弘法大師空海の生涯 ー1200年前の空海と四国ー②
二 柑橘を称賛する空海
まずこの写真は西予市宇和町にある愛媛県歴史文化博物館で先日六月八日まで開催していました特別展「弘法大師空海展」にて展示していた作品です(写真1)。非常に大きい寸法でして、縦四メートル幅六メートルの作品です。地元の愛媛県立三島高校書道部の皆さんに五月三日に書道パフォーマンスで書いていただいたものです。ここに表現されているのは、実際に空海が平安時代に書いた言葉なのです。それを三島高校書道部の皆さんに作品にしていただきました。
史料1 柑子を獻ずる表(『性霊集』巻第四)
沙門空海言さく 乙訓寺に数株の柑橘の樹有り
例に依りて交へ摘うて取り来る
数を問へば千に足れり 色を看れば金の如し
金は不変の物なり 千は是れ一聖の期なり
詩七言
桃李珍なりと雖も 寒に耐へず
豈柑橘の霜に遇つて 美なるには如かむや
星の如く 玉の如し 黄金の質なり
香味は簠簋に実つるに 堪へたるべし
千年一聖の会を 表すべし
攀ぢ摘むで持て 我が天子に献ず
何が書かれているかというと、実は愛媛県のシンボルであるみかん(柑橘)を称賛している漢詩なのです。『性霊集』という空海が書いた文章を弟子の真済がまとめた史料があるのですが、そこに載せられているものです。ここに「黄金の質」とか、「桃李珍なりと雖も寒に耐へず」云々と書かれていますが、要するに桃やスモモは珍しいけれども、寒さに耐えることはできない。ところが「豈柑橘の霜に遇って」つまり、柑橘類は寒さの中で霜にあうけれども「美なるには如かんや」。つまり美しいことに及ぶものはなく、寒さの中でも美しく育つ。そして、それは「星の如く玉の如し」とあります。しかも「黄金の質なり」とも書かれています。また「香味」要するに匂いや味は「簠簋」(入れ物)に満ちる。入れた物の中に充満するくらい素晴らしいとあります。「千年一聖の会を表すべし」これは要するに千年が一つの区切りであるほど永遠であるということです。つまり、みかん(柑橘)自体が、星のごとく玉のごとく、黄金であり千年でありと賛美しているのです。それを「攀じ摘むで」柑橘の実を摘んで我が「天子」(嵯峨天皇)に献じますよ、という言葉を三島高校の皆さんに書いていただきました。
空海の生誕地は讃岐(香川県)ですが、このようにみかん(柑橘)を絶賛している。それを地元の方、愛媛の方には広く理解してもらいたいと思いまして紹介しました。実は、この「柑子を献ずる表」は『性霊集』に所収されていますが、これには、前文があります。「沙門空海言さく」とありますが、「沙門」つまり空海自分が言うには、乙訓寺(今の京都府長岡京市にある寺院)の柑橘なのです。だから、愛媛の柑橘を献上したわけではありません。長岡京市にある乙訓寺に数種の柑橘の木があって、それを摘んで、そしてその「数を問へば千に足れり」と、「色を看れば金の如し、金は不変の物なり」と。「千は是れ一聖の期なり」永遠であるという絶賛です。これは実際に空海が言ったと「伝えられる」という類の「伝説」「伝承」レベルの言葉ではなくて、実際に空海が嵯峨天皇に柑橘を献上するときに添えた文章でして、『性霊集』に記された歴史的事実なのです。本物の「空海の言葉」といえるでしょう。それを最初に紹介させていただきました。
③につづく
二 柑橘を称賛する空海
まずこの写真は西予市宇和町にある愛媛県歴史文化博物館で先日六月八日まで開催していました特別展「弘法大師空海展」にて展示していた作品です(写真1)。非常に大きい寸法でして、縦四メートル幅六メートルの作品です。地元の愛媛県立三島高校書道部の皆さんに五月三日に書道パフォーマンスで書いていただいたものです。ここに表現されているのは、実際に空海が平安時代に書いた言葉なのです。それを三島高校書道部の皆さんに作品にしていただきました。
史料1 柑子を獻ずる表(『性霊集』巻第四)
沙門空海言さく 乙訓寺に数株の柑橘の樹有り
例に依りて交へ摘うて取り来る
数を問へば千に足れり 色を看れば金の如し
金は不変の物なり 千は是れ一聖の期なり
詩七言
桃李珍なりと雖も 寒に耐へず
豈柑橘の霜に遇つて 美なるには如かむや
星の如く 玉の如し 黄金の質なり
香味は簠簋に実つるに 堪へたるべし
千年一聖の会を 表すべし
攀ぢ摘むで持て 我が天子に献ず
何が書かれているかというと、実は愛媛県のシンボルであるみかん(柑橘)を称賛している漢詩なのです。『性霊集』という空海が書いた文章を弟子の真済がまとめた史料があるのですが、そこに載せられているものです。ここに「黄金の質」とか、「桃李珍なりと雖も寒に耐へず」云々と書かれていますが、要するに桃やスモモは珍しいけれども、寒さに耐えることはできない。ところが「豈柑橘の霜に遇って」つまり、柑橘類は寒さの中で霜にあうけれども「美なるには如かんや」。つまり美しいことに及ぶものはなく、寒さの中でも美しく育つ。そして、それは「星の如く玉の如し」とあります。しかも「黄金の質なり」とも書かれています。また「香味」要するに匂いや味は「簠簋」(入れ物)に満ちる。入れた物の中に充満するくらい素晴らしいとあります。「千年一聖の会を表すべし」これは要するに千年が一つの区切りであるほど永遠であるということです。つまり、みかん(柑橘)自体が、星のごとく玉のごとく、黄金であり千年でありと賛美しているのです。それを「攀じ摘むで」柑橘の実を摘んで我が「天子」(嵯峨天皇)に献じますよ、という言葉を三島高校の皆さんに書いていただきました。
空海の生誕地は讃岐(香川県)ですが、このようにみかん(柑橘)を絶賛している。それを地元の方、愛媛の方には広く理解してもらいたいと思いまして紹介しました。実は、この「柑子を献ずる表」は『性霊集』に所収されていますが、これには、前文があります。「沙門空海言さく」とありますが、「沙門」つまり空海自分が言うには、乙訓寺(今の京都府長岡京市にある寺院)の柑橘なのです。だから、愛媛の柑橘を献上したわけではありません。長岡京市にある乙訓寺に数種の柑橘の木があって、それを摘んで、そしてその「数を問へば千に足れり」と、「色を看れば金の如し、金は不変の物なり」と。「千は是れ一聖の期なり」永遠であるという絶賛です。これは実際に空海が言ったと「伝えられる」という類の「伝説」「伝承」レベルの言葉ではなくて、実際に空海が嵯峨天皇に柑橘を献上するときに添えた文章でして、『性霊集』に記された歴史的事実なのです。本物の「空海の言葉」といえるでしょう。それを最初に紹介させていただきました。
③につづく