思いつくまま感じるまま。

身辺雑記です。
何でもありの記録
HN天道(てんとう)

(株)山田洋行

2007年10月25日 | Weblog
防衛省の守屋次官を接待攻めにしてボロ儲けをしている日本の防衛産業専門商社。
自衛隊の兵器関連は全て国民の税金で調達される。
守屋次官の接待費も国民の税金が使われていたともいえる。

この方の奥さんがまた凄い。
亭主よりも多くの回数のゴルフ接待をこなしていたと言う。
夫婦して国民を食い物にしている。

こういう輩は少しクサイ飯を食っていただかないといけません。

好きになった理由

2007年10月25日 | Weblog
現在練習中の演劇での話。
各自が自分の配役について「俳優付帳」を作成する。
自分の生い立ち、考え方、劇中での演じ方、衣装などについて作成する。

私の恋人役を演ずる人が
「天道さんの付帳を読みましたが、私を好きになった理由が書いてありませんがそれを教えてくれませんか」

う~ん、私もよく分らない。
彼女が8歳の頃から、家族のように同居して一緒に暮らしているから、と言うのは理由にならない。
この1年で何かが起こって恋人になることになっているから何かがあったのだろう程度の事しか考えていなかった。

しかし「恋する」ことに理由が必要なのだろうか。
一目惚れでないことは明白だ。
何かがきっかけで情が移ったとでも言うのだろうか。

彼女は彼女なりの理由を書いていた。
私が彼女にあげた1冊の絵本が引き金になったことになっている。
そんなことでもいいと思う。

我々は一生のうちで極く限られた範囲の異性に接することになる。
そしてその中のある人に恋をする、お互いの思いが一致して結婚に発展することもある。
好きになった理由は何か、と考える人は少ないと思う。
とにかく好き、なのだ。
恋多き人はいろんな異性を好きになる。

私達は自分の生活範囲の中である異性にひかれ結婚する、結婚しないこともある。
本来、異性同士は惹かれあうように出来ている、理由なしに。
だから理由が分らないこともある。
40年連れ添った女房についても結婚した理由は未だに謎と言えば謎だ。

物思う秋

2007年10月23日 | Weblog

  吹き溜まり虫食い枯葉愛おしく

秋は物思う季節といわれます。
家路のレンガの敷石の道に近くの枯葉が風に舞って散らばります。
虫に食われたように穴が開いている赤い枯葉などが、風に吹かれてそこここに集まってきます。
普段は蹴飛ばして歩いている自分ですが、心の状態によってはそれが物悲しく愛おしいものに見えて拾って持って帰りたいような気持ちなることがあります。
机の上に一葉置いてあかず眺めていたいような心境、秋ですね。

男にも秋の思いはあります。

裁判員制度

2007年10月23日 | Weblog
2009年5月からと言ってたと思う。
日本でも裁判員制度がスタートする。
今日は某弁護士の講演があった。
今着々と準備が進められているそうだ。

「あなたが選ばれたら受けますか」
と質問される。
私は手を上げた、女房も手を上げている。
アンケートによると「受ける」が45パーセント、「拒否する」が55パーセントになっているらしい。

対象の裁判は殺人などの重大な刑事裁判に限られるらしい。
軽い刑の窃盗などと民事裁判は対象外だと言う。

大阪府に限って言えば裁判員に抽選で選ばれる確率は3600分の1程度だそうだ。
選ばれたら絶対に参加したいと思う。
一生に一度くらいの確率だし、…冥土の土産にはならんか。

初めて知った

2007年10月22日 | Weblog
川柳の本を読んでいたらある人の句を紹介して解説がしてある。

 ひたすらに女でいたいくすり指

この句の解説の中に
「くすり指が中指に寄り添うような形をしている女性は、貞淑で愛情が深いといわれます」
との一文がある。
そんなことが言われているとは知らなんだ。
そういう形をしていない人は逆になるのか。

少しいい加減な話だなと思う。
多分、科学的根拠はゼロだな。
解説を書いている著者は年表を見ると77歳だ。
昔そんなことが言われた時代があったのかもしれない。

91歳の勲章

2007年10月21日 | Weblog
今日はダンスパーティがあった。
この時期から暫くダンスパーティが盛んになる。

今日のデモで91歳の女性が先生とワルツを踊った。
踊る前に年齢が紹介され、その時点で割れるような拍手。
ダンスも軽やかでなかなか大したもの、多くの人が勇気付けられたに違いない。
高齢になってからの年齢は、自分で刻むものだなと思った。


ラグ

2007年10月19日 | Weblog
床に敷く敷物を「ラグ」というのを先日の英会話ではじめて知りました。
rugです。
殆どの女性は知ってましたが。

そのラグの不思議です。

我が家のリビングから廊下に向かう場所には低い段差とドアがあります。
今流行のバリアフリーにはなっておりません、廊下が少し高くなっているのです。
そこのリビング側の低い床に1枚のラグが置いてあります。
50cmと1m程度の長方形です。
真ん中に置くのですが何日がたつと左に寄って行きます。
そして左側がどんどん左壁にぶつかって端に折り目が出来て膨らんでいきます。

いつも「なんでだろう」と考えます。
ひとつの推理は女房がそのラグを踏むときに足をひねるからかなと思いますが、女房はひねったりしてないと言います。

床のカーペットの折り目に沿って移動するのかなと考えたりしますが、それもそのような折り目はないように思えます。

いまだに原因は判明しません。
そのことを考え出すと眠れなくなります。
誰か解明して教えてください。




時々考える

2007年10月18日 | Weblog
アメリカの前副大統領ゴアさんがノーベル平和賞をもらった。
地球環境の改善について努力した人では3人目だそうだ。
オゾン層の穴を見つけた人、「もったいない運動」で有名な植林を提唱した人に続いての3人目。

時々地球環境問題について考える。
北極の氷が過去最大の縮小幅を記録したそうで、それは記憶に新しい。
北極の氷が全部解けると海面が6メートル上昇するとかも言われている。
しかし北極の氷が全部溶けるとしても数千年はかかると言ってた人もいるらしい。
今のペースが続けは20年と少しで全部溶けるかもという人もいる。

シベリアの上空を飛行機で飛ぶことがある。
飛べども飛べども黒い凍土が延々と続く、人跡未踏の地域と思える広大な大地が続く。
そんな風景を見ていると、人が住む町は極限られた小さなスペースに限られているように思う。

環境問題は人類の営みの爆発的な膨張拡大に起因することは知られているが、大空から地表を眺めると人類が占拠している大地は僅かなスペースに限られているように思われる。

べらぼうに人口密度の高い日本の国土でさえ空から見ると殆ど山また山のように見えて都市の占めるスペースは僅かだ。

環境問題も日常生活の中ではなかなか実感が湧かない。
どうせ自分が生きてる間くらいは大丈夫だろう、程度の認識しかない。
この地球がそんなに簡単に壊れるものかと思う。

しかしいろんなデータが確実に地球環境の破壊が進行していることを実証している。
「もっと早く手を打つべきだった」と気づいたときには取り返しのつかない事態に直面することになりそうだ。

どんなことが起こるのだろうか。
例えばの話、地球の砂漠化で食物の生産が出来なくなれば、我々は死滅するしかなくなる。
かろうじて生き延びた僅かの人類が、第2の新人類史を刻んでいくのだろうか。