今朝は新聞休刊日なので、昨日のコラムを見てみましょう。
朝日新聞
・「悲別」と書いて「かなしべつ」と読む。閉山した炭鉱の町だが、実在はしない。脚本家の倉本聰さんがつくり出した架空の地である。まだ貧しかった戦後の時代、這(は)い上がる日本を地の底から支えたのがヤマの人たちだった
▼国が豊かになるのと入れ違いに炭鉱はさびれていく。倉本さんが「悲別」を舞台に、失われゆく故郷(ふるさと)と人間模様をドラマにしたのは1984年のことだ。以来29年、今度は炭鉱に原発を重ねた劇をつくり、全国ツアーが始まった
▼その「明日(あした)、悲別で」を見ると、国策に翻弄(ほんろう)されて悲哀をなめ、怒りにふるえる個々の存在がつきつけられる。国の舵取(かじと)りにもまれて、使い捨てにされる人間。名もない人々の一語一語が胸に刺さる
▼閉山で去る労働者らは坑内に刻む。「我ラ世ニ遅レ不要ト言ハレタリ ヨッテ此処(ここ)ヲ去ル 文明我ラヲ踏石(ふみいし)ニシ高所ニ登リテ 踏石ヲ捨テル 踏石ノ言葉既(すで)ニ聞クモノナシ」。誰にも起こりうる痛みを分かち持ってほしい、と倉本さんは言う
▼現実に戻れば、原発事故で故郷を追われた多くの人は、帰るめどが今もたたない。なのに原発への関心や、痛みの共有は薄れてきたようだ。総選挙でも主役は経済が占め、原発は脇に追いやられた
▼炭鉱や原発に限らず、人が軽くみられる社会で希望を探すのは難しい。足尾鉱毒を告発した田中正造をまねて言うなら「真の文明は人を棄(す)てざるべし」であろうと、舞台を見終えて考えた。もうひと月で、3・11から2年の日がめぐってくる。
毎日新聞
・「議会は男を女に、女を男にする以外は何でもできる」とは議会制民主主義発祥の地・英国で17世紀に言われた言葉である。あらゆる物事は言論をたたかわせることによって決められるという信念。そこにあるのは議会の万能性への過剰なまでの自信だ
▲それに比べ日本の議会の気の毒なくらいの非力さはどうだろう。国の重要ポストにかかわる人事案を先に新聞に書かれてしまえば議会は議論も判断もできない。言論の手足を自ら縛るそんなルールがあるのだから
▲民主党がこれを盾に公正取引委員長の人事案提示を拒んだ。国会同意人事が事前報道されれば「議会の形骸化」につながるとの理由らしい。早めに知った方が情報を集める時間ができて議論の質も高まるだろうにと思うのはこちらの浅知恵か
▲米国ではヘーゲル次期国防長官の承認手続きが議会で進んでいる。同氏の過去の言動をめぐり審議は白熱した。オバマ大統領がヘーゲル氏を指名したのが先月7日。メディアが人事案を報じたのはその3日前だ。米国の議員がこれにヘソを曲げて席を立った話は聞かない
▲「俺は聞いていない」と怒って力をひけらかすカビ臭い政治は国民に笑われるだけだ。皮肉屋で知られたドゴール元仏大統領の「政治はあまりに重要なので政治家には任せられない」というセリフが皮肉に聞こえなくなってはおしまいではないか
▲さすがに民主党からもルールを見直す声が出てきたのは当然だろう。日銀総裁人事も控えている。「なぜ外に漏れたのか」を詮索する時間があるなら米議会のように適性を徹底審議する方がよほど「議会の形骸化」防止になるはずだ。
日本経済新聞
・廃業した元印刷工場。古びた壁に囲まれた空間を、20代、30代らしい人々の熱気が埋めている。先週末、東京都心の目黒駅に近い一角で、ちょっと変わったオフィスの開業祝いがあった。手作りの机に、キッチンの付いた集会所。若い個人起業家が会費制で使うという。
▼名前は「ハブ・トーキョー」。英国発、世界40カ所以上に広がる共同オフィスの日本第1号だ。利用者同士で励まし合い、ノウハウや人脈を共有し、それぞれの成功を目指す。元工場を借りて東京版を立ち上げたのは、若い女性の2人組。大手シンクタンクと米系投資銀行で支援する側の経験を積み、今度は自ら起業した。
