青丘に戻った白浅。西海から折顔が持ち帰って
そのまま白浅の元にあった結魄灯を取出した。
夜華が特に何も言わなかったので、返すのを
忘れていた。
豆ほどの灯がともる結魄灯 その神秘的な光の中
一人の人間の気が満ちていた。
白浅は 考える。素錦の言う事が全部本当とは
思わなくても、奈奈が言っていた事を思い合わせると
確かに 夜華はこの三百年間 団子の母に対して
海のような深い愛情を示していた。
三百年経っても変わらない愛が なぜ、自分に会った
途端 気持ちが移ってしまったのだろうか?
考えれば考えるほど 腹の中に邪念の炎が燃え盛る。
そして やるせない思いに翻弄される。
自分が夜華を愛したのは 彼という人を愛したのであって
師父の墨淵に似ていたとしても 一度も墨淵だと
思った事はない。師父だと思うなら 会うたびに
挨拶申し上げ、一瞬たりとも冒涜することはない。
白浅は 自分がそう考えて接していたので 当然夜華も
白浅として見て 接して欲しいのだった。
もし、団子の母の面影を白浅に求めての愛ならば
自分は 決して 夜華の愛を受け止める事などできない。
心配した迷谷が お酒はいりますか?と尋ねる。
白浅はのんで飲んで 酔いつぶれ
結魄灯が10個ほどに見えるまでも飲んだ。
しまいに あれ、あの 結・・なんとかいうランプ
まぶしくて寝られやしない・・・結・・
何かを結ぶためのランプ・・・かな?
酔った勢いで それが何かも思い出せず
消そうと試みるうちに
割ってしまう・・・(ああ、天族の秘宝が( ゚Д゚))
ひと騒ぎすると 天井と床が回り始めた・・・
白浅は ベッドに倒れこむと昏睡した。
二日間眠り・・・そして 記憶が蘇る・・・
『五百年ほど前、ケイソウが東皇鐘を破り、
私は かろうじて再び彼を封印した後 両親が言うように
穏やかに二百十二年 狐狸洞の中で眠っていたわけでは
なく、ケイソウによって封印され、東荒俊疾山に落とされた
というのが真実だった。
素素とやら、誅仙台を飛び降りた団子の母親とやら、
それらはすべて 意識を失ってしまった
上神の 私自身だったのだ。
上神に上昇する時の劫が なぜあれほどに簡単に
切り抜けられたのか、たかがケイソウと一戦交わり
二百十二年という短い間眠っただけで、
夢から覚めると上神になった事が私は不思議でならなかった
のだ。三百年前、狐狸洞の中で目を覚ました私は、
銀色の光から金色に光る自分の元神を茫然と見た。
その時は 神様が私にご褒美を与えてくれたのだと
思い、誠に慈悲深い神様なのだと 感激したものだった。
まさか ケイソウと一戦交えたのはただのきっかけで
私が上神になるための本当の劫は 情愛の劫だったとは
知らなかった。私は 真心だけでなく、目まで失って
しまったのだった。それどころか、
ケイソウが あの時 私の元神を封印していなければ、
誅仙台を飛び降りた時に 生涯の修為さえも
失なうところだった。神様の やることなすことは
全く隙がなかった。慈悲深いなど とんでもない。
私は ようやく夜華が 青丘にいた時に言いよどむ姿の
意味を理解した。人間界の宿に泊まった時、ぼんやりと
聞いた「思い出して欲しい気持ちもあるが、永遠に
思い出して欲しくないと願ってもいる」という言葉が
寝ぼけたための幻聴ではなく、すべては因果のあることで
夜華はその昔 私を信じなかった為に私に 申し訳ないと
思ったからだったのだ。
私が なぜ団子に 阿離という名をつけたのか、
なぜ 誅仙台を飛び降りたのか、その理由を
彼はきっと永遠にわからないだろう。
昔の事が一気に蘇り、三百年前のあの三年間の痛みは
まるで昨日の痛みのよう・・大儀やら道理やら
人間の私を守るために やむを得ずやった事など
今の私には何も考えられないし、考える気も起らない。
長い夢から覚めて、覚えているのはあの三年間
一覧芳華の中で 一人過ごす寂しい夜。
少しづつ削り取られてしまった卑賎な希望。
それらの気持ちが一気に 私に襲い掛かり、
この上なく悲愴 かつ感傷的にさせられる。
あの三年、本上神は この上なく卑賎に生き、
悲愴に生きた。
今の私の気持ちでは 十月に夜華と結婚するのは難しい
と感じた。自分が 依然として彼を愛しているのは
知っている。
三百年前に彼に夢中になり、三百年後には また彼に
夢中になってしまった。
明らかに因業だ。 彼を愛するという心を私はコントロール
する事ができない。しかし、三百年前の出来事を思い出し、
彼を愛するこの私の心に 大きな瘤ができた。同じく
できた瘤をコントロールして消すこともできない。
私は 彼を許す事が出来ない・・・』
酔って寝て、三~四日単調に過ごした白浅。
五日目の夕方目を覚ます。
もはや酒はありません と迷谷が言う。
白浅の はっきりした頭で思い出したこと
劫のどさくさに 素錦に盗られた目を取り返す!
思い立ったが吉日
白浅は 玉清崑崙扇を呼びだす。
鏡で顔を見て、顔色が良くないわ・・
青丘の面子を失ってはいけない と
仕方なく紅を取り出し 丁寧に塗る・・・