彼らと私の人生の間にある狭間は、あまりに広いー‥。
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雪がそんなことを考えている頃、河村亮は一人段ボールの中を漁っていた。
「非常用の金が‥」

確かにこの辺りに仕舞ったはずだが、見当たらない。
逃げるにしてもあの社長の元に出向くにしても、まずは金が無いと始まらないのにー‥。
しかし金は見当たらず、代わりに段ボールの奥から、見覚えのある楽譜が出てきた。
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「Maybe」
雪が好きだと言った曲。
久しぶりにピアノの前に向き合って、彼女の為に練習した‥。
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暫し楽譜に目を留めていた亮だが、
ふと、床に落ちた一冊の本が目に入った。
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手に取り、パラパラと中を眺めてみる。
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高卒認定試験のテキストだった。
短い間だったが、雪に勉強を見てもらった。
何も分からない自分に、根気強く勉強を教えてくれた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
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雪がマークしてくれた箇所、付箋を貼ってくれたページ‥。
いたる所に、彼女の親切が散りばめられている。
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亮はテキストを床に置くと、再び楽譜を手に取った。
じっと表紙を眺めながら、雪の笑顔を思い出す‥。

知らない内に、自分の生活の中に彼女が溶け込んでいる。
自分が思っているよりもずっと、彼女から影響を受けていることに気付かされる。

決めた覚悟は、雪が絡むとこんなにも簡単に揺らいだ。
亮は再び一歩も動くことが出来ないまま、この場所にただ留まっている‥。
ちょっとはマシになった?
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青田淳は先輩社員と並んで歩きながら、雪にメールを打っていた。
どこか疲れて見える彼に、先輩社員はこう声を掛ける。
「インターン疲れるでしょ。でも大学から脱出して、一歩前進成功なわけだから」

淳は曖昧に頷きながら、雪にメールを打っていた。
寝てるの?なんで返事がないの?
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「でしょ?」と先輩社員は淳に返事を促した。
淳は携帯から顔を上げ、心ここにあらずといった体で同意する。
「あぁ‥そうですね」
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胸中がざわざわと騒いでいた。
頭の中に、昨夜の自分の姿が浮かぶ。
「雪ちゃん、君もそうだったろ。初めから俺のことおかしいと思ってたろ」
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いつもなら隠していた胸の内が、無数についた傷口のせいか、零れ出ていた。
もしかしたら、昨夜のせいで彼女は自分から背を向けたのではないかー‥。

