いろはに踊る

 シルバー社交ダンス風景・娘のエッセイ・心に留めた言葉を中心にキーボード上で気の向くままに踊ってみたい。

姉の日記 3

2005年10月08日 17時20分22秒 | 十八歳の思い出日記
 二月一日(日)曇り
 十一時の汽車にて母と弟は石塚の畠へ行き、天気予報では今夜雨か小雪と
いっていたが寒い日。一日こたつに入ってラジオをきいたりして午前中を過ごし
てしまったが、午後からは明日の登校の準備に一生懸命にやった。
 新しいオーバーをきてみれば胸も肩もペチャンコに細くなってしまって形が悪
い。ずい分やせたものだ。手はきれいになったけれど、姉から羨ましがられたり
恨まれたり……。
 いつも重荷、私の肩にある。一つは町田先生へのお便りを出していない事。
二つめは履歴書を書く事、おっくうである。先生なんと思っていらっしやるだろ
か。でも必ずお手紙はあげます。
 夕方とっときのとっときのリンゴを姉が無性に食べたいというのでほおばった。
父より一枚でもよいから履歴書を明日書いておくようにと言われた。明日は学
校へ顔出しをしてみるつもりで準備をしたがお天気が……


  追記 昭和20年当時の私の兄弟は、長女・次女(思いで日記記述)・
    長男・次男(私)・三女・四女の六人兄弟だった。次女の姉は、今考
    えると肺結核だった。目が大きく美人で字がとても綺麗、これが高校
    三年生の字体かと思うほど達筆である。それは父親似である。小さい
    時の記憶はほとんど飛んでいるが、姉が残した日記でその当時の情景
    がおぼろげに思い出される。
     汽車に乗っての畑仕事。一つ思い出しました。早朝自転車に乗って
    よく馬糞集めをしたことを、肥料不足を補うためにである。
     町田先生は、恐らく姉が通う高校の先生だと思う。姉の淡い恋心に
    せつなさを感じている。
     手元には、矢絣の着物を着て撮った写真がある。いつまでも十八歳
    のままの姿で。

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冬の季節 84編

2005年10月08日 08時25分51秒 | 娘のエッセイ
 ”永すぎた春”という言葉がある。この場合、春とは結婚のことをさす。とい
うことは女の子が女性になり、面白可笑しく毎日を過ごし、様々な男性と自
由に交際するシングル時代は、冬の季節だというのだろうか……。

 皆が平等に学生だったり、OLだった時代を経て、二十代最後の年の今、
女友達たちの人生行路はバラバラになった。

結婚しているか否か、子供がいるかいないか各人各様である。そんななか、
私同様シングルを通しているK子が、そっと私に言った。

「ひとりだけ、先に結婚しないでね」。K子が結婚、というよりウェディングド
レスに憧れているのは前から知っていた。 でも、本当は憧れではなかっ
たのだろうか。

自分勝手で我が儘な理由から、結婚を拒否し続けている私と違って、K子
は周りの友達が結婚する度に、取り残されたような淋しい思いをしていた
のかもしれない。

 先日、美容院で中年の美容師の女性と話をした時、彼女が言った。「結
婚して子供を産まなくちや、女として価値がない」と。

その時、私は頭から火を吹きそうになった。彼女には不妊に悩む女性の気
持ちや、K子のような女性の気持ちを分かろうとする気はまったくない。

彼女の持論からすれば、結婚してなきゃ女として冬、結婚しても子供がな
ければ女として冬、というわけだ。まったく、冗談じゃない。こういう差別を
して平気な顔をしている彼女の心こそ、うすら寒い冬だ。

 ある時、会社の三十代の男性が言った。「愛情が同情に変わることって
あるんだよな」。こんなふうに夫に言われる妻にとって、結婚は春のように
暖かだったろうか?

「自分勝手な人生はやめて!」と叫ぶ妻の心は、冬のように凍えているの
ではないだろうか?

