今回の三角点は、柴田町大字本船迫の松林にあります。
船迫が最初に文献に現れるのは、「吾妻鏡」文治5年(1189年)の記事で、源頼朝が文治奥州合戦の際、船迫に逗留したと記録されています。
南北朝時代には、中央の擾乱の余波を受け、ここ船迫でも大きな合戦がありました(1352年)。16世紀には留守氏、藩政時代には原田・田村氏を経て柴田氏の所領となりました。
点名:神ノ前(かみのまえ)
種別:四等三角点
基準点コード:5740-06-8202
緯度: 38度04分32.7979秒
経度:140度46分23.1585秒
標高:80.29m
所在地:柴田町大字本船迫字城生内114番地
所有者:柴田町大字成田字坂元 大沼迪義さん
備考:昭和60年7月に選点さている。
撮影:2006年2月12日

【4等三角点(神ノ前)】

【町道2号線から見た杉林】
三角点は、町道2号線を本船迫から成田に向かう道路の左側の杉林の頂上にある。
船迫が最初に文献に現れるのは、「吾妻鏡」文治5年(1189年)の記事で、源頼朝が文治奥州合戦の際、船迫に逗留したと記録されています。
南北朝時代には、中央の擾乱の余波を受け、ここ船迫でも大きな合戦がありました(1352年)。16世紀には留守氏、藩政時代には原田・田村氏を経て柴田氏の所領となりました。
点名:神ノ前(かみのまえ)
種別:四等三角点
基準点コード:5740-06-8202
緯度: 38度04分32.7979秒
経度:140度46分23.1585秒
標高:80.29m
所在地:柴田町大字本船迫字城生内114番地
所有者:柴田町大字成田字坂元 大沼迪義さん
備考:昭和60年7月に選点さている。
撮影:2006年2月12日

【4等三角点(神ノ前)】

【町道2号線から見た杉林】
三角点は、町道2号線を本船迫から成田に向かう道路の左側の杉林の頂上にある。