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「ノンバイナリー」とともに変化していく英語表現

2021-07-11 20:24:11 | 英語
「ノンバイナリー」という、男性でも女性でもない、どちらにも属さない性別が話題となっています。それに伴い、三人称単数の“they”が使われるようになったり、“Ladies and Gentlemen”が使われなくなるなど、従来の英語表現が微妙に変化しているので、このあたりの状況をまとめてみたいと思います。

セレブのノンバイナリー宣言と代名詞の変化

フロントロウ(FRONTROW)という情報サイトが、2021年7月2日に報じた歌手のリゾ(Lizzo)に関するニュースが話題となっている、というのを妻が教えてくれました。これは、セレブ、エンタメ、ファッション、ビューティー、社会問題、 バズニュースというジャンルで海外カルチャーを発信するウェブサイトなのですが、その記事の内容はこんな感じでした。



リゾとデミ(デミ・ロヴァート)は今年10月にアメリカのニューオーリンズで開催されるジャズ・フェストで共にヘッドライナーを務めるのだが、パパラッチの1人がそのことに触れて、「デミにメッセージはある? 彼女(she)から連絡したほうがいい?」とリゾに質問。すると、リゾはすぐに代名詞の誤りに気がついたようで、「“They”だよ」と指摘。リゾの言葉が聞こえなかったのか、パパラッチが続けて「彼女(her)のチーム」と言うと、リゾはこちらもすぐさま「“Their”チームだよ」と訂正して、次のように続けた。「デミは“They”だよ」。

 その後、パパラッチも自身の誤りに気がついたようで、「訂正してくれてありがとう」とリゾに伝えた。
こちらがその記事のリンクですが、その時の動画も掲載されています。

https://front-row.jp/_ct/17464391

デミ・ロヴァートは今年の5月、男性や女性どちらにも分類・限定されない「ノンバイナリー」であり、今後使う代名詞は、「They/ Them」とすることを発表しました。

英語では「they」という言葉は、おもに三人称複数として使われてきたのですが、主語となる人物のジェンダーが分からない場合などには単数形としても使えるという特性があり、近年、ノンバイナリーの人々の代名詞として定着してきたということでした。



リゾがパパラッチに対して、代名詞を訂正してくれたことを知ったデミ・ロヴァートは、SNSでこんなコメントをしたそうです。「デミは“they”だからね。パパラッチがデミの性を間違えた直後に、リゾがそれを訂正してくれた!」

ノンバイナリーとして、“she”とか“her”ではなく、“they”や“their”、“them”を使うことに徹底的に拘っているんですね。

ノンバイナリー宣言をした有名人は、デミ・ロヴァートの以前にもいました。

2019年9月、イギリスのシンガー・ソングライター、サム・スミス(Sam Smith)がインスタグラムにて「私の代名詞は THEY / THEM 」と宣言していたのです。

サム・スミスは2014年に世界的大ヒットとなった『ステイ・ウィズ・ミー』でグラミー賞レコード・オブ・ジ・イヤーを受賞した際のスピーチでゲイであることを公表。3年後に「自分は男性であると同様に、女性でもあると感じる」と発言し、今回はノン・バイナリー(男女どちらでもない、もしくは第三の性)として「They」宣言を行ないました。

歌手の宇多田ヒカルも、2021年6月26日のインスタライブ中に自身がノンバイナリーであることを宣言しましたね。

三人称単数の“they”

1998年、オックスフォード英語辞典に、「単数形のthey」がすでに加えられていたそうです。この時はまだノンバイナリーとかの概念がほとんどなかった頃なのですが、実はかなり昔から(シェイクスピアの頃から)単数形のtheyの使用事例はあったと言われています。

私は、大学で英文学を学び、中学高校の英語教員資格を持っているのですが、「単数形のthey」などというのは全く認識していませんでした。例えば、「誰もが自分の意見を持っている」という文章で、“Everyone has ____ opinion.”という空欄にどんな言葉が入るのかという試験問題が出たとします。従来の英文法の正解は、“his or her”です。ところが、ここに“their”という単語を入れることも正解になりつつあります。日本の英語教育界がこれを容認しているのかわかりませんが、欧米ではこのような用例が以前からあったし、ノンバイナリーが登場してジェンダー・ニュートラルな時代になった今日、これがどんどん増えているんですね。

主語の“Everyone”は単数形なので、文法的に言えば、それは単数で受けなければなりません。三人称の単数と言えば、heかsheかitになります。“he”とか“she”とか言うと、性別が問題になるし、いちいち“he or she”と言うのも面倒です。一回だけでしたらいいのですが、たとえば、「誰もが自分自身に関する意見を持っている」という文章になった場合、“Everyone has his or her opinion about himself or herself”みたいな感じになってしまいます。物ではないので“it”というわけにはいきません。

ここで登場してくるのが三人称単数の“they”というわけです。“Everyone has their opinion”という使い方ですが、この場合の“their”は単数形ということになります。

こういう使い方は以前からあったのですが、性を区別したくないノンバイナリーが一般的になってくるのに合わせて、単数形のtheyが市民権を拡大しているということなのですね。

