こんばんはー!!
いやー、今日はレッスンに行ったんですけど、でレッスンはちゃんとやれましたけど、自分がびっくりするほどヘッポコで笑けました(〃ω〃)
でもお陰でいろいろ分かりましたわ。
どうやら、子どもがよく吹いてるなーと思うと、それに悪い意味で寄せていく癖があるようです。。。
息のスピードとか、テンションとか、音程とか、、、
その上、「ここで吹かねば逃げになるな」的な気持ちで吹くから、「音楽的インスピレーション」がナッシングー!!
なもんだから、ソルフェージュも甘いし、自分の体と頭の中がズレズレー。
そのままひとまず吹く。
うわー、低い音のフレーズだなぁ、、、しかもやたらダンギク、、、それにみんな音ちっちぇー、、、よー吹けんなー、、、それにフレーズ感とかなくていいのかー???
とか思ったまま吹くからさー。
ここをもう一瞬時間を使って、一番相応しくてカッコいいと思う演奏をイメージしてから吹くようにしよう!と思いましたよー。
これ、当たり前のことなんだけど、ここんところの自分的には大収穫。
だって傾向と対策が見つかったってことは、暗闇に光と似てますからな!
はい、これは前置きでしたぁー。
ところで、
そー、音程。
なんか、「ドレミ」ってどこかで当たり前過ぎて、ドレミって言えば音が決まってる感じがあったりして、だから繰り返し丁寧にやるとしても、音と音の幅を丁寧に覚える練習って、すっ飛ばしがち。
いや、言い方間違えましたー。
丁寧に覚えるように教えることをすっ飛ばしがち。
次の音へのアプローチの仕方とかはしつこくやりますけど、おそらく、それは「吹き方」の問題であって、「音程」のことも含まれてるってなかなか伝わってないだろうなーと。
で、「音程」って言うと、ついつい「ピッチ」だと思っちゃって、吹きながらチューナーが0になるように練習ってひと昔前によくありましたけど、吹いてから0にするんじゃ遅いわけで、ピッチのど真ん中から次の音に移った瞬間にまたセンター!ならいいでしょうけど、なかなかそうはね、、、
だから、例えば2度なら2度と言う音程をしっかりと身体に入れるという「訓練」がいるんだねー。
きっとこれが「コールユーブンゲン」なんかの目指すところなんだろうなー。
入試のためにコールユーブンゲンを練習してる時は、なにしろ絶対音感が尋常じゃなかったので、この練習はいったい何のために??って思ってました。
なにしろ、ドはドですし、ドとレもドとミも、まーこの際なんでも「そこにその音がある」だけなんで、幅とか関係なかったし、、、
唯一の弱点は、「オクターブミッシング」ってヤツ。音域が弱い。
同じ音名は同じ音に聞こえちゃうから、音色が違う楽器の音域の差に対する意識がめっちゃ低い。
絶対音感の弱点ですな。
ま、とにかくそんな訳で、「音程の練習」の意味なんて、受験や試験に必要、、、くらいにしか思ってなかったけど、いやいや、、、これは本当に訓練がいるやつだったんだねー。
今、「音程」と言う意味で考えた時に、半音の幅ってのが、いかによく分かってないか、とかそういうのに気がついて愕然とします。
音名で考えれば各音の「位置」は分かる。でも、幅を均等にって思った時に、ん??半音の幅ってどんくらい??みたいな、、、
その幅を積み上げていったら、ちゃんと例えば5度になる、とかそういう風になるような幅が分からん。
と、書いてみて逆に疑問が生まれてきたぞ??
もしかして、半音の幅って音によって広さ違ったりする??
考えてみたら、2度だって広めとか狭目とかあるよねぇ???あらら???
半音が1オクターブを12に分けた1つ分って考えは、完全に平均律のものかー。
あららー、、、盲点、、、
となると、音階の幅を体に入れて、その音の間を半分にすればいいんかい??
いや待てよ?
半音といっても、シャープとフラットの「異名同音」って、厳密に言えば違う音だよねぇ???
あー??あらー???
やばい、今日のテーマから逸れていくが、なにやら深みにハマってきましたーぁ!
いや、やっぱりトランペットなんかの楽器で半音階をさらうとしたら、やっぱり平均律の均等に吹けばいいんですか??
あー、、、くそー、、、わからんくなった!!
