お休みが何日か続いたので 少し気持ちも落ち着き
若水の戦いにとりかかってみる気になりました。
『五百年前、
ケイソウが初めて東皇鐘を破って出て来た時には
辛うじて彼を再び東皇鐘に押し戻して封印した。しかし
一戦を交えた為に 東皇鐘の破損は激しく、私は自分の
五割の修為を費やしてようやくそれを修復した。
今 私の身体に残る修為を統計してみると
攻めに徹したとしても 策を講じたとしても
彼に勝てない事は明白だった。
ケイソウは決して善良な存在ではない。
長年閉じ込められた恨みから、鐘を破って外に出た暁には
発狂して 再び八荒神器を発動し、四海八荒 そして
全世界を焼き尽くしかねない。
そこまで考えると 先ほどまで頭を悩ましていた情愛の
事など 悩みとさえ言えないように感じた。
私は崑崙扇を手に取り 雲を呼ぶ。急ぎ若水に行き
折顔が駆けつけるまでの間 ケイソウが鐘を破って外に
出ないよう 全力を尽くして留めようと考えた。
谷口で 夜華に会う事はわかっていた。
彼は ずっと谷口で待っていた。
私が 青丘を出る事があれば 彼に会う事は必須だった。
私は 目をつぶり 平常心を装って 彼の横を
通り抜けようとする。
彼に袖を捕まえられる。彼の顔は 怖いほどに白かった。
疲労困憊し 憔悴しきった姿・・・
緊急事態に 彼に費やす時間などない。振り向きざま
扇子で 彼に引っ張られた袖を切り落とした。
布が裂ける大きな音に 彼は驚き
掠れた声が口から絞り出される・・・「浅・・浅」
私は 彼を相手にせず 向きを変えて若水に急いだ。
目の端で一瞥すると 彼もまた 雲を呼び出し
後ろからついてきた。
・・・長年の後 私はよく考えていた・・・
・・・あの時・・・
あの時私は彼と一言でも言葉をかわせば良かった と
たとえ 一言でも・・・
しかし 私は ただ冷ややかに 彼を一瞥しただけ
ひと言も 彼と話しをしなかった・・・』
劫 というけれど 生い立ちからすべて
夜華の人生は つらい事ばかり・・・
同じ父神の子供でありながら 生まれる事が出来ず
父神の慈愛によって 兄墨淵の元神で養生され
仙胎は 金の卵として 崑崙虚に置かれました。
墨淵の元神が離散した時に ようやく彼の元神が
目覚めるのです。
その時に 魂に刻まれたのが
悲しく泣きさけぶ「師父・・・」という司音の声・・
その悲しい響きが 彼の心にずっと留まり
紅蓮業火の中で記憶として蘇ったのは 実に
素素と出会った時でした。しかし それは
魂に刻まれた深いところの事だったので
自分でも それが何かははっきりしなかったのでした。
これは 私の推測ですが・・・
墨淵が 司音に抱いていた情が 元神にいた夜華の
心にずっと影響を与え続けたのではないだろうか?と。