愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

現代における「民俗」の活用法

2011年05月04日 | 衣食住
現代における「民俗」の活用法
-青年の自立支援プログラム「江戸時代生活体験」-

愛媛県大洲市にある国立大洲青少年交流の家では平成十六年度より久万高原町大川地区(旧美川村)において青年(大学生~概ね三十歳)を対象とした企画事業「江戸時代生活体験」を実施している(表一・平成十六年のプログラム参照)。この企画には私の勤務先である愛媛県歴史文化博物館も協力機関として参加し、事業の立ち上げ・運営・講師として私も関わってきた。本稿ではその企画事業の実施意図、内容について簡単ではあるが紹介しておきたい。

「江戸時代生活体験」は、社会の中で子どもから青年・大人へと成長していく諸段階で行われる通過儀礼(人生儀礼)が薄れつつある現代で、「大人とは何か」という問いを中心に、青年が大人になることの社会的意味合いを参加者自身に考えてもらうための自立支援プログラムとして出発した。この事業の立ち上げには、愛媛県内の大学研究者、社会教育関係者、新聞社、民間企業教育担当者等十名で構成された「大人を考えるシリーズ実行委員会」が組織され、その会議の中で、現代の青年についての課題を以下の四点に集約した。①現代の若者のコンサマトリー(今さえ良ければいいという考え方)化への対応、②若者がライフビジョン・ライフスキルを持つ必要性、③若者が人と関わりながら生きていく力の必要性、④若者が自分の自己存在を確認できる場の必要性。その結果をふまえて企画事業の一つとして、過去に戻り現代、そして自分自身について考える「時と文化を探るプロジェクト『江戸時代生活体験』」を実施することとなった。

実行委員会で提示された課題をもとに、天保十二(一八四一)年建築の久万高原町(旧美川村)大川地区旧大庄屋「土居家」の土居一成氏ご夫妻並びに丹波松清氏をはじめ大川地区の方々とご相談した結果、江戸時代からの建築・史料が残っており、衣・食・住に関する民俗(伝承文化)を再現するために多くの方々に協力していただくことが可能だったため、会場を土居家および大川地区とし、以下の四点の特色を盛り込む事業にすることとした。①江戸時代から昭和までの生活を民俗学から探る内容(愛媛県歴史文化博物館学芸員の大本敬久による昔のくらしの生活案内を行う。体験プログラムごとに愛媛並びに大川地区の伝承文化・民俗に関する解説を入れる。)、②大川地区で行われた旧正月を再現(旧正月に近い時期に事業を実施したため、大川地区で行われていた餅つき・おせち料理を再現し、旧暦時代の季節感を体感する。)、③夜警、獅子舞等、江戸時代から高度経済成長期まで若者組(青年団)等で若者・青年が担っていた役割を体験する。(大川地区で行われていた夜警コースを当時と同じ箇所を同じ方法で巡る内容。獅子舞は大川地区八柱神社奉納獅子として二百年前から始まったと言われる大川獅子舞を体験する。)、④現代社会について考えるふりかえり(プログラムの最後に、伝承文化体験と現代社会を比較する形で行い、主に「環境(自然に負荷をかけない生活スタイル)」・「文化の伝承」・「社会での若者の役割」・「町づくり・地域づくり」の四つのテーマとして、講師の大本が総括し、参加者とともに考える。)そして参加定員は二十名とし、実際に参加したのは愛媛県内外の大学生、高校生、二~三十代で、久万高原町内の参加者は少なく、都市部の若者が中心だった。

このように、名称自体は「江戸時代生活体験」であるが、久万高原町の江戸時代当時そのものの生活を再現するよりは、江戸時代から明治・大正・昭和(高度経済成長期)まで継続して地元で伝承されてきた生活文化を再現・体験するという内容として実施した。事業実施中は、現代の便利な生活をふりかえってもらうため、携帯電話は使用を禁止し、また冬の寒い時期ではあったが現代の電気・ガスの機器を使わず、火起こしは火打石で自分で行い、燃料となる薪も自分達で割るという生活を基本とした。

参加者の感想として代表的な意見をまとめると、以下のようになった。
自分の周りの環境がすごく恵まれていると感じた。また、残飯を肥料にしたり、藁で縄を作ったりするのを見て、物を大切にすることが大切だと感じた。何でもゴミを出してはいけないと思う。現代、外国の文化を受け入れる傾向があるが、今回体験した藁細工、餅つき、獅子舞もとても素敵な文化だと思う。こういった日本の文化を大切にしていきたい。社会での若者の役割は重要だと思う。自分の存在価値を感じられるからだ。こういう役割が減ったから若者の心にひずみが生まれたのではないかと思う。町という単位は、教育的な面からも、社会的・経済的・精神的にもとても大切だと思う。その町を人々の役割などをしっかり決めて、祭などによって盛り上げ、つくっていくということは、人を育てるという意味でも大切である。(以上、参加者の感想)

以上のような意見から見て、自分と自分の取り巻く社会を相対化し、社会の構成員としての自分の役割や自分の存在、現在の社会状況を理解する一端をこの事業が担ったことがわかる。その後「江戸時代生活体験」は平成十八年度(十九年一月六~八日)、十九年度(十九年十一月二三日~二五日)に実施し、大川地区土居家を会場とした類似事業として、二十年度には対象を小学生として「食文化をテーマにした異年齢相互体験学習・免許皆伝!もったいない名人~江戸の村人の巻~」(二〇年八月五日~十日)を実施している。また、久万高原町教育委員会主催で高校生・大学生を対象とした「EDOJIDAI生活体験」(二二年十二月十八~十九日)も開催されている。

以上、普段は何気ない衣食住の民俗など、地元久万高原町にて過去から世代を越えて伝承されてきた生活習慣が、単に地元の過去をふりかえる手段としてだけではなく、現代の若者・青年にとっても大人に成長するために自らをふりかえるための素材として活用できることが、この「江戸時代生活体験」は示している。これは現在の久万高原町の持つ地域遺産・地域資源ともいうべきもので、今後、都市化、消費社会化、無縁化がますます進む現代において、地元の民俗(伝承文化)に注目する必要性は高まってくるのは間違いない。 (大本敬久)



※挿入図版・表(江戸時代生活体験日程平成17年2月11~13日)は省略している。

※この文章は、平成22年に久万高原町教育委員会の依頼で江戸時代生活体験を実施した際にまとめたものである。


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