自分のデスクに戻ってからも、仕事など手につかなかった。
携帯の画像フォルダをスクロールしては、その中で笑う彼女の写真を見てばかりだ。
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こちらを向いて笑顔を見せる雪が持っているもの。
それは彼女に似たライオンの人形と、自分に似た犬の人形‥。
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雪は自分を大切に思ってくれている。
そう言い聞かせてみるが、返信の無い今の状況を前にすると、心が騒いで仕方がなかった。
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すると携帯電話が震え、メールが一通表示される。
ねーちゃんは大丈夫っすよ!
薬飲んで寝てるだけでNo problem!
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雪からの返信が無いことに居てもたっても居られず、淳は蓮に雪の今の状況を聞いていたのだった。
蓮のメールに目を通した後、心の靄が一気に晴れたような気になった。
「今日は残業ナシらしいぞ!チーム長は外勤ー」「よっしゃ!」
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社員の一人が口にしたグッドニュースで、オフィスも明るいムードに包まれた。
淳も思わず笑顔を浮かべ、先輩社員に相槌を打つ。
「良かった!なぁ?」「はい」「何かいいことあったかー?」
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今まで自分一人でバランスを保持していた心が、雪が絡むとこんなにも簡単に揺らいだ。
そして迎えた就業時間の終わりに、淳は皆と別れの会釈を交わす。
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淳は皆に背を向けると、足早に病院へと向かった。
早く彼女に会いたい、その一心で。
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そして亮は、決着をつけに外へ出るところだった。
昨夜淳からもらった連絡先に話をつけ、待ち合わせ場所へと向かう。
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雪から影響を与えられた二人の男は、それぞれに急いだ。
すべて雪が原因なのだ。こんなにも心が揺れるのはー‥。
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その頃雪の意識は、眠りの淵を歩いていた。
影響を受けてばかりなのは孤独だ
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耳から聞こえる病院内の音や、消毒液の匂いが、昔の記憶を辿らせる。
だけど影響を与えるのは怖い
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笑っている祖母。その前に居るのは、涙を流せていた頃の幼き自分。
何やってるんだろ、私‥
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そして雪は、ゆっくりと眠りに落ちて行った。
目の前にある裂け目の向こうで、淳と亮と静香が、楽しそうに笑い合っている‥。
どうせ私が二人の為に出来ることなんてないのに‥
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病院内の湿った空気は、今まで閉じ込めて来た暗い記憶を引き摺り出す。
鼓膜の奥で、小さな自分の泣き声が聞こえる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<影響ー与えるー>でした。
<影響ー受けるー>では、様々な人や色々な出来事から影響を受ける雪ちゃんの話が中心でしたが、
今回の話では、雪から影響を受けた淳と亮の心情が中心でしたね。
記事中の淳の心情の描写は私の想像が主ですので、「Yukkanenはこう思ってるのか」程度に留めて置いてくださいね^^;
次回からは雪の幼少時の記憶を辿ります。
本家では<影響ー受けるー><影響ー与えるー>(ブログ記事)=<特別編 洞窟の中>(本家3部94話)
が雪幼少時の回(本家3部93話)の後に来ますが、ブログでは時系列で並べ替えた順にしてあります。あしからず‥。
次回<雪・幼少時>祖母の記憶 です。
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雪がそんなことを考えている頃、河村亮は一人段ボールの中を漁っていた。
「非常用の金が‥」
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確かにこの辺りに仕舞ったはずだが、見当たらない。
逃げるにしてもあの社長の元に出向くにしても、まずは金が無いと始まらないのにー‥。
しかし金は見当たらず、代わりに段ボールの奥から、見覚えのある楽譜が出てきた。
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「Maybe」
雪が好きだと言った曲。
久しぶりにピアノの前に向き合って、彼女の為に練習した‥。
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暫し楽譜に目を留めていた亮だが、
ふと、床に落ちた一冊の本が目に入った。
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手に取り、パラパラと中を眺めてみる。
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高卒認定試験のテキストだった。
短い間だったが、雪に勉強を見てもらった。
何も分からない自分に、根気強く勉強を教えてくれた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
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雪がマークしてくれた箇所、付箋を貼ってくれたページ‥。
いたる所に、彼女の親切が散りばめられている。
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亮はテキストを床に置くと、再び楽譜を手に取った。
じっと表紙を眺めながら、雪の笑顔を思い出す‥。
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知らない内に、自分の生活の中に彼女が溶け込んでいる。
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決めた覚悟は、雪が絡むとこんなにも簡単に揺らいだ。
亮は再び一歩も動くことが出来ないまま、この場所にただ留まっている‥。
ちょっとはマシになった?
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青田淳は先輩社員と並んで歩きながら、雪にメールを打っていた。
どこか疲れて見える彼に、先輩社員はこう声を掛ける。
