淳は服の端を掴まれたまま、その場に立ち尽くしていた。
雪は未だ彼を福井太一だと思い込んだまま、気まずいその頼み事をおずおずと口にする。
「ちょっと寒気するんだ‥。薬局で栄養ドリンクでも買って飲めば治ると思うんだけど‥」
「どうしても授業に集中出来なくて‥」
消え入りそうな小さな声。
淳はそのような内容を突然口にした彼女に、この状況に、驚きを隠せなかった。
雪は下を向いたまま、まだ彼の方を見ようとはしない。
淳はそんな彼女から、目が離せなかった。
秋風が彼女の髪をサラサラと揺らすのを、まるでスローモーションのように眺めている。
形の良い唇が、きゅっと結ばれるのに目を奪われる。
そして何よりも淳の意識をとらえたのは、自身を掴む彼女の指先だった。
あの日、学祭の準備で寝込んでしまった時のあの感情が、再び彼の心に蘇る‥。
ざぁっ、と強い風が吹き、色付いた木々の葉が一斉に揺れた。
それと共に淳の心もまたざわめき立つ。ざわざわ、ざわざわと。
二人が立ち尽くすその光景は、切り取られた一葉の写真のようだった。
何も言わない彼の隣で、雪は次第にその違和感を募らせはじめていた。
いくらお金の話をしたからといって、ここまで無言なのはさすがにおかしいと。
「ん?なんで黙って‥」
遂に顔を上げた雪の目の前に居たのは、福井太一ではなかった。
彼女が徹底的に避けているその人、青田淳だったのだ。
雪は瞬時にその状況が理解出来ず、曖昧な笑顔を浮かべたままその場で固まる。
サッ、と血の気が引いた。白目になった雪は思わず叫ぶ。
「あおっ‥!!」
雪は真っ青になりながら、口元を押さえてあからさまに動揺した。ガクガクと足が震える。
しかし淳はというと、彼女の方を向いたままポケットから財布を取り出している。
「あ‥あ‥あ‥?」「あ‥」
「これ‥」
そう言って差し出された淳の手には、千円札が四枚握られていた。
淳は彼女がお願いした何倍もの額を渡そうとする。
真っ直ぐに彼女を見つめる彼の瞳は、澄んでいた。
彼女からの頼み事に、ただ純粋に応えるような。
雪は彼の顔を見上げながら、ポカンと口を開けたまま固まっていた。
熱に浮かされた頭でも、だんだんと今の状況を理解して行く。
そして気付いた。
とんでもないことをしてしまったのだと。よりによって青田淳に。
あの、青田淳に。
カアッ
瞬間、火がついたように顔が赤くなった。
心が、身体が、全てが燃える。
淳は彼女の表情が歪むのを見て、目を丸くした。
雪はアタフタと慌てながら、必死にその理由を説明する。
「す、すいません!ちょっと間違えちゃって‥
私今‥ちょっとおかしいんです。その‥服が同じで、」
「太一かと思っちゃって‥」
「本当にすみませんでした、先輩!」
淳は彼女が紡ぐ言葉よりも、バカ正直に紙幣を差し出した今の自身に驚いていた。
人違いだなんて冷静に考えればすぐに分かったのに。
突然の予想外の出来事を前にして、淳はそれにすら気が付かなかったのだ。
「それじゃ‥」
しかし雪はそんな彼のことになど気が回らなかった。
雪は今恥ずかしさと惨めさで、一刻も早くこの場から立ち去りたかったから。
「さようならっ‥」
淳は彼女が口にした別れの挨拶を耳にして、ようやく雪がこの場から去って行くことに気が付いた。
弾かれたようにその背中へと手を伸ばす。
「いや、これは‥」
バッ!
彼女の腕を掴もうとした淳の手を、雪は瞬時に振り払った。
振り返りもしないまま、完全なる拒絶を彼に示す。
チラリと見えた口元は、言葉にならない声を漏らして震えていた。
雪はそのまま猛ダッシュで、一目散に逃げて行く。
「失礼しましたーー!!」
まるで秋の嵐だった。
淳は突然吹き込んだその風に心を乱されたまま、ただ呆然と立ち尽くす。
心の中がざわめいていた。ざわざわ、ざわざわと。
そして彼女が去って行ったその方向へと、ゆっくりとその足を一歩踏み出す‥。
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<雪と淳>赤面 でした。
今回の構図の美しさときたら!
カメラワーク、センスありますよね~。
こことか、壁の少し手前から描かれてるのがにくいね~!(興奮)
台詞は少ないですが、伝わるものがありますよね。う~ん本当すごい。。
次回は<雪と淳>彼女の劣等感 です。
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