NHK大河ドラマ「花燃ゆ」も吉田松陰の処刑場面を迎え、序盤も大詰めといったところです。松陰が「松下村塾」の塾生に常々問うていた「君の志は何ぞや?」というセリフが頭を離れません。
志・・大義によって、その人の進むべき方向は自ずと決まってくる。
名だたる幕末の志士たちは、将軍や大老を中心にしていた古い幕府の体勢から天皇中心の新しい日本国の建設を夢見て、その短い命を戦乱の世に散らしていった・・
松陰の教え子である「松下村塾」の塾生たちを始めとした若い勢いが、幕末明治にかけての原動力になったわけですが、その教えとしての「初志貫徹」が、時代を超えて、業界を超えて、全ての根源だと思うのです。
昨年も、料理店を始めようという若い店長が、
「何事もブレない事」
と強く念を押していました。コンセプトが計画から最後までブレない事・・
それが世の中の企業として一番大切なのだと思います。
それでは、当社のコンセプトは・・大義とは何だったのか・・
それは去る西暦2000年の環境講演会を聞きに行った事に尽きます。
「現状の社会活動を続けていれば、地球環境に負担が掛かり、人類の破滅につながりかねない。地球温暖化を阻止するための活動が必要である。」
講師に突き付けられた現実。この命題に向かって、当社としてどうすべきか?
個人的には、黒船が来航して、世の中が終焉を迎えるような・・そんな感想も持ちました。
そして、県内の色々な環境ボランティア団体を回った結果、
「蛇口の水をひねれば水が出るが、それは川上の人達の森の手入れの賜物である。
その上流が、輸入材に圧されて絶滅に瀕している・・」
という考えに突き当たったワケです。
「輸入材の使用を止めて、県産材を使う」
という、今までの形体から180°転換するのですが、それは、その時の時代の流れと全く逆行する考え方です。
県産材を使いきるには、県産材の弱点である
〇弱い
〇狂う
〇色が悪い
の3拍子を受け入れて、技術的に克服していく必要があります。
当時は県産材の「け」の字もなく、材木屋さんでも「流通は無理」と笑われたものです。
当然、利益は減り、売り上げも減少する。会社存続が難しくなっていく・・・
経営としては、自殺行為です。
でも、それをやらねば、「人類の破滅」が待っているのならば、それをやらなければならない・・・
それを決意して、舵を切ったのが15年前・・・
私の考えは一寸たりとも「ブレ」てはいない。
むしろ、その間に、「伝統構法・・木組み」という日本の伝統を受け継ごうという志も湧いて来ています。
おそらくは、「大義」の方向に、必ずついて回るものだったのでしょう。
「自然の木を使うために、蓄積されてきた家づくりの知識、伝統の技」
というのが、自然と身についてくる。教えてもらったものでなく、古民家や寺院を見ると何となくわかるのです。先人の教えの本質がダイレクトに心に響いてくるのです。
形だけを真似たとしても、「志」がしっかりしていなければ「ブレてしまう」のです。
やはり、吉田松陰の言っていた「大義」や「志」が、自ずとその者の進むべき道を決めるのだな・・と、最近つくづく思います。
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