いやはや、書きながらで申し訳ない、、、(苦笑)
でも、逆に分かってきたな。
ということは、「半音」という確固たる幅が分からない意味ってのがここら辺にあるってことだね。
いわゆる「幹音」はやっぱりちゃんとした音のツボに入らないと気持ち悪いじゃん?半音もある意味は「均等さ」よりも、その音のいるべき、一番サウンドする位置ってのを捉えていけば良いのかな?
なんだか、それじゃあ結局絶対音感的なアプローチじゃないか??
ぐるぐるしちゃいますなー。
まあ、音階だって、平均律か純正調かピタゴラスか、はたまた古典調律的なものかって言い出すと、ものすごく深いことになっちゃいますもんね。
昔はそういうのも場所によって吹き分けてたんだよなー、、、今は本当それどころじゃないよ、、、(*_*)
でも、そのくらいの耳とか感覚だったから良かったわけで、そこが超いい加減音感になったのもよくないと思うので、そこももう一度見直そう!
でもこれは「頭の中」を見直すってこと。まずそこが狂ってたり、どーでも良かったりしてるのに、見た目を直そうとかやらなきゃって思ってもいい方向には行かないから。
やっぱり頭の中に「完成図」があることが大事だね。
そう思うと、ブログの書き出しの話に戻るけど、
子どもの演奏を聞いて、そちらに寄せてしまうってのは、自分の中にとても良い音楽を作り出すことなく、完成図が「子どもの演奏を修正したもの」になってて、しかもちょっと疑問形になってるからいかんのね。
今日は、本当は「音程」っていう、音と音の幅を分かってるはずっていう前提を勝手に作って先に進むのではなく、音程っていうのは実は定まってない目に見えない書いておけないものだから、丁寧に訓練する(訓練してあげる)必要があるね、
という話を書くつもりだったのだけれど、思いがけなく勝手に堂々巡りをした挙句に自己完結するという(笑)
いやはや、まあ、音程って多分表現に密接してるんだよなー。だから、この機会に見直そうと思うし、もっと言えば、もっと「音楽の歌い方」の方をいっぱいやることで「音程」が良くなるした多彩になるような気がしてきました。
なので、ちょっと明日は「歌い方」を譜面からイメージする練習なんぞ頑張ってみようかなと思います。
サッカー、イランに勝って良かったですねー!!いい試合でしたー。
というわけで、運動とパワーブリーズして寝まーす。おやすみなさーい、また明日ー(^з^)-☆
いやー、今日はレッスンに行ったんですけど、でレッスンはちゃんとやれましたけど、自分がびっくりするほどヘッポコで笑けました(〃ω〃)
でもお陰でいろいろ分かりましたわ。
どうやら、子どもがよく吹いてるなーと思うと、それに悪い意味で寄せていく癖があるようです。。。
息のスピードとか、テンションとか、音程とか、、、
その上、「ここで吹かねば逃げになるな」的な気持ちで吹くから、「音楽的インスピレーション」がナッシングー!!
なもんだから、ソルフェージュも甘いし、自分の体と頭の中がズレズレー。
そのままひとまず吹く。
うわー、低い音のフレーズだなぁ、、、しかもやたらダンギク、、、それにみんな音ちっちぇー、、、よー吹けんなー、、、それにフレーズ感とかなくていいのかー???
とか思ったまま吹くからさー。
ここをもう一瞬時間を使って、一番相応しくてカッコいいと思う演奏をイメージしてから吹くようにしよう!と思いましたよー。
これ、当たり前のことなんだけど、ここんところの自分的には大収穫。
だって傾向と対策が見つかったってことは、暗闇に光と似てますからな!
