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クワトロチェントの匂いとフィオレンティーナ -フィレンツェ ― 1996.05.02
(左)サンジョバンニ洗礼堂、ジョットの鐘楼、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂とフィレンツェの色(ベコッチ出版社 フィレンツェより)
(右)ベコッチ出版社 「フィレンツェ」
ウフィッツィ美術館の開館は午前9時。8時半には既に長い列が出来ている。ドイツから来たというご夫人が我々の前に並んでいる。早く開ければいいのにねえ、とお喋りしながら開館を待つ。
ジォット、ボッティチェリ、ラファエロ、ダ・ヴィンチ、ティツィアーノ、ミケランジェロ等々、華のクワトロチェント(1400年代)を演出した巨匠達の作品が待っている。
開館前のひととき
(左)「ウフィッツイ」美術館総合ガイド本 (右)「ダヴィデ」ミケランジェロ(アカデミア美術館)(ベコッチ出版社フィレンツェより)
(左)ボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」(右)「荘厳の聖母」左チマプーエ、右ジョット(左右ともベコッチ出版社フィレンツェより)
昨日ストで入館出来ず断腸の想いでフィレンツェを後にした沢山の美術愛好家の人々は、今頃どこを旅しているのであろうか。私にとって今回が3度目の美術館ではあるが、メディチ家の財力を結集したルネサンス美術の作品群は、ルーブルとは異なる迫力で私を迎える。川向こうのペッティ宮まで結ぶヴァザーリの廊下の一部を体験し、鑑賞に足が棒となった我々は屋上のカフェテラスで休息を取る。
(左)ヴァザーリの廊下とヴェッキオ橋 (右)美術館屋上のカフェテラスで休憩
この街は街全体が美術館でもあり、辻々の建物の角に何気なく名画が通行人を見下ろしていたりする。もっとも、5年前に会った都市計画を担当する市の役人達は、掘れば出てくる地下遺跡や地上の文化遺跡に再開発が困難を極め交通網も整備出来ず、大いなる嘆きを漏らしていたのを思い出す。
クワトロチェントの匂いを満喫した我々は、金銀細工の店が両側に並ぶアルノ川に架かるヴェッキオ橋を渡り、アルノ川左岸にあるペッティ宮殿に向かう。
フィレンツェの商人ペッティが建てメディチ家に売却されたルネサンス宮殿で、宮殿内は今は総括的な美術館にもなっている。裏側には広大なイタリア式のボボリ庭園が広がって高台からはフィレンツェの街並みが一望できる。
(左)ペッティ宮殿 (右)フィレンツェの街並みを背景にボボリ庭園にて
再び旧市街地に戻る途中に、レターセットのお店があった。品物はピンきりであるが、上品で比較的安いものがあったので購入し、帰国後少し畏まったお祝い等の祝辞に使っている。透かしの入った厚手の上質の紙を使っている。
カラフルな便箋 メーカーの刻印
さて、トスカーナに来て食べると言えば、「Tボーンステーキ!」。
Tボーンステーキ、Bistecca alla Fiorentina(ビステッカ・アラ・フィオレンティーナ)は、トスカーナ特産キアーナ牛を数ヶ月じっくり熟成させ、ゆっくり血抜きをし、表面を焼いて(中はほとんど生状態)供される。血抜きされているため、生臭さは感じられないステーキとか。
ホテルで美味しい所を聞くと、ここが穴場で一番!とホテルの近くの地元の肉料理店を教えてくれた。早速予約を入れて貰う。しかし、この「バルビーニ」(IL LATINIという店かも?)というレストラン、いつも開店前にお客が大勢待つから早めに行ってくれと言う。
(左)グランドホテル(現セントレジス・フローレンス・ホテル) (右)夕食前、ロビーにて
地図を頼りにお店に行くと確かに大勢の人が開店を待っている。開店と同時に皆自分達の席を確保しようと競って店員にアピールする。あまり予約は関係ないようだが、こちらもそれをアピールすると何とか席につけた。数列の長いテーブル席がすぐにお客で埋め尽くされる。
「バルビーニ」(IL LATINIかも?)にて1kgのフィオレンティーナ
お隣は米国からの老夫婦とスペインからの新婚さん。早速1kgのフィオレンティーナ(Tボーンステーキ)をオーダーする。かなりの代物だが、みんなとわいわいがやがや喋っているとお腹に納まった。さすがに老夫婦はライトメニューであったが、新婚さんも同じものを完食。ステーキ好きの我々夫婦、この夕食にはお店の雰囲気と共に大満足である。
