朝日新聞1月25日 (文化の扉) 鬼は人の世とともに
東北各地に伝説/元気の象徴/春告げる神
天狗や河童とともに、日本の三大妖怪にあげられる鬼。古くから、恐ろしい形相で、
恐ろしいほどの力を発揮するとされてきた。まもなく節分。多様性に富んだ鬼の世界
の一部を紹介する。
頭には牛のような角、口からは鋭い牙、腰には虎の皮のふんどし。鬼と言うと、
そんなイメージが強い。「理由は古代の方術『陰陽道』にある」と芸能研究家の
上島敏昭さん。「妖怪や死霊が出入りする方角は『鬼門』と呼ばれ、東北(丑寅)の
方角とされてきた。なので鬼のイメージに牛と虎の特徴が採用された」と話す。
『魔界と妖界の日本史』(現代書館)の著書もある上島さんは、飛鳥時代の661年、
笠をかぶった鬼が、亡くなった斉明天皇の葬儀を山から見ていたという『日本書紀』
の記述に注目する。「死の原因は、大化の改新によって滅んだ蘇我氏の怨霊とうわさ
された。だが、鬼に野辺送りされ、怨霊からは解放されたのだろう」
中国では「鬼」は、死者や死後の霊を意味する。日本語の「オニ」は山で暮らす
異種族などをさしていた。10世紀の漢和辞典『和名類聚抄』によると、「於爾(おに)」
とされ、物に隠れ、形が現れることを欲しない「穏(おん)」がなまったという。
「オニ」という概念が「鬼」に結びつき、鬼が生まれたとされている。
鬼伝説があちこちに残っているのが東北地方だ。鉄など金属資源の産地でもあり、
古代の中央政権にとってはいかに支配下に置くかが重要な課題だった。「抵抗した者を
『蝦夷(えみし)』『鬼』と呼び、征伐の対象にしたのです」。岩手県北上市の
「市立鬼の館」主任学芸員の相原彩子さんはそう話す。
「でも鬼は悪魔をはらい、人々に幸せをもたらす善神でもあるのです」。この地方の
民俗芸能「鬼剣舞(けんばい)」は、ヘンバイ(足踏み)によって大地の悪霊を退散
させると伝えられている。
岩手県北部の二戸市では、80歳を超えると年齢を鬼の角の数で表現する。81歳は
「角が一つ出た」、82歳は「二つ出た」。二戸歴史民俗資料館の資料調査員、
稲葉淳子さんは「長生きする人は鬼のように元気、という意味が込められています」と話す。
身近な存在として慕われてきた鬼。青森県弘前市の鬼沢地区にある「鬼神社」では、
祭礼の日にニンニクを商う市が立つ。この神社の鬼神さまがニンニクを好物にしているのだという。
日本を代表する鬼といえば、平安時代の「酒呑童子」だろう。悪事を重ね、大江山
(京都府)にたてこもったが、勅命を受けた源頼光らに毒入りの酒を飲まされ、討たれた。
「鬼に横道(悪いこと)なきものを」と叫んで死んだという童子。民俗学者の
常光徹さんは「日本の鬼は人間くさく、炉端で語られる民話に登場する鬼は、
おっちょこちょいな面もある。最近では絵本の『オニのサラリーマン』が話題に
なりました。地獄カンパニーという会社に勤める赤鬼のサラリーマンが主人公で
毎日が通勤地獄。鬼とは、人間の社会を映し出す鏡なのかもしれません」と言う。
節分も近い。今年は地球の公転の影響で124年ぶりに2月2日だ。「鬼は外」
ではなく、「鬼は内」と言って豆をまく神社もある。鬼は怖いものではなく、
「春の神様」と考えているそうだ。
人の世とともに生き、語り継がれてきた日本の鬼。コロナ禍のいま、息を潜めて
出番を待っているのだろうか。(編集委員・小泉信一)
■「いる」感覚、大切に 酒場詩人・吉田類さん
お酒と鬼は縁が深く、辞書にも「鬼ころし」という言葉が載っています。「からくて
強い酒。きつくて悪酔いをする酒」と書かれていますね。でも、実際は口当たりが
さっぱりして、飲みやすいお酒が多いんです。
僕は深い森に囲まれた四国山地の集落で生まれました。あたりには「中宮」「都」
「長者」などみやびな地名が残っていました。平家の落人伝説もあり、母は夜になると
暗やみを指して「魔奴(まど)(魔物)が潜んでいる」と言っていました。鬼には
「得たいの知れないモノ」という意味があるそうですが、山の民には身近な存在でも
あったのです。
いまは、アニメなどの世界には生きていても実際の私たちの生活からは遠い存在です。
体制から排除された鬼もいたにちがいありません。でも鬼と共存していた時代はあった
のです。「俺たちのことを忘れないでくれ」という叫び声が聞こえてくるようです。
目には見えないけど、何かがいるという感覚。大切なことは目に見えることばかり
ではない、と鬼は教えてくれているのかもしれません。
<読む> 歌人・馬場あき子さんの『鬼の研究』(1971年)は数々の説話や能を
通じて「鬼の本来的エネルギーとは何か」に迫った古典的名著だ。農耕行事としての
祭りや歌舞という舞台芸術の中だけで生きている現代の鬼たちに「限りない哀れを
覚える」と書いている。
鬼の字の成り立ち
鬼とは (広辞苑から)
・天つ神に対して、地上などの悪神。邪神
・伝説上の山男、巨人や異種族の者
・死者の霊魂。亡霊
・恐ろしい形をして人にたたりをする怪物。もののけ
・想像上の怪物
★管理人も当ブログで2020年2月9日 「節分と鬼と鬼門」と題して書いています。
鬼門とは、北東(艮=うしとら:丑と寅の間)の方位のことである。
陰陽道では、鬼が出入りする方角であるとして、万事に忌むべき方角としている。
子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支を、北から順に時計回りに、北・北北東・東北東・
東・・・に当てはめた。
四方・八方・十二方のうち、十二方位は十二支のすべて、四方位は子・卯・午・酉を
当てた。
八方位は、例えば北東は丑と寅の間だから「艮(うしとら)」というように、南東・
南西・北西をそれぞれ「巽(たつみ)」、「坤(ひつじさる)」、「乾(いぬい)」という。
これらの十二方位を用いた「子午線」(北・南線)という言葉は、現在でも使われている。
北東の「うしとら」の方向を「鬼門」という。
ところで、その「鬼」は、角と牙をもった想像上の動物(人?)である。
・鬼を数えるには動物「1匹」か、人「1人」?
生物学的には、角は草食動物、牙は肉食動物の特徴であり、その両方を持った動物は希であるという。
鬼は「うし(牛)」の角と「とら(虎)の牙を共に備えている。