電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

高野利也『ガン遺伝子を追う』を読む

2015年07月10日 06時05分09秒 | -ノンフィクション
進歩のはやい分野では、概説的な本はあっという間に古びてしまいがちです。生命科学、とくにガン遺伝子研究などという分野では、日進月歩、新聞紙上でも様々な知見が話題となり、つい先日も「がん細胞のゲノム解読」が報じられた(*1)ばかりです。



岩波新書で、高野利也著『ガン遺伝子を追う』は、岩波新書黄版という装丁からわかるように、今からおよそ30年前の1986年の刊行で、現在は品切れか絶版のもよう。その意味では、むしろ研究の進展を追いかけた当時の、同時代的な熱気の残る本と言えそうです。

本書の構成は次のとおり。

第1章 正常細胞とガン細胞
第2章 ガンの原因は遺伝子に作用する
第3章 ヒトのガン遺伝子を求めて
第4章 ガン遺伝子の正体
第5章 ガン遺伝子タンパク質をとらえる抗体
第6章 ガン遺伝子タンパク質の働き
第7章 細胞増殖の異常を引き起こすガン遺伝子
第8章 細胞の分化、ガンの転移とガン遺伝子
第9章 細胞のガン化の仕組みを考える
第10章 研究の問題点と将来

1979年、マサチューセッツ工科大学のR.A.ワインバーグらが、メチルコラントレンという発ガン物質でガン化したマウスの細胞からDNAを抽出し、マウス培養細胞に移入して細胞のガン化を確認します。続いて1981年には、ヒトの膀胱ガン等のDNAを同じように培養細胞に加えて、細胞のガン化を確かめ、ヒトのガン細胞のDNAには「ガン遺伝子」が含まれており、これが動き出すことで「ガン化」が起こることを示します。

そこから多くのガン遺伝子が発見されるとともに、正常な細胞にもガン遺伝子があることが判明します。とくに、ラス遺伝子の場合、タンパク質のアミノ末端から数えて12番目のアミノ酸(Gly:グリシン)を支配する(コードする)塩基(GGC)のうち1個が変異してGTCとなり、その結果アミノ酸がバリン(Val)に代わっていることがわかっています。つまり、遺伝子の上では、遺伝の暗号がただ1文字変化しただけで、タンパク質のアミノ酸1個が変化し、その結果、細胞がガン化することになるわけです。

ただし、遺伝子上の変化がどのようにガン化を引き起こすかについては、まだわかっていないとしながら、ワインバーグの二段階仮説を紹介します。正常な細胞では、免疫のしくみによってがん細胞の発生は抑えられていることから、ガン抑制遺伝子の存在が明らかになります。



本書では、ガン遺伝子の発見と研究の経過を追いながら、細胞増殖と分化の仕組みを見つつ、ガン抑制遺伝子の発見までを扱っています。おそらく、ガン抑制遺伝子の役割など近年の成果については、もっと最近の本を手に取るべきなのでしょう。それでも、最近の新書のお手軽さを感じているだけに、黄版のころ岩波新書の格調と充実度を痛感してしまいます。

(*1):がん細胞のゲノム解読~2015年6月29日付共同通信より

コメント