 シングルが冬なのではない。結婚が冬なのでもない。冬の心を持つ女性
こそ、女として冬の季節を生きているといえはしないか。

 だからこそ、気持ちよく生きている限りなら、他人がなんと言おうと、季節
は当人にとって心地良い春なのだ。
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姉の日記 2

2005年10月07日 18時26分00秒 | 十八歳の思い出日記
 一月三十一日(土)晴
 ○○銀行へ二百十円の××費を下ろしにいった。銀行内はどこも黒山。銀行
なんていった事のない私は、場所や数字がわからなくて転手古舞した。常識は
養わねば社会へでればいろいろ難問にぶつかることをしみじみ思った。
 かえりに長沢さん片倉さんに会った。マスクをしているのに「真蒼な顔をし
てるわよ・お元気でね」なんていわれてしまった。ほんとに今日のお天気で、
みんな汗をかいているのに青顔をしているのは私位。厳寒休暇も明日でおしま
いなのでみんな……。偶然筒井さんとお母さんにお会いした。私が歩いている
のをみてもう治ったのと筒井さんは嬉しそうだった。でも私は ”この時”程
孤独感を思ひさびしさにひたって侘しい思ひを感じた事はない。
 私の性質……それにつけても町田先生へ唯一の純情を捧げる事のでき得な
かった私は不孝者であったかもしれない。”両親”を得るよろこび否、さびし
さがさせた父母への懐郷心をしみじみ静かに味わった私の実感である。
 小筆十一円求める。病院へよって用紙を出してきた十二時頃病院もしんとし
て何かわびしい。乙女のやるせない思いとはこれをいふのか。
なにしろ○○銀行まで往復徒歩でとてもくたびれてお昼の食事もまずくて、
おかゆを一膳やっとの事でのどへとほした。八百健さんでリンゴを二個買った。
今年になってからでもリンゴは二百位食べたろう。
 せっかく姉が縫ってくれたモンペは股下が長くて切り下してやりなほした。
母とおそろいに妹のを縫ってる。母もモウロクしてきて、もんぺの股上を縫ふ
のを裾まで縫ってしまって、フフ・ハハ「おおやだ・あっしは」母はがっかり!
 電気が正確に配置されお勝手が非常に明るく便利になった。今度は雨がふ
っても風が吹いてもびくともしない。ずいぶん広くなった。お勝手は四畳半の
外に押入れ分の戸棚はあるし、土間は広く大島台の家よりは少し小さい位にな
った。しかし毎日の「インフレ台帳」、建築費、ヤミ買を全部ぬいてほんとの
配給で細々としたもの買って、今の家の経費は一月二万~三万!父の重い足
どりをきくのにその思う心。今日の電気屋の代だって千五百円とか…夜大工さ
ん千何百円…
 ほんとに父親の力の偉大さ、又責任感、泣きごとは子供にきかすまいと思っ
ていられる。私の父母、このような有難味は他にはあるまい。
 「二十の扉」柳や権太郎さんがいて非常に面白かった。「ジュゲム」「カミ
フウセン」「イロガミ・チヨがミ」


 
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今年の冬も土鍋は売れる?83編

2005年10月07日 08時39分45秒 | 娘のエッセイ
 暖冬である。けれど今の日本人にとって、今年の冬は別の意味で、寒いので
はないか?去年の冬、残業が減って家で食事をする男性が増えた為、味噌、
正油、そして土鍋がとても良く売れた。

安くて美味しいモツ鍋の異常人気も、記憶に新しい。そのような社会現象から考
えてみると、一家揃っての食事、家族団欒が思い浮かべられるが、どうも内情
はそれほどホノボノとした温かなものばかりではないらしい。なぜなら、日本の
離婚率は上昇しているという事実があるからだ。

 休日の増加、勤務時間の短縮によって、夫が家にいる時間が増えた為に、
主婦の間に「主人在宅ストレス症候群」なる症状が生じているという。

そう言えば、消防士の男性と結婚した友人Yは、何日かに一度、夫が夜勤で家
にいないから、息抜きができていいよ、と言っていたっけ。もしかしたら日本
の家庭は、バブルの間に夫がいなくて初めて円滑に作動するようになってしま
っていたのかもしれない。

 また、一時期騒がれた「成田離婚」の影に、現在もうひとつの「成田離婚」が
存在するという話もある。

それは末の子が成田からハネムーンに発ったのを見届けた後、両親が離婚を
するケースのことだそうだ。それも言い出しするのは、ほとんど妻側である
らしい。

 ところで、鍋が売れても会社の忘年会などで、鍋料理の登場回数が少ないの
は、友人K子の説明によれば「嫌いなおじさん達と、ひとつの鍋をつっくのな
んて、ヤじゃん」というのが理由らしい。

 それならば、デパートで家庭用の土鍋が売れているうちは、まだまだ家庭安
泰ということか。もし、鍋料理がひと冬中食卓に登場しなかったり、キッチン
から土鍋が消えていたりしたら、それは赤信号だ。

 さて、ことしの冬も、土鍋は大きな顔をしてデパートのカウンターに山積みさ
れるのだろうか? もし、売れなかったとしたら……たぶん、日本の今年の離婚
率は、去年よりまた上昇するに違いない?

