愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

県外流出の太鼓台

2000年08月24日 | 祭りと芸能
香川県教育委員会から刊行された『香川県の民俗芸能』を見て驚いた。
香川の太鼓台(ちょうさ)について、各市町村ごとに紹介されているのだが、各ちょうさの由来、起源を見てみれば、愛媛から移ってきたものの多いこと、多いこと・・・。この報告書とこれまで『新居浜太鼓台』に紹介されている愛媛から香川、広島に渡った太鼓台の情報を把握している限り、以下紹介しておく。
ちなみにここでは戦前のみで、戦後渡ったものは省いています。
東予地方から県外へ渡った太鼓台(戦前)
香川県 丸亀市 上分の太鼓 昭和初期頃に川之江の上分より
香川県 丸亀市 二軒茶屋の太鼓 昭和初年に川之江より
香川県 坂出市 新浜太鼓台 昭和3年に新居浜田之上より
香川県 坂出市 浜西太鼓台 昭和5年に新居浜中須賀より
香川県 坂出市 新開太鼓台 大正10年代に新居浜より
香川県 観音寺市 西下太鼓台 明治時代後期に新居浜より
香川県 観音寺市 西上太鼓台 大正時代末期に新居浜より
香川県 観音寺市 明下太鼓台 明治32年頃に川之江方面から
香川県 観音寺市 新田太鼓台 明治時代中期に愛媛県から
香川県 観音寺市 室本太鼓台 明治時代中期に新居浜より
香川県 観音寺市 出作北太鼓台 明治28年頃に愛媛県より
香川県 観音寺市 出作南太鼓台 昭和12年頃に東予より
香川県 観音寺市 丸西太鼓台 昭和6年頃に西条より
香川県 観音寺市 丸中太鼓台 昭和11年に新居浜より
香川県 観音寺市 信末太鼓台 大正時代末期に伊予三島より
香川県 観音寺市 奥谷太鼓台 明治20年頃に土居より
香川県 観音寺市 常次太鼓台 明治10年代に愛媛県より
香川県 観音寺市 下野太鼓台 明治時代初期に伊予三島より
香川県 観音寺市 下出太鼓台 大正3年頃に新居浜より
香川県 観音寺市 山田太鼓台 明治18年頃に西条市飯岡より
香川県 満濃町 木の崎太鼓台 明治15年頃に伊予三島方面より
香川県 満濃町 杉の上太鼓台 明治30年頃に愛媛県より
香川県 山本町 下河内太鼓台 愛媛県から購入。年代不詳。
香川県 山本町 山本西太鼓台 昭和初期に新居浜久保田より
香川県 大野原町 本村太鼓台 大正5年に川之江川滝より
香川県 大野原町 中林太鼓台 昭和10年頃に東予より
香川県 財田町 大野地太鼓台 明治時代中期に伊予三島より
広島県 三原市 能地だんじり 明治時代に新居浜大江より大長を経る
広島県 豊町 大長櫓 明治20年頃に新居浜より

2000年08月24日