祇園の事故でたくさんの方が犠牲になった。
いつ何時何が起きるらわからない。
あの祇園の事故の翌日、
本当なら長女と京都へ行くはずだった。
でも、
義父が入院した時点で
のんきに遊んでいる場合じゃないと泣く泣くキャンセルした。
それでも・・
私はあきらめがつかなくて、、、
会社のアルバイトくんが辞めてから、
土曜日も出勤し、
毎月の漢方外来の診察日と事故遺族の会の日以外
いや、必要な休み以外
休みも取らず、
頑張って出勤もしてきたし、
いや、今の時期にこんなにまともに出勤していたら、
扶養の範囲で働く私は最終2ヶ月くらい休まなくてはならないやんと
違う心配もしながら、
それでも人手が足りないのだから仕方がないと割り切って出勤し、、、
だから、今回のお休みは大きな顔をしてもらうつもりだった。
でも義父の想定外の入院手術にあきらめるしか選択肢はなかった。
ただ・・・
桜の花を見ると泣けてくる私が、
やっと綺麗な桜が見たいなと思えるようになった。
でも、、麻衣子と見た桜じゃなく
全く違う場所で桜が見たかった。
だけど、パパは日曜日しか休みはなく、
その日曜日にもお付き合いや雑事に追われ、
季節ものの桜を一緒に見に行くことはどうかんがえてても不可能で、
京都に行きたい。
電車でなら一人でも行けると思い立った。
長女に話したら、一緒に行こうと言う。
初めての母娘旅。
私はこの日を楽しみに頑張った(つもり・・)
4月に入ってから2人でコースを決め、
毎日桜情報を眺め楽しみにしてた。
長女のお姑さんはせっかくお母さんと出掛けるんだから子供たちに事は見てあげるから
ゆっくり行ってらっしゃいと言ってくださった。
予定していた日は天気も心配なく
桜も満開状態。
だけど、行けない。
私は何日間を不機嫌に過ごした。
あきらめが悪いなぁ、時期をずらして計画立て直そうよと長女に諭された。
そして・・
あの日の夕方、長女からメールが入った。
『京都中止にしておいて正解だったね・・』
夕方まで仕事をしてた私は事故のニュースを知らなかった。
私たちの予定は、
知恩院、円山公園、八坂神社、祇園、高台寺、清水寺・・・
『祇園で大きな事故があった。
多分明日も報道関係者やカメラがたくさんいるやろ・・
行ってたらお母さん体調崩して帰ってくる羽目になったわ、、、』と。
ニュースを見て、、
こんな状況ではどの道行くことは無理だったな、、とやっとあきらめがついた。
だけど、
話を知ったパパが、
どこで何が起こるか分からないから、本当はこの京都行きも反対したかったんだ、
でも、あなたにも息抜きや気分転換が必要と自分に言い聞かせてOKをしぶしぶ出したんだよ、
自分が一緒の時はいい。
でも自分抜きであなたと娘、あるいは息子たちと出掛けることが
俺は本当に怖いんだよ。
今までだって娘とあなたが2人で出掛けるたび、帰ってくるまで心配で堪らんかった。
たとえ電車で出掛けてもなにが起こるか分からない恐怖でいっぱいだったんだ、、、と。
俺は、一番楽しい時期を過ごしてる長男の行動にも本当は駄目出しをしたい。
でもそれだけは自分の中で必死に我慢してる。
もう、家族を失う恐怖を味わいたくないんだ。
あなたが気晴らしや期分転換をどれだけ必要としているかわかってて言う。
俺が一緒の行動以外しないで欲しい、、、と。
私は以前の私とは違う。
もう友達とショッピングを楽しむことも、ランチを楽しむこともない。
お稽古ごとに通う気力もない。
仕事が終わると帰り道にあるスーパーに寄るだけがやっと。
以前のように、知った人に逢いたくなくて遠くのスーパーに出かける気力さえ失った。
せいぜい、会社の近くの銀行、直売所、ホームセンター、行きつけの花屋さん、そして病院。
唯一の遠出が月に1度の事故遺族の会。
それだけが今の私の行動範囲だ。
長女の家に行くことも、プールに行くことも友人の家に行くこともなくなった。
年に何度か長女とパッチワークの展示会を見に名古屋や岐阜に行くくらい。
今日はどこにお出かけですか?がパパの出勤時の質問だった頃が嘘のようだ。
自分だけ、自分と子供だけの行動は極力やめてほしい・・・と
じゃぁ、あなたがそういう時間を作ってくれるの?