『講評』
 例によって貴女の「文明評論」まことにエスプリとユーモアがあって結構でし
た。小道具として土鍋が出てくるこれがいい。なんともいえぬおかしさのある品
物です。
 中心テーマは夫と妻のこと、男と女のこと、このテーマも一貫して貴女が取り
組んでいること。この路線は、この世の中のいちばん基本的なテーマ。ですか
ら、トコトン書き続けて下さい。
 会社の会合ではナベは出ない。嫌いな人間と囲むのはイヤ、だかららしい。
してみると、家庭用の「ナベが売れる」ということは、夫と妻が依然として好き
同士である。ということの証明。これはまことにうまい。

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姉の日記 1

2005年10月06日 09時56分37秒 | 十八歳の思い出日記
 一月三十日(金)曇り
 雲がむらがって晴れたり曇ったり寒いので雨戸をしめゆっくり母とこたつに
暖まった。夜は”ひらめ”病人扱いがかえって苦しく感じられる。父は男だから
こそ口には出さないが、私を心配してる気持ちはしみじみわかる。

 夕方六畳で一人でいたら景子あげようか。母はリンゴを買ってきて下さった。
おいしくて、体中一っぱいオレンヂの香りがみなぎったようだった。
父母の心配は一通りでないのに……

 弟(現在72歳)の職業について又私の就職について、夜みんなで話した。
”梅原屋”という大きなおろし漬物屋で両親ともいい人だし、どれが嫌だこれ
がいやだといってさまよっても、結局これがいいというのはどの仕事の内にも
秘められている。

 弟も一まずそこにきまった。何しろ、長男だから将来を考えると一番慎重に
思考すべきである。
 私のはやっぱり漬物会社の事務員(千二百円位)か西洋堂か、何しろ今から
頼んでおかないと卒業まぎわになってさわいでも駄目なので二・三枚履歴書を
書いておくようにいわれた。
このような就職問題は特に父親の力によるもので両親の健在をこの上なく幸福
に思った。男の力の偉大さだ!

 就職という事をもちだされて何となく心が落ち着かない。
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ハンカチ 82編

2005年10月06日 09時05分05秒 | 娘のエッセイ
 三月十四日が近づくと、デパートのハンカチ売り場が『ホワイトデーにはキャ
ンディ』から脱皮した人達で、にわかに混雑しはじめる。そう、義理チョコの

お返しとしてハンカチを贈るのだ。が、今年の傾向としてはショーツを贈るとい
うのがトレンドらしい。

 デパートの下着売場の一角に設けられたコーナーに並んでいる絹のショーツ
を、若い男の子やおじさん達が平気で買ってゆく。男の意識も変わったものだ。

 ところでこのハンカチ、重宝する贈り物のひとつだ。
まず、贈り物の脇役として役立つ。例えばきれいなペパーミントグリーンのシャ
ッツをプレゼントとして用意したとする。それだけでは少し物足りない。

かと言って薔薇の花を一本添える、などというキザなことはしたくない。そんな
時こそハンカチを登場させよう。シャツと同系色の大判のハンカチ、ムードの合
う靴下も揃えると一層いい。

 グリーンの濃淡で揃えたシャッ、ハンカチ、靴下を箱の中に上手に配置して
ラッピングすれば、シャツだけの贈り物よりうんと洒落たものになることうけあ
いだ。

ついでに、リボンや中に敷く紙も同系色や反対色にするなど、ちょっと凝れば
なおさらGOOD!

