行ってみたいなこの場所にも。
老ノ坂峠だ。
山城と丹波の両国の境界の峠である。
明智光秀は信長の命にて、
亀岡城から中国で毛利と戦っている秀吉の援軍の為
ここまで部隊を運んできた。
本来ならここで西に向かうのだが・・・、
明智光秀の決断の場所
国境の道標「従是東山城國」
是より東、山城の國とある。
ここで有名な言葉、
「敵は本能寺に在り!」
と言ったと言われている場所だ。
近くに廃モーテルがあるらしい。
司馬遼太郎の一筆を紹介。
光秀は夜中このモーテルの坂をくだって日本史上最大の史劇を演じた。
その亡魂がなお彷徨しているとすれば、その感慨は当時のかれの心境以上に悲惨なものであるにちがいない。
司馬氏も「街道をゆく」執筆の為、
この老ノ坂に立ち寄っている。
オイラも行ってみたいが、
ちょっち不気味だね。
【ヒゲ親父】
にほんブログ村
にほんブログ村
老ノ坂峠だ。
山城と丹波の両国の境界の峠である。
明智光秀は信長の命にて、
亀岡城から中国で毛利と戦っている秀吉の援軍の為
ここまで部隊を運んできた。
本来ならここで西に向かうのだが・・・、
明智光秀の決断の場所
国境の道標「従是東山城國」
是より東、山城の國とある。
ここで有名な言葉、
「敵は本能寺に在り!」
と言ったと言われている場所だ。
近くに廃モーテルがあるらしい。
司馬遼太郎の一筆を紹介。
光秀は夜中このモーテルの坂をくだって日本史上最大の史劇を演じた。
その亡魂がなお彷徨しているとすれば、その感慨は当時のかれの心境以上に悲惨なものであるにちがいない。
司馬氏も「街道をゆく」執筆の為、
この老ノ坂に立ち寄っている。
オイラも行ってみたいが、
ちょっち不気味だね。
【ヒゲ親父】
にほんブログ村
にほんブログ村
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます