翻訳 朴ワンソの「裸木」78
278頁~281頁
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清涼な秋の朝だった。2階の寝室から寝坊を楽しんでいる夫の枕元で黙ってコーヒーと新聞の朝刊という声を待った。
カーテンを開けると明るい光と翡翠色の空がいっぺんに寝室へ溢れてきた。深い秋なのだ。
庭には黄色い銀杏の葉が一枚二枚と落ちていた。風が通って行くようだ。急に小枝が震えると、落葉が一層きらびやかだ。恐らく木々はぱらぱらというその寒々とした泣き声をあげるのだろう。
厚いガラスのために私はその声を聞くことができなかった。私はその声が聞きたかった。まるで渇きのように抑えがたく、その声が聞きたかった。私は神経質に取り付けてある防犯用の金具を後ろに反らし、回して引き抜いて窓をぱあっと開けた。
窓の外の空気がもっと冷たいだけで、風はもう止んでいた。しかし私は体をぞくぞく震わせて寒々しいわめき声を聞いていた。それはひょっとしたら木々の泣き声ではなく、秘密の中で泣いているもう一人の私がもだえているかもしれないのだ。
夫のテスが今だかつて所有することも傷つけることもできない、もう一人の私。その体温がなくなり暖めることのできなかった、もう一人の私。
ふと胸の片隅に鈍い痛みが来る。
「窓をちょっと閉めてよ。風邪をひく」
夫の癇癪の混じった声を聞こえないふりをして、私はもう一度風が通り過ぎるのを待った。
ぱらぱらと木々が声を出してきらびやかな金色の葉っぱを地面へと落とした。ふわふわしてかさかさした、ぽかぽかしながらも悲しかった絨毯の感触が全身に生生しく蘇ってきた。
「窓をちょっと閉めろってば」
大きなくしゃみをした夫がついに大声を張り上げた。
あの絨毯の上に寝転ぶには私はとても年を取ったのだろうか? いや、とても多くの無駄なものを抱えたのだろうか?
黄色い葉っぱが一枚窓に軽く飛んできた。私はようやく窓を閉めて振り返った。
夫は新聞に飛んできた銀杏の葉をほこりのように何気なく落として、新聞を取りあげるのを途中でやめて、私をにらんだ。
ぱさぱさした頭に疲れた目、ふと顔でも隠したいような、この平凡な中年の男に馴染みがない。
「あーあ。日曜日だから寝坊しているんで、それなのに人を起こすなんて」
「肌寒い…本当にそうね」
私は中途半端に笑って、
「今日はもう日曜日なのね」
何の意味もない音を口の中でもぐもぐさせながら、彼の横に座った。
「今日少しゆっくり休めばよくなるはずだが、フンの奴がどこか行こうとせびらないだろうか」
彼は徐々に私を常識的な彼の妻の軌道に引き込む。
私は床に落ちた銀杏をつまみあげて鼻の先につけてから、彼の肩越しに新聞の活字をむしりとった。
文化欄は、〈故オクヒドさんの遺作展S会館でー〉遠い昔のような幼く見える日、この上なく芳しい冠で覆いたかったオクヒドの名前の上に〈故〉の字が付いたのだ。
少し前に鈍い痛み感じた所が鋭く痛んだ。
嗚咽かせめて心臓の鼓動なのか、そんな痛みを分ける、大げさな訴えをまったく用意していない、完全に私だけの悲痛。
私は息を殺してそっと痛みに耐えながら、また一つの苦しい日を回想する。確かにこれぐらい苦しい日を。
それは恐らく私の古家が取り壊された日だっただろう。
夫は結婚式を済ませるや否やまず第一に古家の撤去を言い出した。とんでもなく広い敷地に不合理な構造で建っている陰気な古家は、不必要な部屋だけ多く、手を入れることができず崩れ落ちたので、きれいに壊して敷地の半分を処分して役に立つ頑丈な洋館を建てようというのだった。
とても当然な主張だった。反対する理由はなかった。
古家の撤去は迅速になされた。私はその解体に耐えられない痛みを保ち続けた。
優雅なひさしと非常に高い屋根の棟は古い一枚瓦に解体され、雄壮な大黒柱とぴかぴかに使い込んだ太い木が、ちらちら見え隠れしていた囲碁盤のさびしい薪の山のようにひっくり返った。
数多い哀歓を覆ってくれた〈亜〉の字の窓が扉の商売の手押し車に乱暴に積まれた。
夫はこんな商売人の群と何文かのお金のために、大声で口けんかしながら、利に聡く値段を決めた。
夫は一人で本当によく交渉し、お姉様はしきりに出っ歯をむき出して私の背中を叩いた。
このようにして私の古家は完全に解体され、何文かのお金に替わったようだ。
父と兄達が愛していた家、母が臨終の日まで執着した家。それを彼らが、初対面の知らない見慣れない男が冷淡に解体してしまったのだ。
しかし、考えて見ると古家の解体は表門の両側に部屋のある棟に穴があいた日から、もう始まったことで、一度始まった解体は誰かによって決着させられなければならないのではないか。
二度と、二度と朝の光の中に瓦屋根の溝に霜をいただいて建っている粛然とした古家を見ることができないとは。
しかし、私は自分自身の体で解体されるような痛みを毅然として耐えた。実は私は古家の解体にかこつけて、自分自身の解体を試みていたのかもしれないのだった。
夫が役に立たず不便な古家を解体させ、私達の新しい生活を収める新しい家を設計するように、私はまだ彼の妻として気楽になれない自分を解体させ、彼の妻としてやすらかな自分として取り外して合わせたかった。
役に立って堅固で、しかし世俗的で四角い家が夫の設計どおりできあがった。現代的の設備を備えた台所と、芝と小さい噴水まである庭園、こじんまりして上品で明るい家。すべてが夫の思い通りになった。
ただ私は裏庭の銀杏の木々だけはそのまま残すように頑強に固執した。広くない庭園にふさわしくない巨木が時には涼しい日陰をつくってくれたが、時には新しい家を薄暗く覆った。
しかし私はまだその色、そのささやき、そのわめき声を時々必要とした。
そうして見ると、まだ解体されなかった一部分が私の秘密の場所に残っているのかもしれない。
「オクヒドさんの遺作展があるね」
夫も今その記事を読んでいるようだ。
「死んだ後に遺作展が開かれてもどうしようもない。生前個人展を一度も開けなかった人に」
「…」
「ふう、オクヒドさんの絵が外国の人の間でかなり人気があるようだが、わからないな」