2 戦時祝詞から見た戦争関係祭祀の分類
さて、国家・国民による神社観の変遷を明らかにする必要性を上記で述べたが、ここでは神社側の戦争への関わりを中心に見ていきたい。まずは、神社祭式に欠かすことのできない祝詞の問題を取り上げておきたい。
祝詞とは、神祇をまつり、神祇に祈ったりする際に、神前でとなえる古体の文章のことである。文体は、体言・用言の語幹を漢字で大きく、用言の語尾や助詞などを万葉仮名で小さく書くという宣命書(宣命体)を用いており、その伝統は現在に継承されている。祝詞は神道の信仰・思想・言語を知るための根本史料であり、現代の神社においても祝詞を奏上することは最も重要な儀礼である。(『日本民俗大辞典』下、吉川弘文館、2000年、三橋健執筆参照)祝詞は『延喜式』などの古典や、その時代に刊行されている例文集などを参考にして、神職により作文されるものであり、祝詞に記載からは、祈願の内容とともに時代性も推察することができる史料といえる。
戦時下の神社では、戦勝祈願等の神事においても当然、祝詞は奏上されているわけで、戦争と神社祭祀に関する研究の上で、戦争祭祀に関する祝詞は重要なキーワードといえる。戦争祭祀に関する祝詞は、当時「戦時祝詞」と称され、その例文集もいくつか刊行されている。古くは明治37年12月に発行されている三崎民樹編『戦時祝詞集』(水穂会発行)があり、日露戦争関係の他、西南戦争、日清戦争等の戦時祝詞が収録されている。また、昭和15年10月に、武田政一編『新編戦時祝詞集成(上・下)』(明文社)が発行されており、現在、下巻のみ国立国会図書館に所蔵されている。(上巻は所在未確認。)また、昭和18年9月には、武田政一編『大東亜戦争祝詞集』(明文社)が発行されており、大東亜戦争開戦以来、約1年間に行われた戦争関係の祭祀の祝詞を編集したものとなっており、参考のために、支那事変等に関する祝詞も掲載されている。ただし、これらの戦時祝詞集は、国立国会図書館以外では、公的機関での所蔵は確認できないため、これまで調査対象としては取り上げられる機会がなかったのだろう。『神道論文総目録』・『続神道論文総目録』・『現代神道研究集成』所収の文献目録を眺めても、戦時祝詞に関する先行研究は見あたらない。
なお、内務省令など国家によって制定された戦時祝詞については、長谷晴男編『神社祭祀関係法令規定類纂』(国書刊行会、1986年)に掲載されている。①昭和16年12月13日、内務省令第三十五号「宣戦奉告ノ為官国幣社ニ於テ行ハルヘキ祭祀ノ祭式及祝詞制定ノ件」、②昭和16年12月13日、内務省令第三十六号「宣戦奉告ノ為府県社以下神社ニ於テ行フ祭祀ノ祭式及祝詞制定ノ件」、③昭和20年5月12日、内務省令第十二号「寇敵撃攘必勝祈願ノ為官国幣社以下神社ニ於テ行フ祭祀ノ祭式及祝詞制定ノ件」、④昭和20年9月15日、内務省令第二十二号「戦争終熄奉告ノ為官国幣社ニ於テ行ハルヘキ祭祀ノ祭式及祝詞制定ノ件」などである。
ただし、これら内務省により制定され祝詞は、戦争関係祭祀の全体からすればごく一部であり、祝詞は祭式ごとに神職自らが作文したものであることから、『官報』や『法規集』から抽出した祝詞の分析だけでは、戦争祭祀の全容を把握することにはならない。
