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季節は秋となり、大学生活もいつものペースで回り始めた。
さて街の中心に位置するA大学だが、最近問題になっていることがあった。
ホームレスが近頃大学の構内まで入ってきて、辺りをウロウロしているのだ。
そんな中、ある日雪は出くわしてしまう。
「みみっちぃ奴だな!そんなに金が大事かぁ?!」
「あなたみたいな人にお金なんて出せませんから」
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平井和美がホームレスと言い争いをしている場面に。
少し酔ったようなホームレスは金を乞い、和美はそれに対して強い口調で非難している。
雪はホームレスにまで負けず嫌いが発揮されるのかとドン引きだったが、
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自分には関係ないかとその場を立ち去ろうとした。
しかし‥
「少しは黙って人の話を聞いたらどうだ?!」「言葉が通じないならしょうがないわね」
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和美が気が付かない間に、ホームレスがポケットから何かを取り出そうとしているのが見えたのだ。
雪は考えるより先に足が動いた。
「逃げるよ!!」
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二人は逃げた。
もう姿が見えないところまで走り切ると、和美は雪の腕を振り払う。
「何すんのよ!もう少しで勝負がつく所だったのに!」
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彼女は何を言っているのだろう‥。バカなのだろうか。
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常識的に物を考えなよと雪が諌めようとすると、和美は高圧的に言い返してきた。
「てかあんたに関係ないでしょう?そうやって出しゃばったからって、良い事でもしたつもり?」
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和美は彼女の信じているであろう理論を、正論の如く語った。
社会の落ちぶれ者のくせに自分に向かって喧嘩を売ってきたのだから、踏みにじってやるのが道理だと。
あんな人間に負けるなんて、自分の辞書にはない、絶対にありえないと。
「あたしはそっちの方がもっと愚かだと思うけど?」
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まさにあんたみたいな人間のことねと、和美は雪に向かって喧嘩を売ってきた。
「何か文句があるなら言い返してみなさいよこの前みたいに。
いつもいい子ちゃん気取ってんじゃないわよ。そういうの大っ嫌い」
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口の中が、痺れたように鋭く痛む。
勇気を振り絞って助けてあげたのに、いつのまにか自分の短所を聞かされている。
しかもかなり図星を突かれているようで胸が苦しい
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雪にだって言いたいことは山ほどあった。相手の急所を突く言葉も持ち合わせていた。
ホームレスにプライドを立て死にでもしたら遅いんだという基本的な問題。
そして非難と忠告の曖昧な違い。
非難と忠告は一見大した違いがないように見えるが、
それは聞いている側がどう受け止めるかによってどちらにも転ぶ可能性があるからだ。
だから何かを言うということは、常に責任が付き纏う。
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雪は怒りの中でも、冷静に考えた。
こんな子のために体力使って神経をすり減らして、一体何になる?
何を言っても聞く耳持たない、言葉が通じないのと同じだ
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雪は溜息を吐くと、もう二の句を継がなかった。
和美が勝ち誇ったように言う。
「何も言えないんでしょう?そうだと思った。あんたってほんっとウザいわね」
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疲れる。
雪は重たい体と心を抱えながら構内を歩いていた。
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大学生にもなって、何を低レベルな喧嘩なんてしているんだろう。
けれど和美のように、言いたいことを全て吐き出してぶつければ、スッキリするんだろうなとも同時に思った。
言いたいことがあるのなら、言うべきだったのかもしれない。
だけど、相手にするのも面倒くさい。
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ふと顔を上げると、前から青田先輩が歩いてくるのが見えた。
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雪はごくんと唾を飲み込む。
あ‥挨拶すべきだよね? この間私に謝ってくれたし、後輩が無視しちゃいけないよね‥
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挨拶すべきかせざるべきかなんて、これからはこんな小さなことは気にしないで、
堂々と挨拶してこの場を乗り切ろう。
そう思い切り、背筋を伸ばしてその方向へ歩いて行った。
青田先輩が近づいてくる。
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挨拶が届くまであと3秒、2秒、1秒。
雪は息を吸い込んだ。
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しかし次の瞬間。
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二人は完全にすれ違っていた。
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カツ、カツ、という足音が廊下に響く。
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健太先輩の前では良くしてくれてた人が、
二人きりになるとまた元通りになった。
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雪は書類を蹴られたあの日の感情を、一人思い出した。
廊下にはあの日と同じ足音が響いている。
先輩はその後後輩から挨拶されると、普通に返事を返していた。
雪はそのまま、トボトボと廊下を歩くしかなかった。
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もう自分にはお手上げだ。
にこやかに接したり、急に無視したり、その態度は理解不能だ。
やはり考えられるのはただ一つ、
雪のことが大嫌いなのだろうと言うことだけ。
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雪はここまで嫌われる理由が全く分からなかった。
かさぶたになった心の傷が、また生乾きになってズクズクと脈打つかのようだった。
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次回、<雪>その前触れ(2)の前に、時系列で先にくる淳視点での話をupします。
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