さあ、明日はアッシジ経由、ローマまでバスの旅である。
クワトロチェントの匂いとフィオレンティーナ -フィレンツェ ― 1996.05.02
(左)サンジョバンニ洗礼堂、ジョットの鐘楼、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂とフィレンツェの色(ベコッチ出版社 フィレンツェより)
(右)ベコッチ出版社 「フィレンツェ」
ウフィッツィ美術館の開館は午前9時。8時半には既に長い列が出来ている。ドイツから来たというご夫人が我々の前に並んでいる。早く開ければいいのにねえ、とお喋りしながら開館を待つ。
ジォット、ボッティチェリ、ラファエロ、ダ・ヴィンチ、ティツィアーノ、ミケランジェロ等々、華のクワトロチェント(1400年代)を演出した巨匠達の作品が待っている。
開館前のひととき
(左)「ウフィッツイ」美術館総合ガイド本 (右)「ダヴィデ」ミケランジェロ(アカデミア美術館)(ベコッチ出版社フィレンツェより)
(左)ボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」(右)「荘厳の聖母」左チマプーエ、右ジョット(左右ともベコッチ出版社フィレンツェより)
昨日ストで入館出来ず断腸の想いでフィレンツェを後にした沢山の美術愛好家の人々は、今頃どこを旅しているのであろうか。私にとって今回が3度目の美術館ではあるが、メディチ家の財力を結集したルネサンス美術の作品群は、ルーブルとは異なる迫力で私を迎える。川向こうのペッティ宮まで結ぶヴァザーリの廊下の一部を体験し、鑑賞に足が棒となった我々は屋上のカフェテラスで休息を取る。
(左)ヴァザーリの廊下とヴェッキオ橋 (右)美術館屋上のカフェテラスで休憩
この街は街全体が美術館でもあり、辻々の建物の角に何気なく名画が通行人を見下ろしていたりする。もっとも、5年前に会った都市計画を担当する市の役人達は、掘れば出てくる地下遺跡や地上の文化遺跡に再開発が困難を極め交通網も整備出来ず、大いなる嘆きを漏らしていたのを思い出す。
クワトロチェントの匂いを満喫した我々は、金銀細工の店が両側に並ぶアルノ川に架かるヴェッキオ橋を渡り、アルノ川左岸にあるペッティ宮殿に向かう。
フィレンツェの商人ペッティが建てメディチ家に売却されたルネサンス宮殿で、宮殿内は今は総括的な美術館にもなっている。裏側には広大なイタリア式のボボリ庭園が広がって高台からはフィレンツェの街並みが一望できる。
(左)ペッティ宮殿 (右)フィレンツェの街並みを背景にボボリ庭園にて
再び旧市街地に戻る途中に、レターセットのお店があった。品物はピンきりであるが、上品で比較的安いものがあったので購入し、帰国後少し畏まったお祝い等の祝辞に使っている。透かしの入った厚手の上質の紙を使っている。
カラフルな便箋 メーカーの刻印
さて、トスカーナに来て食べると言えば、「Tボーンステーキ!」。
Tボーンステーキ、Bistecca alla Fiorentina(ビステッカ・アラ・フィオレンティーナ)は、トスカーナ特産キアーナ牛を数ヶ月じっくり熟成させ、ゆっくり血抜きをし、表面を焼いて(中はほとんど生状態)供される。血抜きされているため、生臭さは感じられないステーキとか。
ホテルで美味しい所を聞くと、ここが穴場で一番!とホテルの近くの地元の肉料理店を教えてくれた。早速予約を入れて貰う。しかし、この「バルビーニ」(IL LATINIという店かも?)というレストラン、いつも開店前にお客が大勢待つから早めに行ってくれと言う。
(左)グランドホテル(現セントレジス・フローレンス・ホテル) (右)夕食前、ロビーにて
地図を頼りにお店に行くと確かに大勢の人が開店を待っている。開店と同時に皆自分達の席を確保しようと競って店員にアピールする。あまり予約は関係ないようだが、こちらもそれをアピールすると何とか席につけた。数列の長いテーブル席がすぐにお客で埋め尽くされる。
「バルビーニ」(IL LATINIかも?)にて1kgのフィオレンティーナ
お隣は米国からの老夫婦とスペインからの新婚さん。早速1kgのフィオレンティーナ(Tボーンステーキ)をオーダーする。かなりの代物だが、みんなとわいわいがやがや喋っているとお腹に納まった。さすがに老夫婦はライトメニューであったが、新婚さんも同じものを完食。ステーキ好きの我々夫婦、この夕食にはお店の雰囲気と共に大満足である。
さあ、明日はアッシジ経由、ローマまでバスの旅である。