そもそも、神社における戦争関係祭祀とは何なのか、その種類、分類はこれまでの戦争と神社祭祀に関する研究においても為されていないと思われる。先に述べたとおり、祝詞の奏上は神社祭祀の中で最も重要な儀礼であり、どのような種類の戦時祝詞があったのかを把握することで、戦争関係祭祀の分類は可能である。上記の、現在、所在が確認できている戦時祝詞集には約200以上の例文が掲載されている。その祝詞を大まかに分類すると以下のようになる。
Ⅰ 奉告祭祝詞
1 宣戦奉告祭祝詞
宣戦奉告祭・宣戦大詔渙発奉告祭・宣戦奉告武運長久祈願祭 等
2 応召軍人奉告祭祝詞
応召軍人奉告祭・入営奉告祭
3 戦勝奉告祭祝詞
香港攻略奉告祭・新嘉坡陥落奉告祭 等
4 支那事変五周年奉告祭祝詞
5 帰還軍人奉告祭祝詞
Ⅱ 祈願祭祝詞
1 大詔奉戴日祈願祭祝詞
2 戦勝祈願祭祝詞
大東亜戦争戦勝祈願祭・対米英征戦完遂祈願祭 等
3 武運長久祈願祭祝詞
敵国降伏武運長久祈願祭・出征軍人武運長久祈願祭・月次武運長久祈願祭 等
4 戦傷病軍人平癒祈願祭祝詞
5 祈誓祭祝詞
銃後奉公祈誓奉告祭・時難突破必勝祈誓祭 等
Ⅲ 報賽祭祝詞
1 戦傷平癒報賽祭祝詞
2 帰還軍人報賽祭祝詞
3 一般報賽祭祝詞
報賽額奉納祭 等
Ⅳ 戦時雑祭祝詞
1 刀剣関係祭祝詞
軍刀入魂祈願祭・刀剣奉納戦捷祈願祭 等
2 航空機関係祭祝詞
航空隊開隊式・飛行機航空安全祈願祭・航空記念日祭 等
3 兵器命名献納式祝詞
4 献納祭祝詞
飛行機献納式・戦利品奉納奉告祭 等
5 艦船関係祭祝詞
6 軍馬祭祝詞
7 海軍記念日祭祝詞
8 産業関係祭祝詞
鉄工所構内神祀奉鎮祭・産業報国祈願祭・満蒙開拓青少年義勇軍出発奉告祈願祭 等
9 団体結成式祝詞
大日本婦人会支部結成式・翼賛青年団結成奉告祭 等
10 団体旗祭祝詞
会旗新製入魂祭・在郷軍人班旗新成奉告祭・青年団旗新製祈願祭 等
11 奉告祭祝詞
戦死軍人叙勲奉告祭・慰問袋発送奉告祭・集団勤労奉仕終了奉告祭 等
12 雑祭祝詞
靖国神社遥拝・戦死者遺族靖国神社神札奉鎮祭 等
Ⅴ 葬祭祝詞
1 遺骨帰家祭詞
2 移霊祭詞
3 棺前祭詞・出棺祭詞
4 葬場祭詞
5 誄詞
6 埋葬祭詞
7 埋葬帰家祭詞
8 霊祭詞
9 墓所地鎮祭詞
10 墓石建設祭詞
11 雑祭祝詞
Ⅵ 慰霊祭祝詞
戦死者慰霊祭・戦死者合同慰霊祭・戦死者家族慰霊祭 等
Ⅶ 招魂祭祝詞
Ⅷ 忠魂碑関係祭祝詞
以上、武田政一編『大東亜戦争祝詞集』明文社、昭和18年9月発行、および武田政一編『新編戦時祝詞集成(下)』明文社、昭和15年10月発行参照に分類したものである。『集成』は『大東亜戦争祝詞集』よりも例文が多く掲載されている。武田政一編『新編戦時祝詞集成(上)』を見れば、Ⅰ~Ⅳについてもさらに細分類が可能であるが、残念ながら現在のところ、所在確認ができていない。
いずれにせよ、この戦時祝詞の分類は、即ち、戦争関係祭祀の分類といえる。神社が関わっていた祭祀のおおまかな概要はこれで提示できると言ってよいだろう。