「インターン疲れるでしょ。でも大学から脱出して、一歩前進成功なわけだから」
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淳は曖昧に頷きながら、雪にメールを打っていた。
寝てるの?なんで返事がないの?
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「でしょ?」と先輩社員は淳に返事を促した。
淳は携帯から顔を上げ、心ここにあらずといった体で同意する。
「あぁ‥そうですね」
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胸中がざわざわと騒いでいた。
頭の中に、昨夜の自分の姿が浮かぶ。
「雪ちゃん、君もそうだったろ。初めから俺のことおかしいと思ってたろ」
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いつもなら隠していた胸の内が、無数についた傷口のせいか、零れ出ていた。
もしかしたら、昨夜のせいで彼女は自分から背を向けたのではないかー‥。
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自分のデスクに戻ってからも、仕事など手につかなかった。
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こちらを向いて笑顔を見せる雪が持っているもの。
それは彼女に似たライオンの人形と、自分に似た犬の人形‥。
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雪は自分を大切に思ってくれている。
そう言い聞かせてみるが、返信の無い今の状況を前にすると、心が騒いで仕方がなかった。
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すると携帯電話が震え、メールが一通表示される。
ねーちゃんは大丈夫っすよ!
薬飲んで寝てるだけでNo problem!
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雪からの返信が無いことに居てもたっても居られず、淳は蓮に雪の今の状況を聞いていたのだった。
蓮のメールに目を通した後、心の靄が一気に晴れたような気になった。
「今日は残業ナシらしいぞ!チーム長は外勤ー」「よっしゃ!」
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社員の一人が口にしたグッドニュースで、オフィスも明るいムードに包まれた。
淳も思わず笑顔を浮かべ、先輩社員に相槌を打つ。
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淳は皆に背を向けると、足早に病院へと向かった。
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そして亮は、決着をつけに外へ出るところだった。
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雪から影響を与えられた二人の男は、それぞれに急いだ。
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その頃雪の意識は、眠りの淵を歩いていた。
影響を受けてばかりなのは孤独だ
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耳から聞こえる病院内の音や、消毒液の匂いが、昔の記憶を辿らせる。
だけど影響を与えるのは怖い
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笑っている祖母。その前に居るのは、涙を流せていた頃の幼き自分。
何やってるんだろ、私‥
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そして雪は、ゆっくりと眠りに落ちて行った。
目の前にある裂け目の向こうで、淳と亮と静香が、楽しそうに笑い合っている‥。
どうせ私が二人の為に出来ることなんてないのに‥
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病院内の湿った空気は、今まで閉じ込めて来た暗い記憶を引き摺り出す。
鼓膜の奥で、小さな自分の泣き声が聞こえる‥。
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<影響ー与えるー>でした。
<影響ー受けるー>では、様々な人や色々な出来事から影響を受ける雪ちゃんの話が中心でしたが、
今回の話では、雪から影響を受けた淳と亮の心情が中心でしたね。
記事中の淳の心情の描写は私の想像が主ですので、「Yukkanenはこう思ってるのか」程度に留めて置いてくださいね^^;
次回からは雪の幼少時の記憶を辿ります。
本家では<影響ー受けるー><影響ー与えるー>(ブログ記事)=<特別編 洞窟の中>(本家3部94話)
が雪幼少時の回(本家3部93話)の後に来ますが、ブログでは時系列で並べ替えた順にしてあります。あしからず‥。
次回<雪・幼少時>祖母の記憶 です。
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どこかで「笑顔を作ったら本当に幸せを感じる」という研究結果を見ましたが、
「偽の表情をずっとしてるのは寂しさと心理的剥奪感を呼ぶ」という研究結果も見ました。
どっちだよ。
期待した以上の仕上がりに感動しております私…!
ある意味両極にいながら、ともに一匹狼だった淳と亮が雪によってこんなに変わってしまって…それぞれの苦悩する姿に愛おしささえ…涙
雪も雪で、まだふたりに何の影響も与えてない…いや与えることなどできないと思っちゃってるところが彼女らしいですね。
こういう、地味~な心の揺れにいちいち光を当てて大量のコマを割くスンキさんも、それをとことん見逃さず拾い上げて私たちを感動させる域にまで持ってきてくれる師匠もほんますごいわ。
口角を上げるだけでもホルモンが出る‥というの、聞いたことあります!
でも淳アオータの場合はCitTさんの仰る条件の後者っぽいですね‥。
さかなさん
2連続コメ、ありがとうありがとう‥!
いや~スンキさん、本当に絵だけで表現されますからね‥。ここまで読者に委ねる漫画は稀有ですよ。私もその世界観を壊さないように頑張るしかないです。
雪ちゃんの入院するかもという連絡を受けていながら「なんで返信ないの?」と若干責めるような書き方....やっぱり先輩はいつだって自分のことしか考えてないんだなぁと思ってしまいました(;^_^A 私はどうしても、一年前のことを誠心誠意雪ちゃんに懺悔しなければ、先輩が彼女と結ばれる資格はないでしょう、と、それをしないで彼女を手に入れようなんて虫が良すぎだと考えてしまうのですが、果たしてこれからどうなっていくのでしょうね...とにかく、がんばりやさんな雪ちゃんには絶対に幸せになってもらいたいです
こちらこそ、丁寧なコメントありがとうございます。楽しんで頂けているようで嬉しいです。
にほさん、淳の問題の根底を指摘されましたね‥!彼が最終回までに変わることはあるのか、そしてその時二人は一緒に居られるのか‥。
最終回まで、内容的にはまだまだのような気もしますが、共に見守って参りましょう!
また遊びに来てくださいね^^