 もちろん、主役としてもハンカチは大活躍だ。ちよっとしたことのお礼に、
ご挨拶がわりに、ただ意味もなく気にいったものがあったから、などというのも
ハンカチの価格が手頃で、贈っても貰っても負担にならないものだからだろう。

そんな時も、包装をデパート任せにしないで自分で楽しみたい。ハンカチを透
明のセロファンで飴のように包み、捩じった両端をリボンで結ぶ。ワイングラス
にハンカチを入れてラッピングする、などなど。

 ただハンカチにも、問題点がひとつ。便利なだけにありふれたものになりや
すいことだ。

 だから本当は早くハンカチの贈り物から卒業したいのだが、まだしばらくの
間難しそうだ。

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欲しい縁は青い鳥 81編

2005年10月05日 10時19分45秒 | 娘のエッセイ
 『燃えつき症候群』『パーフェクトとウーマン』など本屋に並ぶその種の本を
見ると、つい手に取ってしまう。(招来の私みたい)という気持ちで。

 ひとつは生まれたとき、すでに様々な縁とつながっているのだろうが、私の
場合、仕事と、とても深い絆で結ばれているようだ。私は、いつも行く先々で
気が付くと必ず一番忙しい立場になっている。(あー、不公平だ)。

そう思いつつもまた、いつの間にか自分で仕事のテリトリーを広げてしまう。
忙しいのだからやらなきゃいいのに、見逃すことが出来ずに手をつけている。
まったく墓穴を掘るとはこのことだ。

 「もう、過労死も近いかな?」とぼそっと呟くと「そんなの嫌だ」と、隣で
一緒にテレビを見ていた彼が叫ぶ。けれどそんなことを言いつつも、実は私
は仕事が大好きなのだ。

だから(仕事をするには結婚なんて邪魔クサイだけだ)と、今まで思っていた。
が、本当の私は、私を理解し受け止めてくれる男性が側にいてくれないと、
その好きな仕事さえ満足にやっていけない程弱かったのだ。

 最近になって、やっとその事実を受け止められるようになった。今までは認
めたくなかった。ずっと、ずっと強い女でいたかった。だって、サクセスが欲し
かったから。

けれど、もし家庭をもってそこで安心感を得られるなら、その上で仕事を好き
なだけしてもいいなら、結婚ってものも悪くはないかもしれない(ああ、そんな
縁が欲しい。欲しいョー)と今さら言っても、神様は「ほらよっ」と簡単にくれ
たりはしない。

 やっぱり自分で探すしかないか……ガックリ落ちる肩(と思ったらただの
なで肩だった)。

 でも、待てよ。『青い鳥』の結末は何だったけ? もしかしたら、私の青い鳥
も手を伸ばせば届く場所にいるのかもしれない。

 ところで、サクセスと結婚を天秤にかけたらどちらに傾くだろうか? サクセ
スと愛なら両立させるのは簡単だけれど。

 その昔、選択を追られた先輩方にぜひ聞いてみたいものだ。

 (注) 文中のサクセスは、「しっかりと手ごたえとやり甲斐のある、しかも
     生涯かけて時めくような何かを生み出すもの…地位、栄達などか」と
     私はその意を汲み取りました。

 このエッセイの「青い鳥」の心境は何歳の時は分からないが、娘は32歳の時
に結婚式を挙げた。その時に紹介された娘のプロフィール。

 生年月日: 1965.9.23  血液型 A型
 趣  味: ◎読書・文章書き(エッセイほか)・絵画鑑賞
       ◎テディベアコレクション&テディアベア作り
 経  歴: 高校卒業後、医療秘書の学校へ行き、病院の受付のおねえさんと
       なる。その後180度転換し、電気設備会社に働く。そこで
       CADやトレースを覚え、道路図面と建築図面に囲まれた日々を
       送る。そして次の職場で○○君に出逢う。(ビビビッはなかったが
       何故か今日の日を迎える)
        現在は障害者地域作業所に勤務。

                披露宴の演出について
 本日、私たちがケーキカットした生ウェディングケーキ。中に一粒だけドラジェ
が入っています。”幸せのおすそわけ”の意味も含め、ドラジェの入ったケーキ
に当たった方に、ささやかですがプレゼントを用意しました。
どうぞ、たのしみながらお召し上がり下さい。

        遠い雲
     あなたと歩いていると
     もろもろのものが
     相寄ってくる
     山も鳥も
     遠い雲までも
     近づいてくる
     天地一ぱいの
     広々とした
     豊な心になってくる
               坂村真民詩集より