そう口から出かかったけど、ぐっと言葉を飲み込んだ。
パパにそんな時間的余裕があるわけがない事を一番知ってるのは誰でもない私だ。
それでも、つい長男相手に愚痴った。
心配症やでね、お父さんは、、
お父さんの気持ちはわからんことないし、
お母さんの気持ちもわからんことないけど、
でも、おかあさんの事をそれだけ大事に思ってる事だけはわかってやりや・・・
私はわからん。
大切にされてるのか、束縛されてるのか、、、、
あの祇園の事故は全く違う意味で私たち夫婦の上にのしかかった気がする。
いつ何時何が起きるらわからない。
あの祇園の事故の翌日、
本当なら長女と京都へ行くはずだった。
でも、
義父が入院した時点で
のんきに遊んでいる場合じゃないと泣く泣くキャンセルした。
それでも・・
私はあきらめがつかなくて、、、
会社のアルバイトくんが辞めてから、
土曜日も出勤し、
毎月の漢方外来の診察日と事故遺族の会の日以外
いや、必要な休み以外
休みも取らず、
頑張って出勤もしてきたし、
いや、今の時期にこんなにまともに出勤していたら、
扶養の範囲で働く私は最終2ヶ月くらい休まなくてはならないやんと
違う心配もしながら、
それでも人手が足りないのだから仕方がないと割り切って出勤し、、、
だから、今回のお休みは大きな顔をしてもらうつもりだった。
でも義父の想定外の入院手術にあきらめるしか選択肢はなかった。
ただ・・・
桜の花を見ると泣けてくる私が、
やっと綺麗な桜が見たいなと思えるようになった。
でも、、麻衣子と見た桜じゃなく
全く違う場所で桜が見たかった。
だけど、パパは日曜日しか休みはなく、
その日曜日にもお付き合いや雑事に追われ、
季節ものの桜を一緒に見に行くことはどうかんがえてても不可能で、
京都に行きたい。
電車でなら一人でも行けると思い立った。
長女に話したら、一緒に行こうと言う。
初めての母娘旅。
私はこの日を楽しみに頑張った(つもり・・)
4月に入ってから2人でコースを決め、
毎日桜情報を眺め楽しみにしてた。
長女のお姑さんはせっかくお母さんと出掛けるんだから子供たちに事は見てあげるから
ゆっくり行ってらっしゃいと言ってくださった。
予定していた日は天気も心配なく
桜も満開状態。
だけど、行けない。
私は何日間を不機嫌に過ごした。
あきらめが悪いなぁ、時期をずらして計画立て直そうよと長女に諭された。
そして・・
あの日の夕方、長女からメールが入った。
『京都中止にしておいて正解だったね・・』
夕方まで仕事をしてた私は事故のニュースを知らなかった。
私たちの予定は、
知恩院、円山公園、八坂神社、祇園、高台寺、清水寺・・・
『祇園で大きな事故があった。
多分明日も報道関係者やカメラがたくさんいるやろ・・
行ってたらお母さん体調崩して帰ってくる羽目になったわ、、、』と。
ニュースを見て、、
こんな状況ではどの道行くことは無理だったな、、とやっとあきらめがついた。
だけど、
話を知ったパパが、
どこで何が起こるか分からないから、本当はこの京都行きも反対したかったんだ、
でも、あなたにも息抜きや気分転換が必要と自分に言い聞かせてOKをしぶしぶ出したんだよ、
自分が一緒の時はいい。
でも自分抜きであなたと娘、あるいは息子たちと出掛けることが
俺は本当に怖いんだよ。
今までだって娘とあなたが2人で出掛けるたび、帰ってくるまで心配で堪らんかった。
たとえ電車で出掛けてもなにが起こるか分からない恐怖でいっぱいだったんだ、、、と。
俺は、一番楽しい時期を過ごしてる長男の行動にも本当は駄目出しをしたい。
でもそれだけは自分の中で必死に我慢してる。
もう、家族を失う恐怖を味わいたくないんだ。
あなたが気晴らしや期分転換をどれだけ必要としているかわかってて言う。
俺が一緒の行動以外しないで欲しい、、、と。
私は以前の私とは違う。
もう友達とショッピングを楽しむことも、ランチを楽しむこともない。
お稽古ごとに通う気力もない。
仕事が終わると帰り道にあるスーパーに寄るだけがやっと。
以前のように、知った人に逢いたくなくて遠くのスーパーに出かける気力さえ失った。
せいぜい、会社の近くの銀行、直売所、ホームセンター、行きつけの花屋さん、そして病院。
唯一の遠出が月に1度の事故遺族の会。
それだけが今の私の行動範囲だ。
長女の家に行くことも、プールに行くことも友人の家に行くこともなくなった。
年に何度か長女とパッチワークの展示会を見に名古屋や岐阜に行くくらい。
今日はどこにお出かけですか?がパパの出勤時の質問だった頃が嘘のようだ。
自分だけ、自分と子供だけの行動は極力やめてほしい・・・と
じゃぁ、あなたがそういう時間を作ってくれるの?
そう口から出かかったけど、ぐっと言葉を飲み込んだ。
パパにそんな時間的余裕があるわけがない事を一番知ってるのは誰でもない私だ。
それでも、つい長男相手に愚痴った。
心配症やでね、お父さんは、、
お父さんの気持ちはわからんことないし、
お母さんの気持ちもわからんことないけど、
でも、おかあさんの事をそれだけ大事に思ってる事だけはわかってやりや・・・
私はわからん。
大切にされてるのか、束縛されてるのか、、、、
あの祇園の事故は全く違う意味で私たち夫婦の上にのしかかった気がする。