はい、これは前置きでしたぁー。
ところで、
そー、音程。
なんか、「ドレミ」ってどこかで当たり前過ぎて、ドレミって言えば音が決まってる感じがあったりして、だから繰り返し丁寧にやるとしても、音と音の幅を丁寧に覚える練習って、すっ飛ばしがち。
いや、言い方間違えましたー。
丁寧に覚えるように教えることをすっ飛ばしがち。
次の音へのアプローチの仕方とかはしつこくやりますけど、おそらく、それは「吹き方」の問題であって、「音程」のことも含まれてるってなかなか伝わってないだろうなーと。
で、「音程」って言うと、ついつい「ピッチ」だと思っちゃって、吹きながらチューナーが0になるように練習ってひと昔前によくありましたけど、吹いてから0にするんじゃ遅いわけで、ピッチのど真ん中から次の音に移った瞬間にまたセンター!ならいいでしょうけど、なかなかそうはね、、、
だから、例えば2度なら2度と言う音程をしっかりと身体に入れるという「訓練」がいるんだねー。
きっとこれが「コールユーブンゲン」なんかの目指すところなんだろうなー。
入試のためにコールユーブンゲンを練習してる時は、なにしろ絶対音感が尋常じゃなかったので、この練習はいったい何のために??って思ってました。
なにしろ、ドはドですし、ドとレもドとミも、まーこの際なんでも「そこにその音がある」だけなんで、幅とか関係なかったし、、、
唯一の弱点は、「オクターブミッシング」ってヤツ。音域が弱い。
同じ音名は同じ音に聞こえちゃうから、音色が違う楽器の音域の差に対する意識がめっちゃ低い。
絶対音感の弱点ですな。
ま、とにかくそんな訳で、「音程の練習」の意味なんて、受験や試験に必要、、、くらいにしか思ってなかったけど、いやいや、、、これは本当に訓練がいるやつだったんだねー。
今、「音程」と言う意味で考えた時に、半音の幅ってのが、いかによく分かってないか、とかそういうのに気がついて愕然とします。
音名で考えれば各音の「位置」は分かる。でも、幅を均等にって思った時に、ん??半音の幅ってどんくらい??みたいな、、、
その幅を積み上げていったら、ちゃんと例えば5度になる、とかそういう風になるような幅が分からん。
と、書いてみて逆に疑問が生まれてきたぞ??
もしかして、半音の幅って音によって広さ違ったりする??
考えてみたら、2度だって広めとか狭目とかあるよねぇ???あらら???
半音が1オクターブを12に分けた1つ分って考えは、完全に平均律のものかー。
あららー、、、盲点、、、
となると、音階の幅を体に入れて、その音の間を半分にすればいいんかい??
いや待てよ?
半音といっても、シャープとフラットの「異名同音」って、厳密に言えば違う音だよねぇ???
あー??あらー???
やばい、今日のテーマから逸れていくが、なにやら深みにハマってきましたーぁ!
いや、やっぱりトランペットなんかの楽器で半音階をさらうとしたら、やっぱり平均律の均等に吹けばいいんですか??
あー、、、くそー、、、わからんくなった!!
いやはや、書きながらで申し訳ない、、、(苦笑)
でも、逆に分かってきたな。
ということは、「半音」という確固たる幅が分からない意味ってのがここら辺にあるってことだね。
いわゆる「幹音」はやっぱりちゃんとした音のツボに入らないと気持ち悪いじゃん?半音もある意味は「均等さ」よりも、その音のいるべき、一番サウンドする位置ってのを捉えていけば良いのかな?
なんだか、それじゃあ結局絶対音感的なアプローチじゃないか??
ぐるぐるしちゃいますなー。
まあ、音階だって、平均律か純正調かピタゴラスか、はたまた古典調律的なものかって言い出すと、ものすごく深いことになっちゃいますもんね。
昔はそういうのも場所によって吹き分けてたんだよなー、、、今は本当それどころじゃないよ、、、(*_*)
でも、そのくらいの耳とか感覚だったから良かったわけで、そこが超いい加減音感になったのもよくないと思うので、そこももう一度見直そう!
でもこれは「頭の中」を見直すってこと。まずそこが狂ってたり、どーでも良かったりしてるのに、見た目を直そうとかやらなきゃって思ってもいい方向には行かないから。
やっぱり頭の中に「完成図」があることが大事だね。
そう思うと、ブログの書き出しの話に戻るけど、
子どもの演奏を聞いて、そちらに寄せてしまうってのは、自分の中にとても良い音楽を作り出すことなく、完成図が「子どもの演奏を修正したもの」になってて、しかもちょっと疑問形になってるからいかんのね。
今日は、本当は「音程」っていう、音と音の幅を分かってるはずっていう前提を勝手に作って先に進むのではなく、音程っていうのは実は定まってない目に見えない書いておけないものだから、丁寧に訓練する(訓練してあげる)必要があるね、
という話を書くつもりだったのだけれど、思いがけなく勝手に堂々巡りをした挙句に自己完結するという(笑)
いやはや、まあ、音程って多分表現に密接してるんだよなー。だから、この機会に見直そうと思うし、もっと言えば、もっと「音楽の歌い方」の方をいっぱいやることで「音程」が良くなるした多彩になるような気がしてきました。
なので、ちょっと明日は「歌い方」を譜面からイメージする練習なんぞ頑張ってみようかなと思います。
サッカー、イランに勝って良かったですねー!!いい試合でしたー。
というわけで、運動とパワーブリーズして寝まーす。おやすみなさーい、また明日ー(^з^)-☆