わうことができた。

小学2年生から中学3年生までは、奥志摩の玄関口である鵜方に住んでいた。旧家の納屋を改造した所に間借りしていたので、風呂は銭湯に通っていた。プラネタリウムで冬の星空を眺めていた時、銭湯への往復、よくオリオン座を見ながら歩いていたことをフッと思い出した。こちらでは満点の星空は見ることができない。 

 
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ひと足早く、クリスマス気分

2009年12月19日 | 日記
 
 
 午前中は、孫の保育所のクリスマス祝会に行ってきた。新型インフルエンザのため、参観者全員がマスクという中で、子どもたちは伸び伸びと、実に楽しげに演技していた。



 午後は、交野市立 青年の家でのリコーダーの発表会でクリスマス気分を味わう。知人が所属しているサークルで、こじんまりとしたアットホームな演奏会だった。リコーダーといってもたくさんの種類があることを知る。



 今週は、何かと忙しかったが、ちょっとゆっくりした気分になれた。この冬一番の寒波が押し寄せてきて、やっと12月という気分になってきた。あと10日余りで新年だ。

 
    

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今日の新聞より

2009年12月18日 | 日記
 隔週金曜日に精神科医の春日武彦さんの『心察室』が掲載される。いつも楽しみにしている。今日は“続・充実感”という題がついていた。

 自分が一生を終える際に、「ああ、わたしの人生は充実感に満ちた有意義なものだった」と感じられる人は少数派であるような気がするということから、春日さんの臨床体験が語られる。

 わたしのような仕事をしていると、往々にして、シリアスきわまりない顔で「人間は、どうして自分の命を自分の意思で捨ててはいけないのですか」などと問い詰められる。返答次第ではすぐにも自殺をしてしまいそうな勢いなので、当方としても適当な言葉で茶を濁すわけにいかない。

 わたしの回答例としてはーたくさんの人たちが、自分の思いを遂げられないまま、不幸にして道半ばで倒れていきました。人生の時間が足りなかった、と悔しがり悲しんで亡くなっていった人は数えきれません。 こうしている今も、無念なまま人生を終えねばならない人がどれだけいることやら。 それを想像してみれば、自分に与えられた時間を道端に放り捨てるようなことをするのは寂しいことだし、今申したような多くの人たちにとって失礼じゃないですか。

 私も同じ思いを持つ。いつからかと考えてみると、2つの本が大きな存在としてある。

1つは、小学校の高学年で読んだ「フランダースの犬」。読み終えた時のせつない悲しみは、生まれて初めての感情だったと思う。 もう1つは、高校の時、家の本棚にあった「きけわだつみの声」。タイトルの意味もわからずに、「何だろう?」という好奇心でページを開けた。雷にでも打たれたような衝撃があった。

 といってもその後、私自身立派な生き方ができた。とは言えないが、少なくても自分に与えられた時間を、自分で捨てるということは考えなかった。

 
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『第九』充分楽しみました

2009年12月17日 | 日記
  15:00 楽屋入口で入館バッチを受け取り、楽屋に入る。
公演した演奏家のステッカーとサインが壁面に貼られていた。見ているだけで楽しくなる。裏方の人たちが準備や打ち合わせに動き回っている。こういう風景、雰囲気は大好き。

15:30 ロビーで発声練習  16:30 ゲネプロ開始。初めて指揮者、オーケストラ、ソリスト、合唱団がそろっての調整。17:30 終了。簡単な食事をとる。

18:30 本番の衣装に着替えて楽屋で待機。ステージを映したモニターテレビを見る。客席にぼちぼち人が入ってきている。

19:00 開演 「エグモント」序曲の間は楽屋で整列して待機。モニターで演奏を観る。だんだん張りつめた空気になってくる。

19:20 ステージへ移動。壇上から見ると、思っていたより客席が近い。第一楽章から第三楽章までは座って待つ。客席で聴いた時は途中でウトウトとしたりしたので感じなかったが、40分余りを衆人看視の状態で座っていると、とても長く感じた。 第四楽章に入り、指揮者が左手で「立つ」合図を出した時は、緊張感よりも立って参加できる喜びのほうが強く、溜まっていたエネルギーを思いっきり吐き出したという感じで歌いきった。 20:50終演 たくさんの拍手をいただいた。


 21:20 着替えて、入館バッチを返してホールを出る。

 解放感にひたりながら帰路につく。心は満足感で一杯。反比例して空腹感が襲ってきた。  22:30 家に着く。 これにて一件落着。 

 

 
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