詩歌探究社 蓮 (SHIIKATANKYUSYA HASU)

詩歌探究社「蓮」は短歌を中心とした文学を探究してゆきます。

『短歌用語辞典』(飯塚書店)

2019-02-16 11:10:55 | 千駄記


短歌用語辞典(飯塚書店)

暖かな日差しに包まれている寒い工場です。
今日は午後から私の短歌教室があります。
杉並区の荻窪です。
明日は短歌の仕事がもう一つあって
鳥の観察もお休みです。

最近、『短歌用語辞典』とにらめっこしています。
画像は飯塚書店さんから借用しましたが
私の持っているのは旧版で、短歌を始めたころ
30年以上も前か‥遠い目です。
その見出し語に沿ってうたを作ったことを
思い出しています。
よって私の昔のうたは古くさい。

この用語辞典は「本歌取り」とは?「比喩」とは?
「短歌」とは?という類のものではなくて、
例えば「あい」「あか・る」「あかあか」と
いうような語句の説明があって
例歌が紹介されているものです。
読み物としても十分に面白い。

俳句には季語があって「や」「かな」などの
切れ字があってこれらは俳句用語かも知れませんね。
短歌にも短歌用語なんかあるのか?
と思われるかもしれませんが『短歌用語辞典』を
読んでいると、なるほど!と思うわけです。

現代短歌の名歌と呼ばれる作品に使われいる
語句や表現はこの『短歌用語辞典』に
必ずと言っていいほど掲載されています。
(わかりにくい言い回しかな)
私の憧れの歌人であった塚本邦雄が
「すべての短歌は本歌取りである」と言ったとか。
ほんと、そう思えてきます。

表現の新しさや詠む対象の新しさを
追求しつつも先達の語句や表現を借りながら
短歌は成長しているのだなと思えます。

近頃は文語、口語が混じり合った時代から
口語オンリーの短歌の時代になったように
思いますが、先達の表現に学びながら
ずっと深みがあって奥行きや幅もある一首を
成したいと思う次第です。



どうしてくれよう。

2019-02-15 12:59:19 | 千駄記



若き日は病院嫌いし父親が入院を機に生き生きとせり

父が入院して明日で十日。
見舞いに通う妹から
日に日に元気になっていると聞きました。
目を輝かせみるみる元気になっていると言うのです。
もちろん治療がうまくいっているって
ことなんでしょうが、複雑な思いがします。

怪我をしても、体調を崩しても病院に
行かなかった若き日の父を思います。

父にとって病院は居心地のいいところなのでしょう。
孤独じゃないし、スタッフはおそらく親切だし
食事も出るし。

世話をされるより自由がいいと
ワンルームマンションのような素晴らしい施設から
父が逃げ出したのは二年ほど前になるでしょうか。
退院したら、さてどうしてくれましょうか。

バレンタインデー

2019-02-14 18:51:00 | 千駄記



老若女的を定めずチョコレートもて矢文なすセントバレンタインデー

今日は冬晴れ。仕事も一区切り。
ブログを更新したら帰ります。

小学校何年生の頃からか、
バレンタインデーという風習はありました。
かつては本気チョコだ義理チョコだと言いましたが
いまでも本気チョコはあるのでしょうか?

歴史はローマ時代まで遡るらしいですが
日本のそれは全く別の形で独自の発展を遂げ
定着したのは70年代後半とのことです。
なるほどぼくの記憶と一致します。
本気で期待し、本気で悲しむ年頃ですから
いやーな記憶でしかないですわ。
母さんがくれたりしてね。情けない。
お返しは3月14日にマシュマロで・・という
記憶があるんですがチョコと違って
定着しなかったようですね。

今年もすでに全国各地からチョコレートが
送られてきましたが、ぼくのカバンには
まだ若干の余裕はあります。
が、帰宅すれば郵便受けに
どっさり詰まっていることでしょう。

俵万智さんに

男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす

なんて歌がありますが、並の歌人ならちょっと恥ずかしくて
発表できないような作品です。
万智さんは並の歌人ではない証でもあります。
『チョコレート革命』という歌集は97年刊行だそうで、
もう、二十年以上経っているんですね。
年も取るわけです。

おしまい。



ストリートビュー

2019-02-13 18:56:06 | 千駄記


ストリートビューのわが家の檸檬の木はのちの暮らしを徒労と知らず


通称「ストリートビュー」は
「Googleストリートビュー」が正式名称のようです。
2007年に開始されたとWikipediaにありました。

あの当時は、珍しくって懐かしの土地などを
検索して楽しんだものですが
当時はパソコンの力不足のせいか
動きがぎこちなかったり、途中でフリーズしたりで
あんまり見なくなりました。

が、先日買ったiPhoneにインストールしてみると
いかにもスムーズ。コンピュータは日進月歩なんですねぇ。
日進月歩という表現が古いわ!

