天使の梯子の彼方へ

ママのひとり言
  天使の梯子の彼方のまいこへ。。

気づき

2013-06-29 10:43:21 | Weblog
まいこを亡くしてから・・ずっと助けてもらっている友人がいる。
霊的真理やカウンセリング的な事を勉強している友人で
この6年半私を支えてくれた。


その友人に、

今のあなたは光ってない

そう言われた。


上っ面じゃなく、心の目で物事を見る友人の言葉。
ごもっとも。
反論一つも出来ず。

自分がどう生きなきゃいけないか、
まいこが何を望んでるのか、
家族が何を望んでいるか、
頭ではちゃんとわかってる。

でも、わかってるけど、頑張れない私がいる。

いつやるの?今でしょ!!
まさにそれですよね。


体調を崩して2週間ほどになる。
買い物にも行かず、外にも出ず、もちろん会社にも行かず
引き籠ってる。

色々考えることがありすぎて正直頭がパニックです。
漢方の病院、手もみマッサージ、リンパマッサージ、鍼、
いろんな治療をしても少しも改善されず
薬を飲んで眠って痛みを忘れるみたいな・・そんな日々を送っていました。

先週の日曜日、尋常じゃない私の状態を見ていた主人が
無理やり総合病院に連れて行きました。
そのまま、ICUで一泊入院になりました。
点滴に心電図に、酸素計量機に・・たくさん繋がれて絶対安静でベッドからも降ろしてもらえず、

でもそこで出会いがありました。
まいこのお友達がICUで看護師をしていました。

彼女は迷いに迷って私に会いに来てくれた。

おばちゃん、身体だけじゃなくて心が疲れてるんだよ。
心が疲れて身体に来るんだよ。
無理しなくていよ。いっぱい泣けばいいよ。
心のままに過ごせばいいよ。
無理して頑張りすぎてるおばちゃんの姿みてもまいこは喜ばないよ。

おばちゃんの7年弱の時間と周りの人の7年弱の時間の流れは全然違うの。
その中で同じように生きようとしちゃだめだよ。

どんなおばちゃんでも、まいこはおばちゃんのことが大好きだよ。
そして、おばちゃんが楽しく生きてくことは決してまいこを忘れたと言うことじゃないからね。

今のおばちゃんはお薬なんかで治らない。
じっくりカウンセリングだけは続けてみてとアドバイスをしてくれた。

互いに涙を流しながら思いを話した。


25歳になった彼女はもう立派な医療従事者だった。
心底彼女の今が羨ましかった。
でも、彼女の成長が心から嬉しかった。

退院して・・ラインが届いた。

おばちゃん、友達として看護師としてわたしを思う存分利用してくれていいからね。
愚痴でも泣きごとでもいつでも聞くからね・・と。


正直、これくらいで病院に強制的に連れて行ったパパにうんざりした。
でも、もしかしてまいこが彼女に合わせるために仕組んだのかもしれないとも思う。

そして、何ヶ月振りかに主人がR君に逢って・・
『まいちゃんがきて、おかあさんがたくさん薬飲んでるから心配してたよ。
おばちゃん、調子悪いんか?』と。

ちゃんとまいこはあなたを見ててくれてるよ。
だからまいこを安心させてやろうよ・・・パパにそう言われた。


そして友人の
今のあなたは光ってない・・・と。

あなたが本当に輝ける場所があるはずだし、あなたはずっとそうやって生きて来たじゃない。
今のあなたをみてまいちゃんがどう思ってるかよく考えてみなさい。
誰も助けてくれないの。
よく考えてみなさいよ、今まで誰かあなたを助けてくれた?
周りの人だってみんな自分の事しか考えてないの、
だからあなたも自分のことと家族の事だけ考えなさい。
子供たちがどんな思いであなたを見てると思ってるの、
私は子供たちもかわいそうでならない。
あなたの精神状態を図りながら言葉さえ選んで喋ってるんだよ、
いつまで子供たちにそんな気遣いをさせるつもりなの、
あの明るい、パワフルな子供たちが自慢に思ってたお母さんに戻りなさいよ、

あなたの旦那は輝いてるよ。
自分がしなきゃいけない事を考えて一生懸命生きてる。
仕事のことも家庭も自分が守らなきゃ、あなたと子供たちを守ることだけを考えて
一生懸命生きてる。
だから光ってる。
まいちゃんが亡くなって今まで、いやその以前から、
一度も愚痴も泣き言も言ったことがない、ずっと光を放ちながら生きてる。


