愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

八朔の歴史と民俗―付・愛媛の八朔習俗―①

2008年04月15日 | 年中行事
本稿「八朔の歴史と民俗―付・愛媛の八朔習俗―」は、雑誌『四国民俗』にて掲載した原稿である。

1 はじめに―八朔とは―
八朔とは一般的には「旧暦八月一日をいい、八朔節供ともいわれる。古くはこの日をたのむの祝いといい、宮中に米などを献上する例があったようであるが、民間習俗が取り入れられたものらしい。(中略)民間では概して稲の実りの前の豊穣祈願習俗と、さまざまな贈答習俗がみられた。中国・九州地方では作頼みが行われ、たのみの節供・たのもの節供などといって頼み・田実・田面などの字をあてている。鳥取県では田の畔で大声をあげ、『ホウタイマエ(穂賜え)』などと唱えて作頼みをする。熊本県では稲穂一束を神に供える所がある。(中略)八朔は本来民間の農耕儀礼で、それが宮中・武家社会にも取り入れられていったようである。」(『日本民俗大辞典』下三七二頁、長沢利明執筆、吉川弘文館、二〇〇〇年)と説明される。
 具体的な行事例を数点挙げてみると、①「瀬戸内地方では牛馬の労をねぎらって馬節供の祝いをし、餅を搗く。張り子の馬を飾ったり、糝粉細工の馬を贈ったりもする。西日本では八朔雛・八朔に人形の贈答習俗も広く見られ、嫁を里帰りさせたり」、②「八朔踊りをしたり、八朔盆といって盆の終わりの日としたりする例も多い。」、③「神社の八朔祭も各地で行われているが、伊勢神宮でも八朔参宮といって、この日に初穂を神前に供えている。」、④「このころは農作業の区切り目でもあり、いよいよ野良仕事も忙しくなるので鬼節供・嫁の泣き節供といったり、麦饅頭の食いじまいの日としたり、その饅頭を泣き饅頭と呼んだりする。」、⑤「岡山県ではサトイモの堀り始めで、初物のサトイモを神社に供える。」、⑥「関東地方では二百十日も近いので、八朔に風祭をするところが多く、農休みの祝宴をしたり、風除け札を神社から受けてきたりするが、風の神送りの習俗もよく見られる。」(以上、『日本民俗大辞典』下三七二頁より)と以上のおおまかに分けて六点、すなわち①贈答慣習、②盆との関連、③神社祭礼、④農作業の区切り目、⑤サトイモの掘り始め、⑥風祭り等にわけられる。
この八朔行事の地域差については、文化庁編『日本民俗地図Ⅰ(年中行事1)』(四一一頁、国土地理協会、一九六九年)に概略がまとめられている。①呼称について「タノミ・タノモなどと呼ぶのは、中国地方から瀬戸内周辺、北九州に多いが、関東地方から東北地方にかけても点在している。」、②全国的に点在するものとして、ホガケ・アワゼックなどと呼び、刈り初めの穂掛けをしたり、初穂で焼き米を作ったり、粟の強飯をこしらえたりする。③作ほめ:北九州などでは、七夕の笹飾りに似たものを立てて作頼みをするところや、タホメ・サクホメなどといって、田に出て「よくできました」などと自分でほめてまわる。④広島県にはタノモ船をつくり紙人形などを乗せて流す。⑤香川・広島などの瀬戸内周辺には、馬ゼック・シシコマ・ヒナイワイなどと呼んで、人形やシンコの馬などをつくり、飾ったり、子どもに与えたりする。⑥鳥取県では、トリオイと呼び小正月に似た鳥追いをする。また、厄よけのために桃を食べるというのも鳥取県周辺のみである。⑦タノミを頼み・頼むと解釈して相互扶助関係増強のために贈答をする事例として、香川県では嫁の里などからシンコ細工の馬を贈る。また生児の初めての馬節供を初馬と呼んでいる。⑧埼玉・群馬などでは、この日嫁の里帰りをさせ、その贈り物にしょうがをつけてやる。ショウガゼックという名称もついている。などと、地域によって種々にわたる行事が見られる。