▼志を同じくする者同士が助け合い、道を切り開く。そのための場が街に増えている。ハブなど起業家の雑居オフィス。個人でものづくりができる米国発の「ファブラボ」。同じ仕事を志す人が集まって住んでしまおうという、コンセプト型シェアハウスと呼ばれる共同住宅。企画運営の担い手が若い世代自身の場合も多い。
▼天下国家を論じた旧制高校の寮や有名漫画家を輩出したトキワ荘にも、こんな熱気があったのかもしれない。英国やシンガポールでは起業家育成のため、ミニ共同オフィスの設置を国や自治体が応援しているそうだ。日本の若者は元気がない。そんな年長者の思い込みをよそに、挑戦者らの秘密基地が日本各地で増殖中だ。
産経新聞
・ 青空を白いカモメが羽ばたいている。これが、かつてのリクルートのシンボルマークだった。東京オリンピックのポスターの制作で知られる故亀倉雄策さんのデザインだ。亀倉さんは、若き日の江副浩正さんの仕事にかける情熱にほれ込み、経営の相談にも乗ってきた。
▼カモメの舞う港町、神戸で中学、高校時代を過ごした江副さんの愛着もひとしおだった。娘を「かもめ」と名付けようとしたほどだ。やがて社員が、会社の外ではカモメの社章をはずさざるを得ない事態に陥るとは、夢にも思わなかっただろう。
▼会社に別れを告げた日も、江副さんはカモメが飛来する東京湾を眺めていた。この日の夕刊は、1面トップで、江副さんがリクルートの全株式をダイエーに譲渡するニュースを伝えていた(『かもめが翔んだ日』朝日新聞出版)。
▼「東大が生んだ戦後最大の起業家」「情報化時代の風雲児」ともてはやされた江副さんが引き起こし、政財界を震撼(しんかん)させた「リクルート事件」とは、何だったのだろう。群れから離れて、より高くより速く、無理に飛ぼうとしたカモメの悲劇だったのかもしれない。
▼子会社の未公開株をばらまき、政界に急接近した理由を、亀倉さんが事件の後で問いただしたことがある。「政治家が何かしてくれたのか」。「何もしてもらってません」。これが江副さんの答えだったという。
▼その江副さんの思いがけない訃報が届いた。江副さんとも、カモメのマークとも縁を切り、大きな危機を乗り越えたリクルートは今、1兆円を超える売り上げと、株式公開をめざして意気軒高だ。リクルート創業者の肩書だけが残った江副さんにとっては、「もって瞑(めい)すべし」ではないか。
中日新聞
・ 猫にちなむことわざは数多いが、ありそうでないのが<猫に首輪>。ネットの海に身を潜めた「真犯人」が現実の世界に姿をさらしたのは一度だけ。捜査当局との化かし合いに終止符を打ったのは、野良猫の首輪だった
▼ウイルス感染したパソコンから犯行予告が送信された遠隔操作事件で、警視庁と神奈川、三重県警などの合同捜査本部はきのう、威力業務妨害の疑いでIT関連会社社員の男を逮捕した
▼IT知識を悪用し、第三者のパソコンから殺人予告メールなどを送らせて無関係の人を逮捕させる前代未聞の犯罪だった。「『警察・検察を嵌(は)めてやりたかった、醜態を晒(さら)させたかった』という動機が100%です」と犯行声明に書かれていた。その目的はすでに達成したといえるかもしれない
▼自白を強制するでたらめな捜査手法が白日の下にさらされ、警視庁など四都府県警は誤認逮捕を認め、謝罪せざるを得なかった。警察当局への信頼は地に落ちた
▼「全く身に覚えがありません」と男は容疑を全面否認しており、捜査は慎重に進めてもらいたい。自らの欲求を充足させるために他人を踏み台にしたことが事実なら、卑劣な罪の報いは受けなければならない
▼同時に、刑事裁判を通じて検証されなければならないことがある。無実の市民をいともたやすく冤罪(えんざい)に陥れる、人権意識の乏しい捜査機関の体質である。
※ いつも書くのが、「どのコラムも上手い!」。
短い言葉の中に、絞り込んだ主張をピンポイントで伝えています。
