約束は未来に、恵みは過去に
「あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです。」(フィリピ1章29節)
パウロは伝道を妨げる敵対勢力に悩まされ、今や獄につながれている。このような苦しみもまた神の恵みであると言う。人は信仰によって慰めを得たいと思う。事実、信仰によって慰めを得ている人も多くいるだろう。しかし、キリスト信仰は、慰めを求めて信じる信仰ではない。慰めは、信じた結果として与えられる恵みである。そういう意味では、恵みは歩んできた過去の足跡の中に数えるものである。約束は未来に、恵みは過去にといわれるように、先々の恵みを期待する信仰は、不都合なことが起これば、さっさと信仰を捨ててしまうだろう。パウロは、彼の伝道に敵対する者によって投獄され、思わぬ苦しみを味わうことになったが、これもまたキリストを信じる信仰の結果だと受けとめ、これもまた恵みであると感謝して受け取ったのである。