さて、国家・国民による神社観の変遷を明らかにする必要性を上記で述べたが、ここでは神社側の戦争への関わりを中心に見ていきたい。まずは、神社祭式に欠かすことのできない祝詞の問題を取り上げておきたい。
祝詞とは、神祇をまつり、神祇に祈ったりする際に、神前でとなえる古体の文章のことである。文体は、体言・用言の語幹を漢字で大きく、用言の語尾や助詞などを万葉仮名で小さく書くという宣命書(宣命体)を用いており、その伝統は現在に継承されている。祝詞は神道の信仰・思想・言語を知るための根本史料であり、現代の神社においても祝詞を奏上することは最も重要な儀礼である。(『日本民俗大辞典』下、吉川弘文館、2000年、三橋健執筆参照)祝詞は『延喜式』などの古典や、その時代に刊行されている例文集などを参考にして、神職により作文されるものであり、祝詞に記載からは、祈願の内容とともに時代性も推察することができる史料といえる。
戦時下の神社では、戦勝祈願等の神事においても当然、祝詞は奏上されているわけで、戦争と神社祭祀に関する研究の上で、戦争祭祀に関する祝詞は重要なキーワードといえる。戦争祭祀に関する祝詞は、当時「戦時祝詞」と称され、その例文集もいくつか刊行されている。古くは明治37年12月に発行されている三崎民樹編『戦時祝詞集』(水穂会発行)があり、日露戦争関係の他、西南戦争、日清戦争等の戦時祝詞が収録されている。また、昭和15年10月に、武田政一編『新編戦時祝詞集成(上・下)』(明文社)が発行されており、現在、下巻のみ国立国会図書館に所蔵されている。(上巻は所在未確認。)また、昭和18年9月には、武田政一編『大東亜戦争祝詞集』(明文社)が発行されており、大東亜戦争開戦以来、約1年間に行われた戦争関係の祭祀の祝詞を編集したものとなっており、参考のために、支那事変等に関する祝詞も掲載されている。ただし、これらの戦時祝詞集は、国立国会図書館以外では、公的機関での所蔵は確認できないため、これまで調査対象としては取り上げられる機会がなかったのだろう。『神道論文総目録』・『続神道論文総目録』・『現代神道研究集成』所収の文献目録を眺めても、戦時祝詞に関する先行研究は見あたらない。
なお、内務省令など国家によって制定された戦時祝詞については、長谷晴男編『神社祭祀関係法令規定類纂』(国書刊行会、1986年)に掲載されている。①昭和16年12月13日、内務省令第三十五号「宣戦奉告ノ為官国幣社ニ於テ行ハルヘキ祭祀ノ祭式及祝詞制定ノ件」、②昭和16年12月13日、内務省令第三十六号「宣戦奉告ノ為府県社以下神社ニ於テ行フ祭祀ノ祭式及祝詞制定ノ件」、③昭和20年5月12日、内務省令第十二号「寇敵撃攘必勝祈願ノ為官国幣社以下神社ニ於テ行フ祭祀ノ祭式及祝詞制定ノ件」、④昭和20年9月15日、内務省令第二十二号「戦争終熄奉告ノ為官国幣社ニ於テ行ハルヘキ祭祀ノ祭式及祝詞制定ノ件」などである。
ただし、これら内務省により制定され祝詞は、戦争関係祭祀の全体からすればごく一部であり、祝詞は祭式ごとに神職自らが作文したものであることから、『官報』や『法規集』から抽出した祝詞の分析だけでは、戦争祭祀の全容を把握することにはならない。