で、本日のうた。
昼休みに、ストリートビューで現場の下見をしたついでに
東京の奥座敷に鎮座しますわが邸宅を検索してみますと・・

玄関先にあるレモンの木が地上50センチ足らず。
で、裸木となって映っています。何年前の撮影でしょうか?
今やぼくの身長に迫らんとし、去年は50個以上の実をつけたのです。
植えた年の冬の映像と推測しますと今から8年前か。
ドアの前に新しい自転車がありますが記憶にないのです。
ぼくは自転車に乗りませんし、全くのひとりぼっちで
家族はいませんしね。

たった8年の間にいろいろの人が
わが家の玄関をどかーん!と開き
ばたーん!と閉めてゆきました。

確かなのは八歳年をとったという事だけです。



『死ぬまでに観ておきたい 世界の写真 1001』

2019-02-12 18:28:00 | 千駄記


読みにくい本

『死ぬまでに観ておきたい 世界の写真 1001』という本です。
昨日覗いた本屋でちょっと勇気を出して購入しました。

1000頁には満たないのですが
重くて開きにくい本です。
写真とそれに纏わる小文が興味を引きます。

実業之日本社のHPに
「写真とは芸術だろうか、ドキュメンタリーだろうか、あるいはその両方だろうか?」
と銘打たれて内容紹介されています。

私は「写真とはもっとも簡単な情報伝達の手段」だと思います。







神田すずらん通り

2019-02-11 17:18:57 | 千駄記



購いし短歌の本を抱きつつ小雪のすずらん通りをゆきぬ


本を買うことも少なくなりましたが
神田神保町の雰囲気は何ともお気に入りで
たまにぶらぶら歩きます。
あの近辺で19歳のモラトリアムを過ごしたせいか
いや、あの当時から懐かしい風の吹く街でした。

近ごろは本を買うにしてもネット。
ネットでの買い物は便利で楽ですが
買ったという実感がないですね。
しかも後で請求が来て怯えたりします。

本日、購入した短歌の本は¥2.800円也。
(画像の本とは関係ありません)
財布から札を出すと有難みが違います。

とある歌人は「歌集ばかり送られてきて
読みたい本を読む時間がない」と嘆いておられた。
とある歌人は「私に送られて来ない歌集は
出版物として認めない」とおっしゃる。

どちらの先輩のご意見にもむべなるかな。
読みたい本を読みたいものです。





紀平元年

2019-02-11 11:44:20 | 千駄記


紀平元年

新元号は4月1日に発表されるそうですが
これだけネット社会が発達したのに
それが何か?との予想はあまり聞こえてきません。
予想すること自体が不謹慎である
という捉え方もあるのでしょうか?
紳士の国英国であれば「賭け」の対象になりそうな
案件ですけれども。

冷え込み烈しき今日です。
祝日ですがテレビはいつも通りの
ワイドショーなどをやっていまして
朝からフィギュアスケート4大陸選手権の
結果など賑やかに報じています。

子供虐待のニュースなどは
目を背けてしまいますが
紀平さんの大活躍には
目を凝らしてしまいます。

いつでしたか、新元号は何か?と
バラエティ番組で予想していましたが、
その一人立川志らく師匠が「紀平」と
回答しているのを見てさすがだなあと
すっかり感心してしまいました。
紀平という字面がなんとも元号っぽいのです。
男子の宇野選手も立派ですが元号に
なりそうな字面ではありませんね。

そんなこんなで寒さを凌いでいるわけですが
籠っているとダメ人間になるという怖れもあって
どっか行こうかなと思案中です。



アイホンXの話

2019-02-10 18:46:53 | 千駄記


今日は一日天気が良かったですね。
なんだか徒労という言葉がぴったりの一日でした。

昨日はほろ酔いで帰ったのですが
レトルトのカレーが届いてました。
ぼくを案じてくだすったのでしょう。
これで三食は助かります。

で、今朝、早速頂いてからドコモショップへ。
経験上とにかく待たされるイメージ。
今使っているスマホも二年を超え、
電池が全く持たなくなったのです。
朝は満タンでもほとんど使わなくとも
夕方には使えなくなる。寿命だな。
というわけで機種変更に向かったわけです。

開店間もなく着きますと15分待ちという。
へぇ、以前は一時間以上待ったりしたのに
と、拍子抜けしました。
「新しい機種はお決まりですか?」
「いや。ただあいほんっていうの?
あれ使ってみたいなと思って」と
カタコトで言ってみました。
在庫もあるっていうんで「じゃあそれで」と呟きました。
出来る限り冷静を装ったのですが
本体の色はピンク。カバーはブルーという
舞い上がった色を指定してしまいました。

