南九州の片隅から
Nicha Milzanessのひとりごと日記
 





 今日の読売新聞の読者相談投書コーナー「人生案内」は涙なくしては読めない内容だった…。
 言うまでもなく、東日本大震災の被災者の投稿だが、その内容が重過ぎるのだ。


※以下、読売新聞のサイトなどより転載。

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『祖母を置き去り、逃げた自分を呪う』

大学生の女子。
何をしていてもあのことばかりを思い出してしまいます。
あの日、私は祖母と一緒に逃げました。
でも祖母は坂道の途中で、「これ以上走れない」と言って座り込みました。
私は祖母を背負おうとしましたが、祖母は頑として私の背中に乗ろうとせず、怒りながら私に「行け、行け」と言いました。
私は祖母に謝りながら1人で逃げました。
祖母は3日後、別れた場所からずっと離れたところで、遺体で発見されました。
気品があって優しい祖母は私の憧れでした。
でもその最期は、体育館で魚市場の魚のように転がされ、人間としての尊厳などどこにもない姿だったのです。
助けられたはずの祖母を見殺しにし、自分だけ逃げてしまった。
そんな自分を一生呪って生きていくしかないのでしょうか。
どうすれば償えますか。
毎日とても苦しくて涙が出ます。
助けて下さい。
(A子)

お手紙を読みながら涙が止まらなくなりました。
こんなに重い苦しみの中でどんなにつらい毎日かと思うとたまりません。
ただあなたは祖母を見殺しにしたと思っていらっしゃいますが、私にはそうとは思えません。
おばあさまはご自分の意志であなたを1人で行かせたのです。
一緒に逃げたら2人とも助からないかもしれない、でもあなた1人なら絶対に助かる。
そう判断したからこそ、あなたの背中に乗ることを頑として拒否したのでしょう。
おばあさまは瞬時の判断力をお持ちでした。
その判断力は正しくあなたは生き抜いた。
おばあさまの意志の反映です。
人はどんな姿になろうとも外見で尊厳が損なわれることは決してありません。
たとえ体育館で転がされるように横たわっていても、おばあさまは凛とした誇りを持って生を全うされたと思います。
おばあさまの素晴らしさはあなたの中に受け継がれていることを忘れないで下さい。
おばあさまが生きていたらかけたい言葉、してあげたいことを、周りに居る人たちにかけたり、してあげたりして下さい。
そのようにして生き抜くことが憧れだったおばあさまの心を生かす道に思えます。
(海原純子・心療内科医)
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 いままで、毎日のようにこのコーナーを読んでいるが、こんなにボロボロ涙がこぼれたのは初めてだった…。

 こんな思いをして毎日を過ごしている人がいるのだ…。
 それに引き換え、自分はなんて恵まれた生活をしているのだろうか。

 同じ日本という国に生まれながら、ちょっと生まれた場所や住んでいる場所が違っていただけで、こんな目に遭うとは。
 もしかしたら自分が同じ目に遭っていたかも知れないのに。


 この方とおばあさまに恥ずかしくない行動を取って生きて行きたいと、心から思います。

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