つぶやき、遊び・仕事・日常

一日の出来事のあれこれを雑多に記録していきます

悪い流れに耐える

2022-07-06 06:54:20 | 日記
悪い流れの時は、じっと耐える。
だって悪い流れというやつは、意外と飽き性らしいから。
焦らず、腐らず、諦めずの精神で行けばいい。
この言葉は、おいらが時々つまむ趣味の麻雀の必勝法かと思ったら、
林修先生の、人生を乗り切る名言の一つだった。
まあそんなことは気にせずに、麻雀に活かしてやろう。

◆趣味が高じてとうとう自動配牌雀卓を購入しました
 友人の一人は独身で、両親と同居していた。
 その後父親が他界し、母親は老人ホームに入居した。
 広すぎる一戸建てを活用するために、雀卓を購入したのだ。
 価格はピンからキリまであったのだが、低騒音タイプを選択したので、税込み送料込みで276,000円だった。
 3人で購入したので、一人92,000円ということだ。

 雀荘では、だいたい一回三人で6,000円くらい支払っていたので、46回(日)で投資回収できるわけだ。
 ずいぶん気の長い話だが、自宅(友人の)で気兼ねなく麻雀をしながらなので問題はなかろう。
 そこでは、常習とばくにはならない程度の賭けを行なっている。
 そして、毎局ごとにトップからプール金を徴収し、独立した財布で管理をしている。
 なので、このメンバーで麻雀後食事をしたり、スーパー銭湯に繰り出したり、
 あるいはプール金が溜まれば、宿泊旅行なんかも実施できちゃったりする。
 だから、結局は仲間内でお金が回り、その日のツキの差によって支払金額が多かったり少なかったり、
 あるいはゼロですんだりといった程度なのだ。
 で、今週末もその予定があるので、林先生の名言を役に立てたいものだ。

悩みは「まぼろし」

2022-07-05 06:37:34 | 日記
おいらは、特定の宗教観はないのだが、仏教にこんな考え方があると聞いた。
生活やビジネスの場で、ほぼ決まりかけていた話を突然打ち切られることがある。
別の何かと天秤にかけられていたのか、単に騙されていたのかはわからない。
相手の無礼に腹が立ち、心が乱れるし、振り回されたりもする。
こんな時に、「まあいいさ、あんな人と行動を共にしないで良かった。」
と、断られたことの良い面を発見できれば悩みはサッと消えるというものだ。

◆仏教では「皆空:かいくう」というそうだ
 悪いことの中にも必ずいいことがある。
 とにかく自分の気持ちに工夫して、これでよかったんだ、むしろありがたかった、と切り替えればいい。
 嫌な思いを、いい思いに変化させれば、また明るく新しい一歩が踏み出せるものだ。

 人生悪いことばかりではない。
 一見悪いと思われることの中にも必ずいい点があるものだ。
 いい点に気づけば、うらみつらみや苦痛はなくなる。
 実は悩みの正体は「まぼろし」だったのだ。
 これに気づくのが「皆空」。
 これで良かったと考えるだけでいい。

 →う~ん なかなかその切り替えは難しいのですが、たしかにそういう面はあるのかもしれませんね。
  精神科医のスマイリー・ブラントンはこう言っていたな。
  「幸せになりたければ、あの時ああしていればと言う代わりに、この次はこうしよう、と言うことだ。」
  過去にこだわるのではなく、それを糧に未来へ進めという事なのだろう。
  言っていることには互いに通ずるものがあるようだ。

ホンダを創った男

2022-07-04 06:36:59 | 日記
本田宗一郎氏と二人三脚でホンダを創ったのが、この藤沢武夫氏だ。
本田氏が製造全般を、藤沢氏が経営全般を指揮したようだ。
そんな氏が、「松明は自分の手で」で、町工場から世界のホンダへの道を書き記している。
内容は主に経営に関する行動や考え方なのだが、おいらの普段の生活にもずいぶんと役に立ちそうな数々だった。