キツイ事いっぱい言ったけど、あなたは私が言ってる事をちゃんと理解して変わろうと努力出来る人だから
あえて言ったんだよ。
最後にそう付け加えた。

遺族の会でその話をした。

あなたいい友達持ってるね。
言ってくれないよ、そんな事。
そう言ってくれた。




私、たくさんの人に助けてもらって生きてるんだな・・って思う。


気づいた時に1歩進まなきゃ。












神も仏も信じられない。

2013-06-16 19:27:59 | Weblog
私は神社仏閣、どこで手を合わせても祈るのはただ一つ。

『家族が健康に仲よくくらせますように』

それ以外のお願いごとはしたことがない。


だけど、神様も仏様も、ご先祖様も
たったそれだけの願いさえか叶えてはくださらなかった。


当然だが、初詣さえ行かなくなったし、
氏神様に手を合わせることさえ出来なくなった。


まいこがいなくなって1年半ほどした頃だ。
名古屋で、子供を亡くした友人たちと逢った。

お昼ご飯を食べる前に、熱田神宮に参ろうと言う。

手を合わせて何を祈るの?
神も仏もいないじゃない。
私には何も祈ることはない。

多分、私の口調はきつかったと思う。

その時、友人は、多分、言葉を選んでくれたんだろうと思うが、
『まいこちゃんを守って下さいって手を合わせてもいいんじゃない』と
穏やかに言った。


その時思った。

あぁ、今まで私は自分のことしかお願いしてこなかったんだなって。
そうか、まいこのことをお守りくださいとなら、
素直に手を合わせることが出来るな・・と思った。

今でも、あの時の、熱田の森の静粛な空気を身体が覚えてる。



あの時の私は頑なだったな・・と今でも思う。


京都旅行のパンフレットを整理しながらそんな事を思い出した。


行楽や、楽しみのための旅行には行けない。
参拝をするという大義名分が私には必要だった。
あれから何度京都に足を運んだだろう。

でも、その京都旅行さえ自分の楽しみに変わりつつある。

今回の京都旅行で、ご朱印帳を購入してご朱印を頂いた。
当然だが、また京都に行くことを前提に購入した。




読経も、写経も、お寺巡りも・・
初めはすべてがまいこのためだった。

でも、ある時気が付いた。
これはみんな麻衣子のためなのではなく、私自身のためなのだ。
私自身の気持ちを癒すためなのだ。



1つづつ、自分にとっての癒しを見つけながら、
それでも、それらがわたしのすべてを救ってくれるわけではなく、
それがずっと私を癒してくれるわけではなく
いろんな事を模索しながら、何かを探しながら生きていくしかない。


神も仏も信じられない。
そう頑なに思っていたが、
いつのまにか、
まいこをお守りくださいと手を合わす。

これも私の中の大きな進歩の1つだ。





子供を亡くした親の会

2013-06-06 14:32:39 | Weblog
今さらだけど・・・
先日の子供を亡くした親の会の事を記します。

名古屋にて、友人が主宰する子供を亡くした親の会の集まりがあり参加してきました。
今回はランチ、親の会、夕食会、お泊まり会の流れでしたが
わたしは親の会とお夕食会に参加。

今回の集まりには、
まいこを亡くして初めてたどり着いた親の会で知り合い、
一緒に東京に江原啓之さんの公演に一緒に行った5年余のお付き合いの友人も
はるばる、愛媛と広島から参加されるとのことで
参加しめきりのぎりぎりに参加表明すると言うどたばたでしたが
この会のみなさんはいつも、そんな私を温かく受け入れてくださいます。


昨年のお泊まり会から1年ぶりの方、

子供を亡くした親の会

そしてそれ以後に会員になられた方、
初めてお会いするけど、ネットでお付き合いがある方・・
30人ほどの参加でした。

親の会は自己紹介の全体会に始まり、グループに別れ話を深める。
もう一度グループ変えをし、またお話。


話の内容までは記せませんが、
自分が抱えている闇と同じものを抱えている仲間、
抱えている、後悔、困惑、苦しみ、虚しさ・・
どんな話をしても皆が、同じ同じと、
自分だけじゃなくみんな同じなんだと安心したり・・

時間はあっという間に過ぎるものですね。

夕食会場に場所を移し、
今度はくじ引きで席を決め・・

そこでは、5年余ぶりの再会を果たした友人の隣の席に。
美味しお食事を頂きながら楽しいおしゃべりは尽きることはありません。

一緒に帰る約束をしていた友人たちが引き揚げる時には
話は弾みに弾み、
結局食事会がお開きになるまでお喋りを楽しみました。

先を歩く人の言葉には重みがある。
私には大きなこの先生きていく道しるべになるような言葉を頂きました。

そして、
私の後ろを歩く人には
こんな私でも、少しずつ立ち直って、前を向いて生きているように見える事も、
大きな気づき。

私も、あなたのようになれますか・・・・その言葉は、

わたしにとって大きな励みになりました。


私、進めてる?そう問う私に、

『あの頃のあなたボロボロで、どう声を掛けていいのかさえ悩むくらいだったわ』と友人に言われ、
『最近、あなた変わったと思うよ。ブログの内容も変わったし・・』
『あなたにはここまでの時間が必要だったのね・・』

少しくらいすすめても、少しくらい前向きになっても、
少しくらい元気になっても、
まいこへの思いは少しも変わらないし、

逢いたくて逢いたくてたまらないし、この手でぎゅっと抱きしめたくて仕方がないし・・
あの時何かが違ったら・・という後悔もなくならないけど、

時間薬なんて言葉嫌いだけど、
でも、これが時間薬なんだなってそう思う時がある。

親の会で同じグループになって話をした方が
実はもっともっと苦しい時にお互いのブログを読んで支え合った方だったり、
まいこの大学の卒業生だったり・・

まぁって言うようなこともたくさんありました。


楽しい時間を過ごし、家に帰りついたのは日付が変わる直前、

どうだった?と聞く主人に
どうやら満面の笑みで『楽しかったわ~』と答えたらしい私。

子供を亡くした親の会の集まりに行って楽しかったって言うのもおかしいものだねとパパは笑った。


いつもなら・・
楽しかっただけでなく、何か気づきを期待するパパだけど、
あまりにも楽しげに話す私に、
楽しかったのなら行って来てよかったねと言った。


この6年余、
一緒に生きてきてくれた人がいるんだなぁ・・
こんなわたしのこと心配してくれてた人がいたんだなぁ・・・

今、こうして生きてる事を喜んでくれる人がいる。
そして愛しい我が子に逢う時に胸を張って逢えるように一生懸命生きようよと励ましてくれる人がいる。


わたし、幸せなだなぁ・って思う。

失くしたものは大きい、でもたくさんのものを得たのも事実。

まいこの計らいなんだ、そう思う。
おかあさんにたくさんのお友達をありがとう、まいちゃん。