大和式の太夫に見立てられたヘレネーだが、さて、この太夫とは誰だろう。
賛には「あかき名はちりてもたかし」とある。最初これは、単にヘレネーのことかと思い、それ以上深く考えなかったが、そうではない。ヘレネーのことでもあるが、それだけではなかった。
すなわち、この太夫は誰か、それを探ろうとした時に、その賛が初めてヒントになり得ることに気づいた。
そう思って探っていくと高尾太夫に行き着くのだ。
おそらく初代、高尾太夫。彼女の句とされるものにこんなものがあるからだ。
寒風にもろくも落つる紅葉かな
彼女こそ、「あかき名はちりてもたかし」の賛が意味する、「落つる紅葉」の太夫なのだ。そして「紅葉」だからこそ、このヘレネーの図が秋の部に入っていたのだ、そう理解できる。
芋銭は、おそらく、彼女が「紅葉」、それも「落つる紅葉」に関連がある太夫であることを、図の一番下に一葉描いて、このことをもとより暗示していた。
そうすると、賛にある「あかき名はちりても」に完全に符号する。
「あかき名」とは「誇り高き、よく知られた、有名な」というほどの意味に解せられるが、「紅葉」の赤色とも掛けていると取れるし、「ちりても」はもちろん「落つる」ということで言うまでもない。
さらに付け加えるなら、芋銭の画賛句「横顔の高尾なるらし天の川」も、これによって「トロイ合戦」の大和式ヘレネーの図に関連付けることができる。
その詳しい理由は、「立田姫」の図の画賛句との関連があるから、次回に述べよう。
その画賛句は、「すっきりと青空高し立田姫」の句に並べられて唐突に76ページに出てくる。
それは、単に青空と夜空の天の川が対比されているというだけではない。
ちなみに「天の川」は、夏ではなく、季語としては秋でよい。また、「横顔の高尾」とあるのは、ヘレネーでもあるからだろう。今は、これだけ述べておく。