◆こんな要点が参考になりました
 ・シンプルに考えているか。
 ー生活の中でも全く同じ、状況が変わっても一筋の太い道を迷わずに行くべき。
 
 ・先を読んでいるか。
 ー自分の進んでいく方向が、正しいか正しくないかを知るのが一番大切。
  今現在上手くいっているかどうかは、その次で良い。
 
 ・油断していないか。
 ー現在の好調にあぐらをかいていないか。
 
 ・情熱は維持できているか。
 ー自分自身の情熱は持ち続けているか、それがなければ次の成長はない。
 
 ・歴史を知っているか。
 ー生まれる前のことを知らないのは、赤ん坊のまま育っているのと同じこと。
 
 ・引き際を知っているか。
 ー人はいつかは退くべきもの、余裕をもって退けば未来を描ける。

 人生で迷ったり、選択に自信が持てなかったりした折に、考え方の指針になる言葉の数々でした。

 

解決策

2022-07-03 07:02:34 | 日記
生活の中でもビジネスの場でも、隘路にはまりこんでしまったかのように、
まったく解決の道筋が見つからないかのような状態に陥ることがある。
そんな折に、噛み締めて味わってみたいのがこんな言葉だろう。
英国作家・詩人のグルバート・ケイス・チェスタトンだ。
推理作家として有名な方ですね。

◆解決策がわからないのではない、問題がわかっていないのだ
 彼にとって浮世の問題は、探偵小説の謎解きのようなものなのかもしれません。
 解くべき謎=問題・課題さえしっかりと捉えれば、解決策は必ず見つかるという事なのでしょうね。

 たしかに、問題の所在をきちんと把握しないまま、
 ああ困ったどうしようなんて他人が悩んでいる場面を目にすることがある。
 もう少し順序だてて、何が一番の問題かはっきりさせればいいのになぁとも思うが、
 自分のこととなるとそれはなかなかに難しいことなのかもしれませんね。

 もうひとつ、やや異なった視点からはこうかな。
 読売新聞社主正力松太郎。
 「専門家というものは全体の関係は見ていない。
  専門家の知識は使うべし。
  だが、それに吞まれてはいかん。」
 これは典型的な、個別最適=全体不適というやつですね。
 ある一つの事柄だけに最適を求めると、かえって全体に対して悪影響を及ぼすということですね。
 だがこれも、結局は全体=問題の本質がわかっていないがゆえのことなのでしょうね。
 順序だてて正しく問題をとらえたいものです。

理解されないさみしさ

2022-07-02 07:01:10 | 日記
温泉旅行でおいらはその周辺には何度も訪れた、奈良県吉野郡だ。
かっては、修験道(しゅげんどう)の霊地でもあった、ここ大峯山。
深山幽谷で、人類の未踏の地の如しだったようだ。
そこで前大僧正行尊は、こんな句を詠んでいる。

もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし
 (意訳)
 山桜よ、出会えた感動を分かち合おう。
 この山奥では、お前意外に私が通じ合える相手もいないのだ。
 
 行尊は、修行のために訪れたようだ。
 体力的にはもちろん辛く、孤独にもさいなまれたはずだ。
 だがここで行尊は、思いがけず山桜に出会ったのだろう。
 懐かしさや親しみを感じ、ほっと安らいだのかもしれない。
 あるいは、旧知の友のように感じたのかもしれない。
 だが、語り掛ける相手が山桜以外にないというのは、どれほどの寂しさだったのだろう。

 時代が変わっても、それは同じようなものなのかもしれません。
 修行ではなくとも、ビジネスの場でも生活の中でも、
 わかってもらえないなという気持ちを感ずることがあります。
 自分が正しいと思う方向へ進むしかないようですね。
 →おいらの場合は、山桜よりもぺんぺん草が似合うかな・・