文章を書く勉強になります。
朝日新聞
・「悲別」と書いて「かなしべつ」と読む。閉山した炭鉱の町だが、実在はしない。脚本家の倉本聰さんがつくり出した架空の地である。まだ貧しかった戦後の時代、這(は)い上がる日本を地の底から支えたのがヤマの人たちだった
▼国が豊かになるのと入れ違いに炭鉱はさびれていく。倉本さんが「悲別」を舞台に、失われゆく故郷(ふるさと)と人間模様をドラマにしたのは1984年のことだ。以来29年、今度は炭鉱に原発を重ねた劇をつくり、全国ツアーが始まった
▼その「明日(あした)、悲別で」を見ると、国策に翻弄(ほんろう)されて悲哀をなめ、怒りにふるえる個々の存在がつきつけられる。国の舵取(かじと)りにもまれて、使い捨てにされる人間。名もない人々の一語一語が胸に刺さる
▼閉山で去る労働者らは坑内に刻む。「我ラ世ニ遅レ不要ト言ハレタリ ヨッテ此処(ここ)ヲ去ル 文明我ラヲ踏石(ふみいし)ニシ高所ニ登リテ 踏石ヲ捨テル 踏石ノ言葉既(すで)ニ聞クモノナシ」。誰にも起こりうる痛みを分かち持ってほしい、と倉本さんは言う
▼現実に戻れば、原発事故で故郷を追われた多くの人は、帰るめどが今もたたない。なのに原発への関心や、痛みの共有は薄れてきたようだ。総選挙でも主役は経済が占め、原発は脇に追いやられた
▼炭鉱や原発に限らず、人が軽くみられる社会で希望を探すのは難しい。足尾鉱毒を告発した田中正造をまねて言うなら「真の文明は人を棄(す)てざるべし」であろうと、舞台を見終えて考えた。もうひと月で、3・11から2年の日がめぐってくる。
毎日新聞
・「議会は男を女に、女を男にする以外は何でもできる」とは議会制民主主義発祥の地・英国で17世紀に言われた言葉である。あらゆる物事は言論をたたかわせることによって決められるという信念。そこにあるのは議会の万能性への過剰なまでの自信だ
▲それに比べ日本の議会の気の毒なくらいの非力さはどうだろう。国の重要ポストにかかわる人事案を先に新聞に書かれてしまえば議会は議論も判断もできない。言論の手足を自ら縛るそんなルールがあるのだから
▲民主党がこれを盾に公正取引委員長の人事案提示を拒んだ。国会同意人事が事前報道されれば「議会の形骸化」につながるとの理由らしい。早めに知った方が情報を集める時間ができて議論の質も高まるだろうにと思うのはこちらの浅知恵か
▲米国ではヘーゲル次期国防長官の承認手続きが議会で進んでいる。同氏の過去の言動をめぐり審議は白熱した。オバマ大統領がヘーゲル氏を指名したのが先月7日。メディアが人事案を報じたのはその3日前だ。米国の議員がこれにヘソを曲げて席を立った話は聞かない
▲「俺は聞いていない」と怒って力をひけらかすカビ臭い政治は国民に笑われるだけだ。皮肉屋で知られたドゴール元仏大統領の「政治はあまりに重要なので政治家には任せられない」というセリフが皮肉に聞こえなくなってはおしまいではないか
▲さすがに民主党からもルールを見直す声が出てきたのは当然だろう。日銀総裁人事も控えている。「なぜ外に漏れたのか」を詮索する時間があるなら米議会のように適性を徹底審議する方がよほど「議会の形骸化」防止になるはずだ。
日本経済新聞
・廃業した元印刷工場。古びた壁に囲まれた空間を、20代、30代らしい人々の熱気が埋めている。先週末、東京都心の目黒駅に近い一角で、ちょっと変わったオフィスの開業祝いがあった。手作りの机に、キッチンの付いた集会所。若い個人起業家が会費制で使うという。
▼名前は「ハブ・トーキョー」。英国発、世界40カ所以上に広がる共同オフィスの日本第1号だ。利用者同士で励まし合い、ノウハウや人脈を共有し、それぞれの成功を目指す。元工場を借りて東京版を立ち上げたのは、若い女性の2人組。大手シンクタンクと米系投資銀行で支援する側の経験を積み、今度は自ら起業した。