単数形ではあっても、主語として来た場合は、“They are”とか“They have”のように動詞は複数形で受けなければなりません。ここがちょっとややこしいところなのですが、意味としては、単数になります。これは慣れていくしかありませんね。ただし単数形の“they”に関して、日本の受験英語がどこまでキャッチアップしてくるのかはわかりませんので、受験生の方はご注意ください。

アメリカの学術団体「米国地方言語学会」が決定する「今年の言葉」というものがあるそうなんですが、2015年の「今年の言葉」に「単数形のthey」が200名以上の言語学者らによって選出されたそうです。

2017年には、メディアやPR業界で広く使われているAP通信編集発行の『APスタイルブック』にも「単数形のthey」が加えられたとのこと。

2019年秋、アメリカの主要辞典「メリアム・ウェブスター辞典」(The Merriam-Webster Dictionary)の「they」の語義に、「単数形のthey」の新たな語義と用法が加えられました。「単数形のthey」は、「used to refer to a single person whose gender identity is nonbinary(ノンバイナリーなジェンダーアイデンティティを持つ単数の人を指して使われる)」と定義されています。「男性でも女性でもないという性自認を持つ個別の人について使われる」三人称単数形の代名詞ということです。

英語の辞書も文法も時代に合わせてどんどん変化していくのですね。英語の先生もこういう時代の流れに合わせて勉強していく必要があるのでしょうね。

ノンバイナリーとLGBTとの関連

世の中「ダイバーシティー」とか「インクルージョン」ということで、「ノンバイナリー」とか「LGBT」とかいろいろな言葉が登場してきていますが、ここでちょっと整理しておきたいと思います。

まず、「ノンバイナリー」を理解するために、「バイナリー」という言葉についてみてみましょう。「二進法の」とか「二つの」という意味ですが、コンピュータが登場して以来、すべてのデータが0か1かの二種類のデータ(デジタルデータ)で処理されるようになりました。バイナリーというとIT用語と思っている人が多いと思いますが、もともとは二つから成るという概念です。

投資の世界でもバイナリーオプションとかありますが、これは二者択一ということです。ということで、「バイナリー」という言葉は、いろんな分野で使われています。

ジェンダーということで見ると、人間を男性と女性の二種類に分けるということは、古来行われて来ております。動物でも、鳥でも、生物はオスとメスに区分されていますね。二つに分類するという考え方が「バイナリー」なのです。

長い歴史の中で、人類は、自らを男性と女性に分類してきました。が、この中間にあって、自らをどちら側か区分できない人、区分できかねている人も出てきました。昔から存在していたのでしょうが、無理やりどちらかに区分されてきたか、無視さる存在だったのだと思います。

このどちらにも属さない人々が「ノンバイナリー」と呼ばれています。

LGBTという言葉がありますが、ゲイやレズビアンなど、男性、女性という性を前提としている場合があるので、必ずしも「ノンバイナリー」とは言えません。また「トランスジェンダー」と呼ばれる人々も、自分の帰属する性別は生まれた性別とは違うかもしれないけれど、自分が希望する性別に属すことを選択した人々ということで、これも「ノンバイナリー」とは違います。だぶっている人もいるのかもしれませんが、このへんの実態は専門家にお任せすることにしたいと思います。

“Ladies and Gentlemen”の挨拶が死語となっていく

イベントの司会者は“Ladies and Gentlemen”という常套句で挨拶を始めるというのが通例でした。ところがこれも時代遅れとなっているようです。

2020年10月1日から、JALが空港や機内のアナウンスで“Ladies and Gentlemen”という表現を止めるというのがニュースになりました。「All Passengers」(オール・パッセンジャーズ)や「Everyone」など使うようにしたそうです。

東京ディズニーランドとシーの園内アナウンスも、2021年3月18日から“Ladies and Gentlemen, Boys and Girlsというこれまでの定番の表現が変更になりました。変更の理由については「全てのゲストのみなさまに継続的に、より気持ちよくパークでお過ごし頂くため」ということだそうです。「Hello Everyone」など性別を特定しない文言に変更し、性的マイノリティーの来園者などにも配慮した表現となっています。

欧米では、すでに数年前から、公共交通機関で“Ladies and Gentlemen”という表現をやめているところも多いようですね。

ビリー・ポーター(Billy Porter)が2020年1月のグラミー賞で、"Ladies and Gentleman and Those Who Have Yet To Make Up Their Minds" (紳士、淑女、そしてまだ決めかねている皆様)と言って大受けしていました。

https://www.mrctv.org/videos/billy-porter-ladies-and-gentleman-and-those-who-have-yet-make-their-minds

こういう世界的なトレンドを知らずに“Ladies and Gentlemen”を使って顰蹙を買うことは避けたいですね。オリンピックとか大丈夫でしょうか?

Mxという敬称の登場

性別の表現としては、、Mr(ミスター)、Ms(ミズ)、Mrs(ミセス)、Miss(ミス)などといった呼称の他に、「Ze」、「Mx(ミクス)」なる呼び方がオックスフォード英語辞典(OED)に2015年に掲載されるようになったのだそうです。どちらも自分のアイデンティティが男性でも女性でもないと感じていたり、性別を特定されるのを好まなかったりする人のためのジェンダーニュートラル(中性的)な言葉が市民権を得ているのですね。

こんな感じで、社会の変化に伴い英語表現もどんどん変化しているので、常にトレンドをチェックしておかないといけませんね。

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