インドはヒンディー語だと思っている人が多いと思いますが、インドの言語状況は、非常に複雑です。上の画像は、インドの言語の名前をその言語の文字でレイアウトしてみたものです。インドの言語状況が、どんなにややこしいかということを、できるだけわかりやすく説明していきたいと思います。
まず、こちらをご覧いただきましょう。
2011年の国勢調査によると、何と19,569もの言語が上がってきています。地域が変われば、同じ言語を違う呼び名で呼ぶ場合も含まれていますので、これを、一万人以下の人しか使っていない言語を除外して、グループ化していくと、121のグループになります。これでもかなりの数なので、比較的メジャーな22の言語を、"Scheduled Languages"として政府は定めました。日本語にするとどう訳せば良いのかわかりませんが、認定された言語という感じになります。各州は、この中から好きな言語を州の言語として決めることができることになりました。こんな感じになります。
しかし、州の全員が決められた言語を話せるかというと、そうではありません。一つの州の中でも、様々な民族や宗教や言語が混在しているので、この地図のように綺麗に色分けはできません。
第一言語(母語)の人口を言語別に比較すると、次のグラフのようになります。
ヒンディー語が半分近くを占めています。あとは、ベンガル語、マラティ語(マハラシュトラ州の言語)、テルグ語(テランガナ州など)、タミール語(タミルナドゥ州)、グジャラート語、ウルドゥー語、カンナダ語(カルナタカ州)と続きます。ベンガル語でも、1億人近い人が母語としていますので(バングラデシュを入れれば2億人以上)、大変な数です。仮に、タイ語を母語とする人をこのグラフに当てはめると、7位のウルドゥーあたりにきます。
ちなみに、シンガポールにもインド人は多いですが、英語、中国語、マレー語と並んで、公式言語として使われているのはタミール語です。
インドは、これだけの言語があると、大変なので、国家としては、公式言語をヒンディー語と英語の二つに定めました。英語もヒンディー語も理解できないインド人は数多いと思いますが、こちらがインドのパスポートです。
ヒンディー語と英語で表記されています。
英語はビジネスの世界では、共通語となっていますが、英語を理解できる人は、インドで約1億3000万人いますので(2011年の国勢調査時)、それだけでイギリスの全人口の2倍の数になります。
言語がこれだけ入り乱れているけれど、実は方言みたいなもんじゃないのか、あるいは、スペイン語とイタリア語くらいの違いじゃないのと思う方もおられるかもしれないのですが、実は、言語体系が全く違うし、文字も全く異なるので、ダイバーシティーの度合いはかなりのものです。
ちなみに、インドのいくつかの地方の新聞の見出し部分を切り貼りしたのがこちらです。
文字の形が全く違いますね。中国語簡体字と、韓国語、日本語以上に違います。左上から、ヒンディ語、グジャラート語、ベンガル語、タミール語、カンナダ語、テルグ語です。インドで全国をカバーする場合には、英語の新聞ということになります。それでも、主要大都市に限られてしまいますが。
テレビのチャンネルも複雑です。インドには何百ものチャンネルがあります。なぜ、そんなにあるのかを示した図がこちらです。
まず、ジャンルがいくつもあります。それに言語の数をかけます。音楽でも、ヒンディー音楽と、パンジャブ音楽、ベンガル音楽と皆異なるので、それだけの数のチャンネルが必要になります。そしてさらに、テレビ局の系列が、ソニーとかスターテレビとか、Zeeとかいくつもあります。DDというのは地上波のチャンネルです。これだ沢山ののチャンネルがあると、視聴率を取るのは大変です。
何でこんな複雑なことになってしまったのかと思われるでしょうが、それはインド亜大陸の歴史の複雑さに起因します。ドラビダ人が住んでいた地域に、インド・アーリヤ系の人種が北西の方から移住してきます。紀元前の話です。11世紀の頃から、16世紀のムガール帝国に至る間に、インド北部のイスラム化が進行します。それにより、北部はインド・アーリヤ系の言語、南部は古来からのドラビダ系の言語、北東部はシノ・チベット系の言語がぶつかり合い、変化し合っていきます。インド・アーリヤ系は、インド・ヨーロッパ語族に属していて、ドラビダ系やシノ・チベット系とは全く言語系統が異なります。
単純化するとこんな感じになります。
今も残るサンスクリット語が、ヒンディー語にも、南部のドラビダ系の言語にも影響を与えていたようですが、北部のウルドゥー語やヒンディー語は、ペルシャ語の影響も大きかったようです。バングラデッシュの東側の地域は、言語的にはかなり複雑な状況になっています。
異なる言語体系が、インド亜大陸でぶつかりあい、長い歴史の中で派生してできてきたインドの言語群を見ていると、西洋史や東洋史とはまた異なった悠久の歴史がそこに存在していたというのを実感します。私のような言語マニアにとって、まだあまり知られていないインドは財宝の眠る洞窟のようで、目眩さえ感じてしまいます。
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