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ローマの日米戦争 -ローマ1- 1984.6.9~10
サン・ピエトロ大聖堂から見た広場と市街地
3日間のマラソンデイナーから開放された土曜日の今日、一足早く日本に戻るK氏と別れ、東宝ニューフェイスもどきのO氏と共にローマへ。荷物をロンドンに残しショルダーバッグ一つの身軽な週末小旅行である。
(左)白銀のアルプス越え(機窓より) (右)紺碧の地中海(機窓より)
雪を頂いた快晴・白銀のアルプス上空を越えると、そこはもう紺碧の地中海に面した永遠の古都ローマ。英国のあの重々しい雰囲気とは対照的に、太陽に溢れ気分も軽快に弾む。若い女性の服装は原色一色となり、薄い素材で大胆に肌を露出させたデザインは南欧に来たと言う実感をいやが上にも盛り立てる。
(左)サン・ピエトロ寺院 (右)ミケランジェロ作「ピエタ」(Wikipediaより)
空港から、かのコンスタンチヌス大帝が326年に初代ローマ法王ピエトロの墓の上に建てたというバチカンのサン・ピエトロ寺院に直行し、バチカン博物館でミケランジェロや古代ローマ3000年の歴史に触れた跡、ひとまずMETROPOLEホテルにチェックイン。丁度ほとんどのお店が市の法律で決められた3時間のお昼休みの真最中。O氏にとっては恨めしい時間帯。しかしそこは時間を無駄にしない日本人。後の買物を効率よくするためにウィンドショッピングに早速出掛ける。
(左)広場にそびえるエジプトのオベリスク (右)警護はスイス兵
ヨーロッパの街は、何と言っても歩いて廻れるのが良い。小さな都市は半日、大きな都市でも一日あれば主要な観光ポイントを徒歩で済ますことが可能である。複雑に交錯した小さな通りを地図を頼りに目標に近づいていくこと自体楽しいものである。ましてその途中で思わぬ珍しいお店や予期せぬ楽しい出来事に出くわせば尚更である。
いつも人で賑わうスペイン広場の階段
快晴。午後のまばゆい太陽が照り付け汗を拭き拭きショーウィンドを覗きながら、いつしかスペイン広場にやってくる。昼食も取っていないことに気付き、屋台のピッツァを頬張りながらスペイン広場の階段で一休み。何をするでもなく、ただただ階段に座って午後の一時を過ごす人たちで137段の階段は鈴なりである。そうこうする内にお店のシャッター音があちこちから聞こえ始める。さあ、行動開始。
(左)スペイン広場に繋がる3つの通りの一つ「VIA CONDOTTI」 (右)GUCCIの本店
スペイン広場に繋がるVIA CONDOTTI,VIA BORGOGNONA,VIA FRATTINAの3つの通りはショッピング街のメッカ。彼の荷物持ちになっては大変なので20時にCaffe’Grecoで待ち合わせることにした。
広場のすぐ近くにGUCCIの本店がある。日本の欧州ブランドブームが盛んになったのは昔のことではない。若い女性層に購買力がついたのが最も大きな原因であろう。お店の中は日本人と米国人でごった返している。米国老夫婦はこれは孫の誰それに、これは娘にと品定め。日米の欧州買出しツァーの一端を垣間見る風景である。かく言う小生も女房殿へのバッグと自分用のペンシル・ケースを買ってしまったが。
買い物客でいつも賑わう通り。カフェ・グレコもこの近く。
女性のファッションを見るのも楽しいもの。特にピッコーネ、ベネトン等の若者向けファッションはカラフルで多種多様なデザインがある。誰一人同じようなファッションで歩いておらず、各人が個性をどのようにアピールするのかを十分に考えたファッションである。
日本の多様化は進んだとは言え、まだまだモノトーンの域を出ていない。
ローマの日米戦争 -ローマ1- 1984.6.9~10
サン・ピエトロ大聖堂から見た広場と市街地
3日間のマラソンデイナーから開放された土曜日の今日、一足早く日本に戻るK氏と別れ、東宝ニューフェイスもどきのO氏と共にローマへ。荷物をロンドンに残しショルダーバッグ一つの身軽な週末小旅行である。
(左)白銀のアルプス越え(機窓より) (右)紺碧の地中海(機窓より)
雪を頂いた快晴・白銀のアルプス上空を越えると、そこはもう紺碧の地中海に面した永遠の古都ローマ。英国のあの重々しい雰囲気とは対照的に、太陽に溢れ気分も軽快に弾む。若い女性の服装は原色一色となり、薄い素材で大胆に肌を露出させたデザインは南欧に来たと言う実感をいやが上にも盛り立てる。
(左)サン・ピエトロ寺院 (右)ミケランジェロ作「ピエタ」(Wikipediaより)
空港から、かのコンスタンチヌス大帝が326年に初代ローマ法王ピエトロの墓の上に建てたというバチカンのサン・ピエトロ寺院に直行し、バチカン博物館でミケランジェロや古代ローマ3000年の歴史に触れた跡、ひとまずMETROPOLEホテルにチェックイン。丁度ほとんどのお店が市の法律で決められた3時間のお昼休みの真最中。O氏にとっては恨めしい時間帯。しかしそこは時間を無駄にしない日本人。後の買物を効率よくするためにウィンドショッピングに早速出掛ける。
(左)広場にそびえるエジプトのオベリスク (右)警護はスイス兵
ヨーロッパの街は、何と言っても歩いて廻れるのが良い。小さな都市は半日、大きな都市でも一日あれば主要な観光ポイントを徒歩で済ますことが可能である。複雑に交錯した小さな通りを地図を頼りに目標に近づいていくこと自体楽しいものである。ましてその途中で思わぬ珍しいお店や予期せぬ楽しい出来事に出くわせば尚更である。
いつも人で賑わうスペイン広場の階段
快晴。午後のまばゆい太陽が照り付け汗を拭き拭きショーウィンドを覗きながら、いつしかスペイン広場にやってくる。昼食も取っていないことに気付き、屋台のピッツァを頬張りながらスペイン広場の階段で一休み。何をするでもなく、ただただ階段に座って午後の一時を過ごす人たちで137段の階段は鈴なりである。そうこうする内にお店のシャッター音があちこちから聞こえ始める。さあ、行動開始。
(左)スペイン広場に繋がる3つの通りの一つ「VIA CONDOTTI」 (右)GUCCIの本店
スペイン広場に繋がるVIA CONDOTTI,VIA BORGOGNONA,VIA FRATTINAの3つの通りはショッピング街のメッカ。彼の荷物持ちになっては大変なので20時にCaffe’Grecoで待ち合わせることにした。
広場のすぐ近くにGUCCIの本店がある。日本の欧州ブランドブームが盛んになったのは昔のことではない。若い女性層に購買力がついたのが最も大きな原因であろう。お店の中は日本人と米国人でごった返している。米国老夫婦はこれは孫の誰それに、これは娘にと品定め。日米の欧州買出しツァーの一端を垣間見る風景である。かく言う小生も女房殿へのバッグと自分用のペンシル・ケースを買ってしまったが。
買い物客でいつも賑わう通り。カフェ・グレコもこの近く。
女性のファッションを見るのも楽しいもの。特にピッコーネ、ベネトン等の若者向けファッションはカラフルで多種多様なデザインがある。誰一人同じようなファッションで歩いておらず、各人が個性をどのようにアピールするのかを十分に考えたファッションである。
日本の多様化は進んだとは言え、まだまだモノトーンの域を出ていない。