朝日新聞の連載小説「また会う日まで」が2020年8月から始まっています。
第14章 東京から笠岡へ
が10月1日から10月31日まで30回の連載で終わった。
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6月、第二部は岡山県の笠岡という町に疎開することが決った。
ここが水路部の第二分室になる。
笠岡は地方の中都市で、軍事施設などはないらしい。何でも知っているアメリカ軍のことだ
から爆弾は落とさないだろう。
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笠岡に作った水路部第二分室が機能し始めた。建物は笠岡高等女学校。
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伝えたかったのは沖縄が陥落したということ。6月23日をもって沖縄の戦闘は終結した。
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8月6日の昼頃、本省から電信が入った。
ヒロシマニシンガタバクダン」シナイハゼンメツノモヤウ」カクジケイカイセヨ」カイグンシヨウ
飛来した敵の飛行機はほんの数機だった、と付記がある。
その爆弾一発で市内が全滅した。とすれば、爆弾の正体はあれとしか考えられない。
わたしは物理学を修めてきたし、アインシュタイン博士の来日の時も海軍内で博士の業績に
ついて講義をするくらいの知識は持っている。
本当にあれを作ってしまったのか。
原理はわかっている。
しかし「原子爆弾」を実際に作るには膨大な物資と電力が要るはずだ。更には安全な運搬と
確実な起爆のための仕掛け。
一発が広島に落とされたということはまだ何発もあるということだろう。
「カクジケイカイセヨ」と言うけれど、警戒のしようなどない。
たぶん、爆発で空中に生じた高温の火球からの輻射熱、猛烈な破壊的な風圧、建物の崩壊と炎上。
それに放射線のことがある。キュリー夫妻が研究した放射能という物理現象は放射線という
見えない作用で人体に害を与える。
マダム・キュリーが1934年に亡くなったのは知らぬ間に放射性物質を素手で扱って
いたためだという話をわたしは論文で読んだ。
放射線は広島の人々の身体を貫いただろう。後にはマダム・キュリーと同じ苦痛が待つだろう。