▼志を同じくする者同士が助け合い、道を切り開く。そのための場が街に増えている。ハブなど起業家の雑居オフィス。個人でものづくりができる米国発の「ファブラボ」。同じ仕事を志す人が集まって住んでしまおうという、コンセプト型シェアハウスと呼ばれる共同住宅。企画運営の担い手が若い世代自身の場合も多い。
▼天下国家を論じた旧制高校の寮や有名漫画家を輩出したトキワ荘にも、こんな熱気があったのかもしれない。英国やシンガポールでは起業家育成のため、ミニ共同オフィスの設置を国や自治体が応援しているそうだ。日本の若者は元気がない。そんな年長者の思い込みをよそに、挑戦者らの秘密基地が日本各地で増殖中だ。
産経新聞
・ 青空を白いカモメが羽ばたいている。これが、かつてのリクルートのシンボルマークだった。東京オリンピックのポスターの制作で知られる故亀倉雄策さんのデザインだ。亀倉さんは、若き日の江副浩正さんの仕事にかける情熱にほれ込み、経営の相談にも乗ってきた。
▼カモメの舞う港町、神戸で中学、高校時代を過ごした江副さんの愛着もひとしおだった。娘を「かもめ」と名付けようとしたほどだ。やがて社員が、会社の外ではカモメの社章をはずさざるを得ない事態に陥るとは、夢にも思わなかっただろう。
▼会社に別れを告げた日も、江副さんはカモメが飛来する東京湾を眺めていた。この日の夕刊は、1面トップで、江副さんがリクルートの全株式をダイエーに譲渡するニュースを伝えていた(『かもめが翔んだ日』朝日新聞出版)。
▼「東大が生んだ戦後最大の起業家」「情報化時代の風雲児」ともてはやされた江副さんが引き起こし、政財界を震撼(しんかん)させた「リクルート事件」とは、何だったのだろう。群れから離れて、より高くより速く、無理に飛ぼうとしたカモメの悲劇だったのかもしれない。
▼子会社の未公開株をばらまき、政界に急接近した理由を、亀倉さんが事件の後で問いただしたことがある。「政治家が何かしてくれたのか」。「何もしてもらってません」。これが江副さんの答えだったという。
▼その江副さんの思いがけない訃報が届いた。江副さんとも、カモメのマークとも縁を切り、大きな危機を乗り越えたリクルートは今、1兆円を超える売り上げと、株式公開をめざして意気軒高だ。リクルート創業者の肩書だけが残った江副さんにとっては、「もって瞑(めい)すべし」ではないか。
中日新聞
・ 猫にちなむことわざは数多いが、ありそうでないのが<猫に首輪>。ネットの海に身を潜めた「真犯人」が現実の世界に姿をさらしたのは一度だけ。捜査当局との化かし合いに終止符を打ったのは、野良猫の首輪だった
▼ウイルス感染したパソコンから犯行予告が送信された遠隔操作事件で、警視庁と神奈川、三重県警などの合同捜査本部はきのう、威力業務妨害の疑いでIT関連会社社員の男を逮捕した
▼IT知識を悪用し、第三者のパソコンから殺人予告メールなどを送らせて無関係の人を逮捕させる前代未聞の犯罪だった。「『警察・検察を嵌(は)めてやりたかった、醜態を晒(さら)させたかった』という動機が100%です」と犯行声明に書かれていた。その目的はすでに達成したといえるかもしれない
▼自白を強制するでたらめな捜査手法が白日の下にさらされ、警視庁など四都府県警は誤認逮捕を認め、謝罪せざるを得なかった。警察当局への信頼は地に落ちた
▼「全く身に覚えがありません」と男は容疑を全面否認しており、捜査は慎重に進めてもらいたい。自らの欲求を充足させるために他人を踏み台にしたことが事実なら、卑劣な罪の報いは受けなければならない
▼同時に、刑事裁判を通じて検証されなければならないことがある。無実の市民をいともたやすく冤罪(えんざい)に陥れる、人権意識の乏しい捜査機関の体質である。
※ いつも書くのが、「どのコラムも上手い!」。
短い言葉の中に、絞り込んだ主張をピンポイントで伝えています。
文章を書く勉強になります。