そもそも、神社における戦争関係祭祀とは何なのか、その種類、分類はこれまでの戦争と神社祭祀に関する研究においても為されていないと思われる。先に述べたとおり、祝詞の奏上は神社祭祀の中で最も重要な儀礼であり、どのような種類の戦時祝詞があったのかを把握することで、戦争関係祭祀の分類は可能である。上記の、現在、所在が確認できている戦時祝詞集には約200以上の例文が掲載されている。その祝詞を大まかに分類すると以下のようになる。
Ⅰ 奉告祭祝詞
1 宣戦奉告祭祝詞
宣戦奉告祭・宣戦大詔渙発奉告祭・宣戦奉告武運長久祈願祭 等
2 応召軍人奉告祭祝詞
応召軍人奉告祭・入営奉告祭
3 戦勝奉告祭祝詞
香港攻略奉告祭・新嘉坡陥落奉告祭 等
4 支那事変五周年奉告祭祝詞
5 帰還軍人奉告祭祝詞
Ⅱ 祈願祭祝詞
1 大詔奉戴日祈願祭祝詞
2 戦勝祈願祭祝詞
大東亜戦争戦勝祈願祭・対米英征戦完遂祈願祭 等
3 武運長久祈願祭祝詞
敵国降伏武運長久祈願祭・出征軍人武運長久祈願祭・月次武運長久祈願祭 等
4 戦傷病軍人平癒祈願祭祝詞
5 祈誓祭祝詞
銃後奉公祈誓奉告祭・時難突破必勝祈誓祭 等
Ⅲ 報賽祭祝詞
1 戦傷平癒報賽祭祝詞
2 帰還軍人報賽祭祝詞
3 一般報賽祭祝詞
報賽額奉納祭 等
Ⅳ 戦時雑祭祝詞
1 刀剣関係祭祝詞
軍刀入魂祈願祭・刀剣奉納戦捷祈願祭 等
2 航空機関係祭祝詞
航空隊開隊式・飛行機航空安全祈願祭・航空記念日祭 等
3 兵器命名献納式祝詞
4 献納祭祝詞
飛行機献納式・戦利品奉納奉告祭 等
5 艦船関係祭祝詞
6 軍馬祭祝詞
7 海軍記念日祭祝詞
8 産業関係祭祝詞
鉄工所構内神祀奉鎮祭・産業報国祈願祭・満蒙開拓青少年義勇軍出発奉告祈願祭 等
9 団体結成式祝詞
大日本婦人会支部結成式・翼賛青年団結成奉告祭 等
10 団体旗祭祝詞
会旗新製入魂祭・在郷軍人班旗新成奉告祭・青年団旗新製祈願祭 等
11 奉告祭祝詞
戦死軍人叙勲奉告祭・慰問袋発送奉告祭・集団勤労奉仕終了奉告祭 等
12 雑祭祝詞
靖国神社遥拝・戦死者遺族靖国神社神札奉鎮祭 等
Ⅴ 葬祭祝詞
1 遺骨帰家祭詞
2 移霊祭詞
3 棺前祭詞・出棺祭詞
4 葬場祭詞
5 誄詞
6 埋葬祭詞
7 埋葬帰家祭詞
8 霊祭詞
9 墓所地鎮祭詞
10 墓石建設祭詞
11 雑祭祝詞
Ⅵ 慰霊祭祝詞
戦死者慰霊祭・戦死者合同慰霊祭・戦死者家族慰霊祭 等
Ⅶ 招魂祭祝詞
Ⅷ 忠魂碑関係祭祝詞
以上、武田政一編『大東亜戦争祝詞集』明文社、昭和18年9月発行、および武田政一編『新編戦時祝詞集成(下)』明文社、昭和15年10月発行参照に分類したものである。『集成』は『大東亜戦争祝詞集』よりも例文が多く掲載されている。武田政一編『新編戦時祝詞集成(上)』を見れば、Ⅰ~Ⅳについてもさらに細分類が可能であるが、残念ながら現在のところ、所在確認ができていない。
いずれにせよ、この戦時祝詞の分類は、即ち、戦争関係祭祀の分類といえる。神社が関わっていた祭祀のおおまかな概要はこれで提示できると言ってよいだろう。