
その建物の前に、二人は佇んでいた。
やる気満々の蓮と、連れて来られて乗り気じゃない亮と。

「とにかくガッポリ稼ぐんダーッ!」「ま‥悪かねーけど‥」

「俺らなら出来ーる!」
「まー特に断る理由もねーけどよ。オレ何気にコミュ力高ぇし‥」
「お待ちしておりました」

社内の人間に促され、二人は建物の中へと入って行く。
「ようこそ!」「ハイ!こんにちはーっ」

バタン!

その扉は二人の背後でガチャリと閉められた。
訝しげな視線を送る亮と目を丸くする蓮に、男はニッコリと笑顔を浮かべて相対する。

<実のところ蓮は、この時点で薄々気が付いていたのだが>

急に警戒モードの蓮は、キョロキョロと辺りを見回しながら慎重に足を進めた。
あっちは閉めなかった‥なら問題ないか?
「二階でプレゼンをしますので、よく聞いて面接に臨んで下さいね」「ハイ!」

この扉の向こうには希望と金がたっぷりとあると信じて‥。
金稼ぐぞ!Many Money!

<それを無理やり否定してしまった>

ドドン!

応募者は一つの部屋に集められ、円形に配置されたテーブルに就いて挨拶を交わした。
「こんにちは〜」「はい、こんにちは」「こんにちは〜」

ニコニコと皆に笑顔を振り撒く蓮とは対照的に、亮は無言でただじっと座っている。
じきに担当者らしき中年の男性とガタイの良い男性が二人、室内に入って来た。
「こんにちは〜」「こんにちは」「こんにちは!」

中年男性は柔和な態度で皆に飲み物を聞いて回る。
「何か飲みますか?コーヒー?お茶?」「お茶で!」「オレはいい」

その中年男性の後ろから、ガタイの良い男性が段ボールを持って皆の間を回り始めた。
「鞄をここに。こちらで預からせて頂きます。終わったらお返ししますので」
「あ‥はぁ‥」

箱は蓮と亮の前にも回って来た。しかし亮は首を横に振る。
「カバン持ってねぇ」「あ、それじゃあ携帯電話をお預かりします」
「俺、自分で持ってたいんですけど‥どうして預けなきゃいけないんですか?」

「実はうちのプレゼンが口コミで広まってまして‥
録画してアップする人がいるみたいなんですよ。どうぞご協力お願いします」

男はそう言いながら、箱を二人の前に差し出し続けた。
後ろに立つガタイの良い男の威圧感が物凄い。
「お願いします」

蓮はタジタジしながら「あ‥はい」と言って鞄を手に持った。
しかし亮は‥。

亮は二人を見上げたまま、動こうとしなかった。
そんな亮に笑顔を見せつつ、この二人もまた動こうとしない。

だんだんと亮の目つきが鋭くなって来た。

そしてこの二人の表情も、貼り付けたような笑顔が徐々に引き攣って行く。


そんな二人に、今やあからさまにガンを飛ばす亮。
思わず口元を引き攣らせる中年男と、同じ様にガンを飛ばすガタイの良い男‥。

やがて亮は折れ、携帯をその箱の中に入れた。蓮も鞄を入れる。
「どうぞ‥」「ほれ」「ありがとうございます」


男達は同じ様に箱を持って皆の前を回る。それを見ながら蓮が悔し紛れにこう言った。
「気にしない気にしない!録画なんかしなくてもどーせ流出すんのに!何を大げさな!」

そんな蓮のことを亮はジトッと見ていたが、敢えてその理由については口にしなかった。
「あり?なんでそんな目で見んの?」「別に」

数分後、プレゼンが始まった。
「私どもYM株式会社は、動物と共存可能な「エコ企業」というビジョンを持っており‥
特に弊社が販売致します「香菌剤RBD」は天然成分を配合しておりまして‥」

熱心にノートを取る蓮と、仏頂面で腕を組んだままそれを聞く亮‥。
「書くほどのモンじゃねーだろ」

刻々と時間は過ぎ、いつしか外は夕焼けに染まっていた。
しかし社内に閉じ込められた蓮と亮が、その夕焼けを見ることはない‥。

「あー終わった終わった!」

「思ってたよりプレゼンイケてたじゃん!ほらやっぱりちゃんとした会社だったっしょ?」
「知らねーっつの」「三階の面接会場に移動して下さい」

皆部屋を出て一様に廊下をゾロゾロと歩く。案内するのは先程の中年男だ。
「十分程の休憩時間を挟んで、面接を始めます」「鞄はどこでもらえますか?」
「あ、それは面接が終わってからお返ししますので」

チリ、と嫌な予感がした。
蓮は目を丸くしながらその男の説明を聞く。
「チームごとに部屋を用意しましたので、一旦そこへ移動しましょう」
「はい‥?」「さ、さ、皆さん移動お願いします」


男はそう言ってさっさと歩いて行き、その後ろに居るガタイの良い男がギョロリと蓮のことを睨んだ。
固まる蓮の背中はその大きな手で押され、皆半ば強制的に皆同じ方向へと歩かされている。
「移動お願いします」

「さぁ入って。入って!」

強制的な団体行動、外部との接触不可、そして少人数での部屋移動‥。
模範的な商法の手口である。

蓮が看過していた嫌な予感は、ジワジワと自身の首を締めつつあった。
立ち尽くす蓮に向かって、その胸中の声を代弁するかのように亮が言う。
「ハメられたな」

「これってよぉ、いわいるプライド商‥」

言い間違う亮に向かって、蓮はヤケクソで叫んだ。
「ピラミッド商法!」


突然のその大声に、皆が蓮の方を向く。
「え?」「い、いえ‥」

蓮と中年男は、おかしくもないのに顔を見合わせて笑い合った。
「はは!」「ははは!」「はははは!」

そして蓮はまた目の前の真実に目を背ける。
「いや‥俺がそんなもんに登録するわけねーし‥」

亮は蓮が苦し紛れに紡ぐ言葉に、ただ相槌を打って頷いた。
「そういうのじゃねーって!まだ面接もしてねーし!」
「あぁ、んだな」

亮はわざと歩く速度を緩め、
ゾロゾロと歩く群衆の数メートル後ろに就いた。

フン、と鼻で息を吐く。

亮は頭の中で、先程見た限りで把握出来る人数を反芻していた。
ここには四人‥さっき下には二人‥三階には‥何人だ?

蓮が見ないふりをしているそれからは、危険な匂いがプンプンしていた。
とりあえず今日アイツはヒデー目に合うだろうな

数々の修羅場を潜り抜けてきた亮だからこそ、分かっていた。
これから蓮が、その看過の代償を受けるだろうということも。
つーかダメージ、さっきオレが送ったメール見てねーのか?

携帯が取り上げられるだろうということも、亮は予測していた。
彼がこの建物の中に入る前に掛けた保険は、今雪の携帯の中に潜んでいる‥。
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<看過の代償>でした。
はい、予想通りのマルチ商法でした〜

蓮、読者全員がそうだと思っていたよ‥。亮さんついてきてくれてヨカッタネ‥。
ガン飛ばしまくりの亮さんが良かったですね。ふふふ‥
次回は<爪痕>です。
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