しんとした廊下を、淳は駆け足で通り過ぎた。
自分が抜けた後の教室は、また普段通りの退屈な授業が続いていることだろう。
恒常的に流れる時の狭間から、淳は遂に踏み出したのだ。
目的地の扉がもう目の前に見える。
薬品や救急箱の並ぶ棚。クレゾールの匂い。
ここは保健室だ。
見回してみたが誰もいない。
窓に掛かったロールスクリーンが微かに揺れていた。
僅かに開いた窓の間から、隙間風が入ってくるようだ。
そしてその下に、彼女は横たわっていた。
小さなうわ言が彼女の口から微かに漏れている。
熱のせいか疲れのせいか、彼女は汗を掻きながら、小さく身体を捩っていた。
そんな彼女の傍に、佇んでいる自分。
腕を組みながら、まるで観察するかのような眼差しで、彼は彼女をじっと見つめる‥。
ざあっ、と外で強い風が吹いた。
風は窓の隙間から室内に吹き込み、薄いカーテンをひらりと揺らす。
風はまだ吹き続けている。
ざわざわと鳴るその音は、室内でも淳の心の中でも鳴り続けていた。
眠る彼女の頭上にも降る、そのざわめき。
淳はただじっと、彼女の寝顔を凝視する。
彼女の口から漏れるうわ言はやがて止まり、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえるようになった。
しかし顔色は悪く、目の下のくまが色濃く残っている。
その顔を見ている内に、なんとも滑稽な気持ちになった。
こんなに苦労して生きていたって、誰も認めちゃくれないのに。
淳の独白が、闇に溶ける。
「赤山雪。倒れて、傷ついて、」
「ボロボロだな‥」
そんな哀れみの言葉を口にして、淳は彼女を見下ろした。
人生の苦労が滲み出ているその寝顔を。
淳はふと口に出した。
彼女を俯瞰してみて、改めて感じるその気持ちを。
「変なの」
するとその声が届いたのか、雪がモゾモゾと寝返りを打った。
淳はその様子をじっと眺めている。
「うう‥ん」
仰向けから横向きに姿勢を変え、雪は再び眠りに就いた。
布団から出た彼女の半身が見える。
どこか既視感を覚えながら、淳はその姿を見つめ続けていた。
目に留まるのは、僅かに動く彼女の指先。
ざわ、と心が動いた。
固く組んでいた淳の右手が、ゆるゆると外れる。
指先が、彼女を求めて動いた。
小さなその手の方へ向かって、
ゆっくりと降りて行くが、
瞬間、触れるのを躊躇う。
けれど。
彼女に手を掴まれたあの時の感情を、彼女に繋がるその接点を、もう一度繋ぎたい。
そんな感情が、淳の心の中に広がった。
一度引っ込めたその指を、再び彼女へと伸ばす‥
その時。
雪は薄く目を開けた。
何かふとした気配を感じて。
焦点の合わない雪の瞳が、
自身を見下ろす淳の姿を映し出す‥。
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<雪と淳>ざわめき でした。
腕組みして雪を見下ろす淳先輩‥。
な‥なんて偉そうな‥
授業単位にペナルティもらってまで駆けつけた人とは思えない態度‥。
心がざわめいて仕方がないんでしょうね。
次回は<雪と淳>覆われた瞼 です。
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