「志」の英語教育

英語教育実践について日々の雑感を語ります。

リーディング授業より

2008-07-19 07:37:18 | 授業
以前にも書いたように、想像力を使って読むことを重視している。そして、その力を鍛えるためにはそれなりの教材が必要だとも述べた。しかしながら、学校で教えるときは常にチームプレーであり、教材を自由に選ぶことは出来ない。それでも、いわゆる普通の教材を使うときも、読解に想像力を活かすための指導の工夫はできる。

よくある手では、
「先に何が書かれているか論理的に推測しながら読むこと」
「未知語が出てきたら前後関係から意味を推測すること」
「文章がどのように構成されているかに注意を払うこと」
などがあるがさらに、
「既知語が未知の意味で使われている可能性を論理性の矛盾を検証して確認すること」
なども大切だ。授業で面白い例に出会したので紹介したい。本文の一部は省略してある。

……… , the Japanese, at least since the Meiji period, always seem to have been thinking about their identity. Is Japan part of the West or part of Asia? Is Japan a backward country, a modern country or a post-modern country? Is modernisation the same as Westernisation? Should the Japanese stay true to their traditions or should they aim to invent a new kind of society? At the heart of these worries, I think, we find an interesting tension. On the one hand, the Japanese have been very anxious to 'catch up' with the wealthier countries of Europe and the United States. This has stimulated an immense interest in all aspects of those countries and a determined effort on the part of the Japanese to master and absorb the cultures of those countries. This is obviously true in the areas of science, industry, technology, medicine and scholarship, but it has also been the case in music, literature, art, fashion and other purely cultural fields.
 On the other hand, at the same time they have been struggling to absorb and keep up-to-date with European and American culture, the Japanese have been very anxious to insist upon their difference from the West. ……

2002年の宮崎大学の入試から。筆者の言う"an interesting tension"について本文に沿って説明せよという問題である。これに対する某社の解答例を引く。
  「西洋文明を吸収し列強に追いつけという方向と、日本らしさを守れという相反する方向が緊張関係にあった」
また、該当箇所を含む一文を、別の社の訳例で見てみる。
  「これらの悩みの中心には、ある興味深い緊張を見いだせると思う」
どちらもtensionを「緊張」と訳出している。

大辞林で「緊張」を調べると、
1 心やからだが引き締まること。慣れない物事などに直面して、心が張りつめてからだがかたくなること。「―をほぐす」「―した面もち」
2 相互の関係が悪くなり、争いの起こりそうな状態であること。「―が高まる」「―する国際情勢」
3 生理学で、筋肉や腱(けん)が一定の収縮状態を持続していること。
4 心理学で、ある行動への準備や、これから起こる現象・状況などを待ち受ける心の状態。

解答例でいう「緊張」とはいったいどの範疇にはいるのか。一番近いのは2だろうが、もしそう捉えるなら、日本の社会の中で西洋化を志向する者と保守的な者の間で争いが起こりそうだったという解釈になってしまう。

ところが、Oxford Advanced Learner's Dictionaryでtensionを調べてみると、
"a relationship between ideas or qualities with conflicting demands or implications" とある。
さらに、Longmanでは、"a situation in which different needs, forces or influences pull in different directions and make the situation difficult"とある。

本文中のtensionはこれらの英英辞典の定義の意味で使われており、本文に沿って日本語訳を与えるとすれば、「互いに矛盾する二つの思い」、「二つの対立的な感情」などといった言葉が考えられる。

tensionという言葉が持つ「対立的なニュアンス」をこの文章から感じとるのは難しいことではない。an interesting tensionに続くon the one hand …の部分と、on the other hand 以下の関係を見れば明らかだ。さらに、この文章の後半でも、日本人は近代以降、西洋へのあこがれと独自の文化を保持したいという気持の両方を持ちつつここまできたのだと締めくくられるのである。

「緊張」という言葉を用いた2つの出版社を批判しているわけではない。突き詰めて聞けば、おそらく久保野先生がよくお話しになる東大の「眉毛をつり上げて」に関する予備校の回答と同じような説明を受けることになるのだろうと思う。

私が指摘したいのは、tension =「緊張」といった思いこみが足枷となり、作者の主張する論点がぼやけ読解が深まらない危険性があるのではないかということだ。逆に「対立」という言葉を意識して、後半を読めば作者が何を言いたいのかすっと理解できる。(興味のある方は宮崎大学の問題を御覧ください)

本当に問題にしなければならないのは、我々教える側が、tensionに「緊張」以外の訳を許容する柔軟さがあるかどうかだ。

授業はambivalentという言葉を紹介して締め。要するに、どんな場合においても異文化に接触する際には程度の差こそあれアンビバレンスは不可避なのだ。スターウォーズがお好きな方にはおそらく納得してもらえるのではないだろうか。