愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

おさん狸の伝説

2001年02月01日 | 八幡浜民俗誌
おさん狸の伝説

 愛媛県内には、狸に関する伝説が数多い。有名なものとしては、伊予一番の化け上手と言われ、讃岐一の狸と化け合戦をしたという東予市北条の喜左衛門狸の話がある。この狸は地元の大気味神社の境内に喜宮明神として祀られているなど、伝説上の狸が何らかの形で祀られている事例を散見することができる。例えば、越智郡大西町小西で明童菩薩として祀られているお袖狸や、松山市上野町の大宮八幡神社に祀られている金平狸、八西地域では、三崎町三崎にある伝宗寺の境内に狸地蔵などである。
 さて、八幡浜市双岩にも有名な狸伝説がある。「おさん狸」と地元では呼ばれている狸で、釜倉から和泉に抜ける峠の山腹に「サザエが岳」という場所があり、そこの洞窟を根城としていたと言われている。地元では、昔、この狸に騙されて道に迷ったとか、「ノツボ(肥だめ)」に落とされた人がいたという話が伝わっている。この類の狸伝説はよく聞くことのできるものだが、双岩のおさん狸は、眷属(弟子)が佐田岬半島に修行に行くという話があるなど、活動が広範囲に渡っていて珍しい。例えば、『瀬戸町誌』に収録されている伝説として、次のようなものがある。
 双岩のおさん狸の眷属が修行道場のある佐田岬半島突端部に潮垢離に赴く途中、たまたま瀬戸町塩成で、地元の人に山狩りに遭って、捕殺された。ところが、その地区では思いがけない火災が続出し、疫病も流行した。さらに直接狸を捕殺した者の家庭では不幸ごとが連続し、これは狸の祟りだと言うようになった。そこで地元の人が話し合って狸地蔵を建立して狸の霊を慰めようとした。数年間はこの地区に平穏が訪れたが、誰かがいたずらをしてこの地蔵をどこかへ投げ捨ててしまい、再び災禍に見舞われることになった。今度は二匹の狸を刻んだ地蔵を建て、豊神社として祀ることになった。ちなみにこの地蔵には「大正四年塩成区建立豊神社」と刻まれている。
 この話は、双岩のおさん狸の名が瀬戸町塩成にまで知れ渡っていたことを示す伝説である。双岩に伝わる話と、塩成に伝わる話には共通点が見られる。それは、狸が岳の洞穴に居住していたり、修行に出かけたり、塩垢離をしたりするなど、修験者(山伏)の修行を模していることである。修験者は祈祷をするなど霊験を備え、また、修験者が殺されて祟るという伝説は多い(五反田の金剛院伝説など)。狸は人を化かすという性質を持つゆえに、伝説上に登場する際は、人間界でそれに近い霊験を持つ修験者に比されたのである。推測であるが、各地の狸伝説を宣伝した者は、実は修験者だったのではないかとも私は考えている。 

2001/02/01 南海日日新聞掲載

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