店を出たのは昼前ですが、アップルIDの
設定に戸惑って、えらい目にあって、自宅のパソコンや
工場のパソコンでいろいろ試したんですが
結局、gmailを設定に使おうとしたのが失敗で。
店に戻って、いったん初期化してもらって
データ移行を再びやって、アップルIDの
設定からやり直して、ラインを引き継ぎどうにか
開通したのが17:30です!!
いまの顔認証っていうのが凄くって
昔の虹彩認証みたいにじーっと見つめなくても
ロックが解除されるんですね。
試しに後ろに向けてスマホを操作しようとしても
ロックが解除されてませんもん。

それにしても疲れ果てちまったよ。

野外では冬鳥が気持ちよさそうに
雪の上を舞っていたことでしょう。
ま、スマホだけは安心して使えないと
生活に支障をきたすので仕方ないです。
明日はどうして生きてゆきましょうか。


エスカレータ一年分

2019-02-10 08:57:13 | 千駄記



春日から後楽園までエスカレータ一年分を乗りし心地す

世間は三連休の真ん中です。
東京はよく晴れていますが
冷え込んでいます。
昨日は都内でも積雪だ、大雪だと
朝から結構、不安を煽られました。
昨日は一日、とある出版社に於いて
短歌の仕事をする予定でしたので
中止にするか強行するかと少々
バタバタしましたが、強行。

地下鉄に乗って春日駅まで。
後楽園駅まで歩いて茗荷谷駅まで。
一時間ほどの道程です。
春日から後楽園までエスカレータと階段を
下りては上り上っては下り。
未来都市の地下街とは
こんなもんかなと想像しつつ。

結果、10:30~20:00まで
びっしりと作業を進めることが
できましたよ。休憩なし。
次回の作業は17日の日曜日。
それまでに各自が仕事を進めます。




三春滝桜

2019-02-08 20:45:36 | 千駄記



千年を咲ける桜よ 手を合わすわれが添え木が寝るを赦さじ


福島県三春町のベニシダレザクラ。
国は天然記念物に指定している。

何度か訪れたことがあるが、あの
東日本大震災のあとにも桜は咲いた。
私は咲いてくれたと思ったものだ。

例年4月中旬頃に満開となる。

年老いた桜には申し訳ないけれども
私はこの桜が好きだ。

添え木がなければ立っていられないであろう。
もう眠らせてくれ
と叫んでいるのかもしれない。
美しさとは恐ろしさである。
残酷でもある。



「レーベ」50号

2019-02-07 21:36:19 | 短歌情報



「レーベ」50号が届いた。
「レーベ」 2004年創刊 発行人ぬきわれいこ。

私は50号を特別な思いで拝受した。
今号が最終号だと少し前に
ぬきわさんから伺っていたからである。

50号を拝読しながら少し拍子抜けしたような気がした。
会員のみなさんも、ぬきわさんも淡々と
いつものように歌をつくり、文章を書いている
ように思えたからである。
しかし、それが如何にも
ぬきわさんらしく、「レーベ」らしい。

最後の頁の最後に
ぬきわれいこ
レーベ会員一同
の連名で次のように書いてある。

今から十七年前、平成十五年一月に「レーベ」は創刊しました。
(略)名前すらまともに読んでもらえなかったライオンは、ついに
紙面での雄姿と、雅と、斬新の役目を終えたようです。(後略)
註)レーベ(LÖWE)とはライオンのこと。

あたかも一頭の老いた雄のライオンが
踵を返して草原の果てに消えてゆくかのようである。

第50号の文章ではかとうやゑこ氏の
「吟行旅行会のかえり」が印象に残った。

最後にぬきわれいこ「光の街」から一首紹介したい。

砂時計の砂落ちつくす寂しさを見つつ不思議に充足のあり



ぬきわさんお疲れ様です。
またいつかお目に掛かりましょう。




ひと世とは虚ろなるかな

2019-02-07 12:05:44 | 千駄記


ひと世とは虚ろなるかな子育てより親看る方が永いのである

前を見るより振り返ることの方が多くなりますと
人生とはいかに儚いものかと痛感します。
明日こそ 今度こそ と願うより
あの頃は あの時に と悔やむことが増えるのです。

だいたい子は親に反発して育って親になり
親は子の面倒になるもんかと思いながら
老いてゆくものと思いますが曲者なのは後者です。

健康に気をつけていたって病気にはなります。
先日、ゲートボールを楽しむ高齢の方々を見かけました。
晴れているとはいえ、この寒空の中ゲートボールを
楽しめるという老後は恵まれています。
昔、もっともっと古ぼけた公園でゲートボールの
集団を見たとき
私の親父はこんな老人にはならないだろう
と思っていました。
父は人との付き合いを嫌う性格もあったけれど
黙々と死ぬまで仕事を続けるのだろうと漠然と
思っていたわけです。
数年前に倒れてから父はすっかり弱ってしまいました。