 長女は平成12年5月に亡くなったが今も、長女の部屋には、結婚式当日の
スケジール表などが立ち見姿鏡に貼ったま残されている。
そして持って行くものとして

1 白のストッキング
2 ドレス用下着
3 司会者ヘ渡す 紙
4 二次会用くつ(はいていってもいい)
5 宿泊用セット
6 ポヂ(前もって母へ)
※化粧はせず、スキンケアのみ。髪は完全に乾かしておく……
 
 

 
  
  
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生しらす丼

2005年10月03日 19時01分52秒 | Weblog
 サークル仲間35名で箱根へダンス旅行に出かけた。途中、ガラスの森美術
館と仙石原のススキを鑑賞した。

 ダンスでの女性群は、それぞれに色鮮やかな赤・水色・薄緑などホールを彩
るドレスで伸び伸びと踊っていた。色々なアトラクションを織り交ぜての交流
ダンスだった。

 ダンス終了後の23時頃からダンス、身の上話などなどの花を咲かせての談
話は午前1時まで続いた。平均年令は70歳以上の人たちである。

 帰りはそれぞれにグループごと帰路についた。私たちは、海沿いの道路を走
り江ノ島橋の入口に着いたのが丁度昼食に良い時間帯だった。

 昼食をと言うことで、回りを見れば古い居酒屋風の定食やがあった。このよう
なところの方が案外おいしいかも知れないと暖簾をくぐった。

食材はすべて海の幸である。生しらす丼があるねえと思いながら周りを見ると、
それを食べている人が居た。しらすの盛り付けをみて、おお!おいしそうだとい
うことで4人とも「生しらす丼」を注文した。

 初めて味会う「生しらす丼」うまい!生姜おろしかわさびをむらさきでかきまぜ
それをしらすの上からかけて食する。本当にうまい。

腰越の浜辺でしらすの釜茹でを近くのお店で販売しているが、この「生しら
す丼は初めての経験であった。近くに、隠れた丼があるとは思わなかった。

 ちなみに。お値段は千円である。今回の旅行での最高の出会いであった。
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心もサービス? 80編

2005年10月01日 08時30分39秒 | 娘のエッセイ
 今年も二月十四日という一日が、無事に過ぎ去った。バブル全盛期には嵐の
ような一日だったが、今年は不景気のせいで春一番程度の勢いだったようだが。

 ところで、一体いつの頃からこのバレンたタインデーは、チヨコレート配布
デーに変わってしまったのだろう?恐らく、義理チョコなどという言葉の発生が、
諸悪の根源だ。

 私の十代のの頃も、似たようなものはあった。けれど、そこには、それなりの
気持ち、ラブではないけれどライクだよ、といったものが込められていた。

彼の友人に渡すチョコ、学校の先生に渡すチヨコ、それは義理なんかじゃなか
ったはずだった。

 だけど今は……。二月十四日の為のOLの出費額の平均は、幾らぐらいなの
だろう? 私が会社に勤めていた時は、”福沢諭吉よサヨウナラァ”の世界であ
った。

前日までに、まるでバーゲン会場のようなデパートの洋菓子売り場で奮闘し、当
日は大きな紙袋を抱えて満員電車に乗り込む。

擦れ違う女性同士、相手の紙袋の大きさに目を走らせ、『あなたもなの、大変
ね』という無言の言葉を交わしているように思えたのは私だけだろうか。

 バレンタインの伝説さえ知らないであろう人が多い日本では、この日をいっそ
のこと、チョコサービスデーと改名したらどうだろう。チョコをサービスし、
その日だけ愛情もサービスする。

もちろん、そのサービスには元手がかかっているから、サービスに対する
サービス、つまりお返しは必要不可欠である。

 ああ、でも虚しい。それは虚しすぎる。お金によって、時間も若さも愛情?も
サービスしてしまう女の子が身近にいた。彼女は美しくなかった。

サービスで心をあげることでデパートのようになり、自分のカラーを無くしてし
まっていた。

 バレンタインに限らず、『愛情をこめて』のメッセージ付きプレゼントを、私は
絶対にサービスなんかであげたくない。

 何事も、サービス過剰は時代遅れなのだ。
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