美術の学芸ノート

中村彝などの美術を中心に近代日本美術、印象派などの西洋美術の他、つぶやきやメモなど。

永瀬義郎の署名

2015-06-29 15:35:10 | 日本美術

 茨城県つくば美術館で、県近代美術館の所蔵品を紹介する展覧会が開かれたことがある。県南・県西地方にゆかりがあり、全国的にも有名な3人―油彩画の安藤信哉、水彩画の小堀進、版画の永瀬義郎の3人―にスポット・ライトを当てた展示である。

 このうち、永瀬については、ポスターやチラシなどで<Yoshiro>と表記されているが、展示された作品を見ると明らかに<G.Nagase>などと表記されていることが分かる。<Y.Nagase>ではなく、<G.Nagase>である。

 はて、これは、どうしてなのだろう。

 ローマ字を習い始めた小学生など会場に来て不思議に思うかもしれない。初めて永瀬の作品を見る大人でも、出品作を注意深く見る人なら、はて、これは、本当に永瀬義郎の作品または署名なのだろうかと、疑問に思ってしまうかもしれない。

 確かに<Y>の筆記体と<G>の筆記体とは、書き癖や時と場合により、似たような形になってしまうことがある。が、展示されている他の作品を見ても、どれも明らかに<G>の字であった。そうすると、義郎は「よしろう」と読むのではなく、あるいはそう読むばかりでなく、本人は「ぎろう」と読んでもらってもいいように署名していたことは確かだ。

 あらためて調べてみると、少なくとも初期の作品は明確に<G>を書いていたり、刻んでいたりする。

 しかしここではどちらが正しいかという問題を提起しているのではない。
 
 ちなみに出身地の教育委員会の協力を得て、回答をもらったが、戸籍では読み仮名はふられていず、結論は出ない。

 重要なことは、永瀬の作品には<G.Nagase>の署名があっても、何も怪しむには足りない、そして、「ぎろう」と読んでもよいことが今日ではほとんど知られていないということである。

 どの程度知られていなかったのかは分からないが、私がよく使っている美術家事典では、「よしろう」とふり仮名をつけている。

 しかし、抱腹絶倒の口述筆記の自伝『放浪貴族』に、フランス滞在時代の永瀬の芸術家連合組合員証の写真が載っている。



 そこには<Nagase.‐Giro>の文字が見られる。ただし、この署名は彼自身が書いたものかどうか、確認できない。だが、第三者が書いたとしても、彼自身が「ぎろう」と発語したのは間違いなかろう。それが、”Giro”と表記されたのかもしれない。
 
 さらに、平成20年当時、桜川市立南飯田小学校の川俣正英校長からの情報によれば、永瀬が卒業した小学校には、<Guiro Nagase>の署名のある版画が残されている。であるから、彼が少なくとも自らを「ぎろう」と称することがあったことは確実なのである。


 <Guiro>とあるのは、ローマ字読みでなくフラン人が読んでも「ぎろう」と発音してくれるように表記したもので、他の美術家にもしばしば見られる署名のフランス語風の表記法である。ただし、永瀬の場合、eにアクサンを付けることも、つけないこともある。


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