八〇歳前後にして意気軒高な方も多いわけですが
それは運がいいのだとも言えます。
世話になるもんかと粋がっていた親を思い出しつつも
あんときこう言ったじゃねーかと
放置するわけにいかない子の責任もあるわけです。
するとあーだこーだと言ってられません。
私は実際このうたのように親を看ているわけでは
ありませんが、いざとなったらを考えないわけにも
いきますまい。
うちの姉のようにケツをまくる生き方も
ありますがフツーの人間にはそんなこたぁできません。



鳥の軽さ。

2019-02-06 17:51:38 | 千駄記


車椅子へ座らせようと支うるに鳥の軽さと思えり父よ

鳥は飛ぶために軽く軽くと進化を遂げています。
大きさから想像する重さよりずっとずっと軽いんです。
このところ鳥の観察に出かけていません。
ジェリー藤尾じゃないけれどどうせなら
遠くへ行きたいと思ってしまうからです。
ちょっと古すぎましたか。
冬にしか観察できない鳥がたくさんいますが
また次の冬かぁなどとため息も出ます。

何より生業に力を入れなければなりません!

今朝、外で親父が倒れまして・・。
八〇歳になったのですがここ数年すっかり弱って
しまい心配よりも困っているわけですが
本人は散歩したり、プラプラしていたわけです。
よくも転ばないものだと思っていたところ
ぶんごろげったわけです。
ご近所の方々に助けてもらったようですが
救急車を呼ぼうとしたら断ったそうです。
どうせ今日は私が病院へ連れてゆく日だったので
救急車で行けばよかったのにと思いつつ。
足元が覚束ないので外来の車椅子を借りて
病院で待っていた妹に引き継いできました。
転んだせいもありますし更にいろいろの病気の
可能性があるらしく検査をしているようです。
妹は食事する時間もとれず付き添い中。ご苦労!

さっき、近所の者ですが‥と言って
助けてくれた方から電話がありました。
私の知らない人ですがこの地で50年近くも
工場をやっているせいか父は有名人のようです。
「お父さんどう?」というのです。
「生きてるみたいです」と答えると
笑っておられました。
この先、お金も時間もかかりそうですが
考えようによっては父は恵まれた人です。

朝から行って未だに検査やらしているようです。
いつ呼び出しがかかるかもしれず帰るに帰れねぇー。


綺麗な水

2019-02-05 18:13:44 | 千駄記


この瓶には綺麗な水が満ちていると錯覚するほど空っぽである

「水瓶の唄」を知ったのはもう40年位前の話。

<百万冊の書物を読み一日中テレビの前にいれば
どんな事でも知ることができるだろう
その部屋に寝ころんだままで>

この河島英五のフレーズがぼくを撃ち抜いたのだが
それにしたって百万冊の書物を読むのは無理だな
と思っていた。それから数年後、

「知ったというのは解ったということではない。
解ったというのは出来るということではない」

という言葉がまたもぼくを撃ち抜いた。
今から35年前に石原慎太郎から聞いた言葉だ。

今や百万冊の書物を読み一日中テレビの前にいなくとも
インターネット検索さえすればどんな事でも
知ることができるだろう。それこそ部屋に寝ころんだままで。

知ることはできるが理解はできないかもしれない。
理解はできても実行はできないかもしれない。
ただし、すぐに知ることはできる。これは大きい。

河島英五の「水瓶の唄」の一節はこう続く。

<だけど友よそれでそれで自由になれたかい>







美術館巡る。

2019-02-04 12:31:01 | 千駄記


美術館巡る私を素のわたしが知ったかぶるなと冷やかしておる


本日は立春で、これから立夏の前日までが春だそうです。
3月には春分なんていうものもありますね。
これから徐徐に日が長くなってゆくのでしょう。
天文の知識には疎いので気にしないこととします。

寒くて暗い工場から外へ出たとき
あんまりに暖かくって眩しくて
冬眠から覚めた熊を思いました。
わが心はなかなか目覚めませんけれども。

週末に友人から「歌を見てくれ」と
メールが来まして30首程度ありましか。
拝見しながら
*無駄を削る*韻律を意識する
*三句切れを疑う*擬人法を疑う
*型に嵌った表現をしない
ということを改めて意識しました。
これにはもちろん
「説明しない」という事が含まれます。

先日の短歌教室で「これは説明だね」と指摘しましたら
生徒さんが「なんで説明しちゃいけないのかしら」と
呟きました。
「説明して伝えたいなら散文を書けばいいのです」と
言いました。
短歌は詩であって散文ではないのです。

さて今日のうた。
美術館やら記念館やら写真展やらそんなに好きでは
ないけれど行くこともあります。
なんかあの緊張感が恥ずかしくなるのです。
作品を観る自分を冷やかす自分が現れて
居たたまれなくなるのです。
これバカの特徴かもしれず。